第13話 ずりめろうの正体
「松平さんは火事で死んだはずでは? どうしてそんなことになったんでしょうか?」
「おそらく霊を殺すため」
霊を……殺す?
とんでもない言葉が飛び出て来たな。
俺と京子は汗を垂らした。
朽木さんは補足する。
「霊は視力が命なの」
ゆ、幽霊に命がある?
「あ、あの……。初歩的な疑問なのですが、霊って死んでいるのでは?」
「そうね。わかりやすく命って表現したんだけど。正確には霊体が存在する為のパワーかしら」
「視力で存在しているってことですか?」
「周りが見えないと形を維持できないんだと思う」
「な、なるほど……」
「松平は、邪悪な池の存在と、翔太君のことを教えてくれた。それから直ぐに目玉をくり抜かれたのよ」
な、なんか悍ましいな。
「誰にそんなことをされたんですか?」
「それはわからないわ。私には見えなかったから。ただ突然、それは起こった」
「シ、シノの呪いでしょうか?」
目玉をくり抜くといえば、侍の左衛門だ。どうもはっきりしないな。
彼女は再び険しい顔つきになった。
「翔太君。君に会いに来たのは、それを確認するためよ」
朽木さんにも姿を見せなかった霊。
それが、ずりめろうの正体だ。
再び儀式の準備をする。
カーテンを閉め、蝋燭を照らす。
お香の煙りが充満すると、彼女は鐘を鳴らした。その音は心地よく耳に響く。邪気を清めているのだろう。
荒々しく、
「のうもぼたや・のうもたらまや・のうもそうきゃ・たにやた ──」
先程とは違う呪文のようだ。
彼女は、普段の雰囲気では想像もできないような怒号を上げた。
「姿を見せい!! ひいらめら ・ちりめら・いりみたり・ちりみたり・いずちりみたり──」
ふいにあの音が聞こえ始めた。
ずる……ずる……。
この音は、ずりめろう!?
京子には聞こえていないみたいだが、朽木さんは聞こえているのだろうか?
ずる……ずる……。
這いずる音はまるで周囲を徘徊するように聞こえた。獲物を探す獣のような、そんな動き方である。
朽木さんがずりめろうを呼んだのか?
「──なしやそにしやそ ・のうまくはたなん・そわか!!」
彼女が呪文を言い終えると、その鋭い眼光で俺を見つめた。
這いずる音はピタリと止まる。
「正体を現せッ!! のうもぼたや・のうもたらまや・のうもそうきゃ・たにやた ──」
再び、朽木さん
「のうまくはたなん・そわか!!」
彼女の全身から汗が噴き出る。何かを感じ取るように俺のことを睨み続けた。
静寂を破ったのは彼女の呟きだった。
「誰、なの……?」
彼女の言葉が部屋に響いた。
それは弱々しく、まるで虐められた子供のような声。
突然、彼女が悲鳴を上げた。
「ひぃいいッ!!」
退いた体は祭具に当たった。香炉をひっくり返し、蝋燭を倒す。
俺は京子と消火に当たる。
座布団を蝋燭に押し当てて火を消した。
「朽木さん、大丈夫ですか!?」
彼女はブルブルと震えていた。握った手の中からダラダラと真っ赤な血が流れ出る。
朽木さんの手の平には、鋭いナイフで切られたような傷跡があった。
祭具で引っ掻いたのだろうか?
京子が包帯で止血をしたが、この出血の量は尋常じゃない。
「病院、行きましょうか?」
朽木さんは落ち着いた様子で話した。
「ありがとう。でも大丈夫よ。直に治まるから」
彼女は、何かに怯えていた。
一体、何を見たのだろう?
朽木さんは「ふぅ」と一呼吸置いてから話し始めた。
「正体がわかったわ」
池の呪い、ずりめろうの正体……。
俺たちの推測では、供養塔を壊され、暴走したシノの霊である。
「初めは見えなかったの。黒いモヤがかかっていてね。全く見えなかった……」
彼女の言葉に、俺たちは注目する。
「次第にそのモヤは濃くなってね。人の姿を現したのよ」
それは意外な人物だった。
「刀を持った侍だったわ」
侍? ということは。
「左衛門ですか?」
「おそらくね……。私は刀で斬られたの。あのまま霊界と繋がっていたら、私は斬り殺されていた」
霊障が死につながる。彼女の手に巻かれた包帯は真っ赤に染まっていた。目の当たりにすると恐ろしくて震えが止まらない。
しかし、意外だったな。
ずりめろうは都市伝説に過ぎなかった。
その正体は左衛門の霊。まさか、男だったなんて。
でもそうなると、あの着物を引きずる音はなんだったのだろう?
俺の疑問は彼女の言葉で吹き飛ぶ。事実はもっと複雑怪奇だったのだ。
「でも、彼1人じゃないの」
「え?」
「左衛門の下半身には複数の遊女がしがみ付いていたわ。あの着物を引きずる音は、彼が引きずる遊女たちだったのよ」
寒気が全身を襲う。
「遊女の霊は左衛門に殺されたのよ。その恨みで彼にしがみ付く。それは一つの霊。巨大な悪霊となっているのよ」
複数の霊が固まって悪霊となる。まるで妖怪だな。
「左衛門の資料はあるかしら?」
これは京子が担当だった。彼女は資料を綴じたファイルを出した。
「市の教育委員会が地域の歴史に詳しかったので、資料を集めていました。左衛門のことも少しだけ記録があるようです」
それは当時の瓦版だった。博物館にも展示されない特別の物。そのコピーを京子は手に入れていたのである。
瓦版は粗悪なもので、文字は読めないのだが専門家の翻訳があった。
その資料では藩士となっていた。名を、響乃 左衛門という。
響乃家の末っ子。金使いが荒く、毎日、酒を飲んでは遊郭に通う迷惑な客だった。
あの池の近くにあった遊郭、蔵目屋の主人とよく揉めていたらしい。
ある日、酒に酔った左衛門は遊女を斬り殺した。
一度目は自宅謹慎の罰を受けたが、そんなことを何度も繰り返す。その中に遊女の目をくり抜くという、あのシノの事件があった。
見かねた藩主は左衛門を捕まえて打首にしたそうだ。そして、その首は池の側にさらし首となって置かれる。瓦版には、そのさらし首の絵が載せられていた。
「……しかし、不思議だな。これは斬首の記録だろ? 池の逸話ではシノさんが目玉をくり抜かれた話しだけじゃないか」
「多分。左衛門には子供がいたんだと思うわ。その祖先が役所に圧力をかけたんだと思う。市の教育委員会が提唱している池の逸話では苗字が伏せられていたしね。自分の先祖が殺人鬼って嫌じゃない」
なるほどな。権力を使って歴史を隠蔽した訳か。
見えて来たぞ。
池に行った時、目にした遊女の霊。彼女らは左衛門に殺された遊女だったんだ。その無念から俺に何かを伝えていたのか。
遊女は池を指差していた。つまり、池の除霊を求めていたんだ。松平の祈祷じゃ役不足だった訳か。
まぁ、それもそうか。あの祈祷は抽象的なものだった。悪霊の正体がわかっていないのに除霊なんかできっこない。
朽木さんは凛々しい顔つきになった。
「きっと、あの池が元凶になっているわ。左衛門はそこから力を得てる」
やはり、あそこには何かある。
「女郎々池に行く必要があるわね」
しかし、彼女は手を負傷したからな。心配だな。
「強い悪霊なのに、朽木さん一人で大丈夫なんでしょうか?」
「さっきは少し油断したわ。今度は本気だからあんなことにはならない。それに、相手の力量を把握しないと祈祷の準備ができないしね」
何か、霊能力者としてのプライドを感じるな。
頼もしいぞ。
「俺、車を出します!」
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