第15話 殺される条件

「母が、ここに来るのには色々と準備があってね。おそらく、1週間はかかると思う。私は市内のホテルにいるから何かあったら連絡して」


 彼女と携帯の番号を交換する。


 不安だな。まだ左衛門の霊は存在しているんだ。


「俺たちは、これからどうしたらいいんでしょうか?」


「池の関係者を集めて欲しいわね。祭事には参加して欲しいから」


「わかりました……」


 ……やはり心配だ。聞いてしまおう。


「これからも、左衛門の霊は人を殺すのでしょうか?」


「……邪魔する者には容赦ないと思うわ。特に男の人はね。だから池には近寄らない方がいい」


 ……そういえば、犠牲者は全員男だったな。

 今まではシノの恨みだと思っていたが真相は違うようだ。


「朽木さんは攻撃を受けましたよね? 性別は関係ないのでは?」


「基本になっているのは遊女たちの恨み。左衛門の悪霊は複数の霊の集合体だから、個々の霊体の意思がある程度、反映されるのね」


「どういうことでしょうか?」


「遊女たちは左衛門に殺された者以外も大勢いた。あの池には遊女たちの怨念が集まっているのよ。みんな、男に対して殺意を持っている」


 つまり、左衛門が殺した遊女の怨念が、他の遊女の怨念を集めたんだ。 

 だから男ばかりが殺されたのか。

 

「でもね。殺人を犯すのは遊女の霊だけじゃないの。左衛門は今の境遇を楽しんでいる節がある。つまり、悪霊のまま存在したいのね。だから、池の力を封じようとする存在は全力で潰しに来るのよ」


 繋がって来たな。つまり……。


「池に供養塔を建てようとした松平さんは左衛門の霊に殺され、他の男は遊女の霊に殺されたということですか?」


「おそらくね」


 じゃあ、別の疑問が湧いてくるな。

 池の関係者は複数いるんだ。釣りに行った錦は殺され、久保田は生きている。


「遊女の霊が男を殺す基準はなんでしょうか?」


 朽木さんは腕を組んだ。


「……妬み。だと思う」


「妬み?」


「遊女らの悪霊は不遇による怨念よ。生前、男に受けた仕打ちの復讐心。だから男には不幸になって欲しいのよ」


 悪霊が男の不幸を願う……。

 悍ましくて寒イボが立ったぞ。


 朽木さんは考察の末に結論を出した。






「遊女の霊は、幸せになる男を許さない」






 これはつまり、こういうことだ……。








 幸せになった男は遊女の霊に殺される。








 京子は汗を垂らす。


「もう一度、被害者の状況を調査してみるわ」


「……裏を取るなら暴力団員の金田だけだな」


「な、なんでよ?」


「谷口先輩はグアム旅行を計画して結婚指輪を準備していた。野菜クッキーの売り上げは順調で生活に困ることはない。しかも来年は子供が生まれて父親になるんだ。さぞ、満たされていただろう」


「な、なるほど……。じゃ、じゃあ錦は?」


「あいつは美咲ちゃんに惚れていた。以前から彼女に想いを伝えていたんだ。これは彼女から直接聞いたんだが、釣りの時の電話は交際を伝える話しだったそうだ。つまり、錦は彼女と付き合えることに最高の幸せを感じていたんだ」


「そうだったの……。じゃあ、繋がるわね」


「わからないのは金田だけさ」


「待ってよ……もしかして」


 京子は眉を寄せる。


「金田が亡くなった日は若頭の襲名式があったのよ。彼は相当な苦労をして出世をしたみたい。舎弟の話しでは、街の夜景を見る為にあの池に行ったそうよ。嬉し泣きするくらい喜んでいたみたい。もしかしたら、人気のない場所で、喜びを噛み締めて泣いていたのかも」


 幸せすぎて泣く、か。


「繋がったな。殺されるにはやはり条件があった」


 京子はブルブルと震えた。



「幸せになった男は死ね……」


 

 朽木さんはキャリーバッグから何かを取り出した。



「翔太君。しばらく不安でしょ? だから、これ」


 

 それは勾玉の付いた数珠だった。


「これは?」


「私の霊力を込めた数珠よ。きっと役に立つわ」


 えらく高そうな数珠だな。


「これって高価なものじゃないですか? それに除霊の道具みたいだし。なんだか悪いですよ」


「大丈夫。女の私より、男の翔太君の方が危ないしね」


 確かに……。しかし、幸せになるのがトリガーとなるなら、そうならないように努力をすればいい。

 できる限り、幸せは避ける。それが一番のような気がする。

 あの凶悪な左衛門に、この数珠が効果があるとは思えないけど、無碍に断るのは悪いな。


 俺はお礼を言って深々と頭を下げた。


「それじゃあ、1週間後。母が到着したら連絡するわ。くれぐれも池には近づかないようにね」


 そう言うと、タクシーに乗ってホテルへと帰って行った。




 次の日。

 そのタクシーが川に沈んでいるのが発見された。

 それは異様な光景だったという。車体の後輪のみが水面から出ていたそうだ。

 まるで、全速力で川の中に突っ込んだみたいに……。


 運転手は脳の病気が発症して気を失った。その際にアクセルを踏み込んでしまったのではないか。と推測される。

 警察の調べでは不慮な事故と判断された。


 死亡者はタクシーの運転手と朽木 春子。


 思えばあの時。

 朽木さんがタクシーに乗り込む時。聞こえていたかもしれない。

 彼女の跡を追う、あの音が。



ずる……ずる……。

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