第14話 朽木、池に向かう
俺の自宅から女郎々池まで約20分の距離である。
後部座席に京子と朽木さんを乗せて、俺は車を走らせた。
京子は小首を傾げる。
「でも、気になるのよね」
「何がだ?」
「もしも、左衛門の霊が人を殺しているなら刀で斬り殺すんじゃない?」
「それがどうかしたのか? 朽木さんは斬られたじゃないか」
「……池で見つかった水死体には傷一つなかったわ」
そういえば……そうだな。
朽木さんは眉を寄せた。
「……おそらく、遊女の霊を操ったのだと思う」
「操る? 遊女の霊を使って人を殺したのですか?」
「そうね。遊女の霊を使って、池に引きずり込ませたんだと思う。それほどまでにあの霊は強大だったから」
霊が霊を操るなんて初めて聞いたな。
なんか朽木さんの話はぶっ飛んでる。
でも、理屈は繋がってしまうからな。弟子が沢山つくのもうなづける。
京子は小首を傾げる。
「まだ、気になることがあるんです。死亡者の喉には小石が詰まっていました」
「小石? どれくらいの大きさかしら?」
「そうですね。菱形で、飴玉のようなサイズでしょうか」
これは以前、鑑識が調べていた謎の石だ。その成分はコレステロールとカルシウム。ほぼ胆石と同じだ。
朽木さんは平然と答える。
「目玉ね」
め、目玉……? 確かに大きさはそれくらいだが、意味がわからない。
詳しく聞いてみよう。
「その石は胆石と同じ成分なんです。目玉とはどういう意味でしょうか?」
「松平の霊は左衛門に目玉をくり抜かれて殺された。その目玉を次の犠牲者に飲ませているのよ」
霊が殺されるというのも、まだ引っかかるが、それを次の犠牲者に飲ませるなんて、理解が追いつかないぞ。
「その目玉が胆石に変わるのですか?」
「おそらくね。くり抜いているのは幽霊の目玉だからね。霊体が人体に作用した時、そんな成分になるのだと思うわ」
つまり、幽霊の目玉を飲み込むと、それはコレステロールとカルシウムの成分になる。
し、新事実すぎる……。
でも、胆石が喉にできる訳はないからな。この不可思議な事象が、なんだか説明がついてしまう。
「……悪趣味だな。目玉を人に飲ませるなんて」
「楽しんでいるんだと思う。人を苦しめるのが趣味なのよ」
……正に悪霊だ。
「それにしても不思議ですよね。池に行くだけで呪われるなんて。別に池の中に入ってる訳じゃないのに」
「池の水は揮発するでしょ。その影響だと思うわ。蒸発した水蒸気に呪いの力が宿っているのよ」
「その水蒸気を体に取り込むと呪われる?」
朽木さんは静かに頷いた。
またも、恐ろしい事実の発覚だな。
それで、池の近くに行くと否応なしに呪われるのか。
朽木さんは目を細めた。
「止めないとね。……次の犠牲者が出る前に」
同意しかない。
車で15分くらい走った頃だろうか、丁度、目の前に山が見えた。
「あそこです。あそこを上った所に女郎々池があるんです」
「え、ええ……」
後ろを見ると、朽木さんは鼻血をダラダラと流し、顔面蒼白で、ブルブルと震えていた。
「ちょ、ちょっと翔太! 車止めて!!」
急いで車を路肩に停車させる。
京子はハンカチとティッシュで朽木さんの血を拭いた。
朽木さんは痙攣を起こしており体をブルブルと震わす。
次第には耳からも血を流した。
「翔太。病院行った方がいいかも!」
「だ、だな!」
俺がハンドルを握ると、弱々しい声が車内に響く。
「い……池から…‥は、離れて」
朽木さんは息も絶え絶えだった。
「池から離れるんですね! わかりました引き返します!」
俺は素直に言うことを聞き、車の向きを変えた。
奇妙なことに、車が池から離れていくにつれて、彼女の顔色は温かみを取り戻していった。
しかし、それでも、体はブルブルと震える。その目は恐怖に包まれているようだった。
「つ……強すぎる」
彼女の呟きに俺たちは言葉を失った。
おそらく、あんな離れた場所の車内でさえも、揮発した池の水の影響を受けたのだろう。あまりの強さに彼女の体が耐えきれなくなったのだ。
ひとまず、俺の自宅で彼女を寝かし、その回復を待った。
日が暮れた頃。
彼女は起き上がった。
「ごめんなさい。まさか、こんなに強いとは思わなかったわ……」
彼女はおもむろに自分の携帯をかけた。弟子と思われる女の声が受話器から漏れ聞こえる。
「ど、道具を一式用意するのですか!? 弟子も全員参加!?」
「そうよ。私一人じゃ、とても太刀打ちできないから。全力でいくわ。あと、母にも伝えて」
電話を切ると事情を説明してくれた。
「九州の実家は神社なのだけど。そこに助けを要請しました」
「じゃあ、複数の霊能者であの池に挑むんですね?」
「ええ。こんなことは初めてよ」
彼女の言葉に息を呑む。
それほどまでにあの池は強力なんだな。
「少し物々しいですが、お2人には協力をお願いします」
「勿論です。どれくらいの人が来られるのでしょうか?」
「100人はいると思うわ」
「そんなに?」
「そこまでしないととても勝てそうにない」
そこまで凄いのか……。
「それにね。こんなことも初めてなんだけど──」
彼女は目を細めた。
「母に助けを呼んだわ」
そういえば、彼女は母親の影響で霊能力を身につけたと言っていたな。
聞けば、ユタの家系で、代々、強い霊能力を持っているらしい。
朽木さんは見た目は30代だけど、実際は50過ぎの女性だ。
となると、
「朽木さんのお母さん、結構なお歳では? 九州からだと長旅の疲れが心配です」
「もう80を超えているんだけどね。まだまだ元気よ」
元気か……。彼女がいうと想像できないな。
やっぱり、めちゃくちゃ若いのだろうか?
「私なんか非にならないくらい強い霊能力を持っているのよ。最強といってもいいかも」
汗が止まらないな。
こりゃあ相当凄い人が来ることになったぞ。
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