第12話 凄い霊能者

 俺の自宅。

 そこに祈祷師松平の師匠がやってきた。

 さぞや、凄い人が来るのだろうと思っていたら。

 その風貌に驚きを隠せない。



「あはは。急にお邪魔しちゃってごめんなさい」



 この明るい女性が松平の師匠。朽木 春子である。


 大きなキャリーバックを引きずり、まるで観光にでも来たかのような出立ちだ。

 はるばる九州から飛行機に乗って来てくれた。



「見た目がこんなでしょ? よく、若いって言われるんだけどね。あはは。もうおばちゃんなのよ」



 彼女の年齢を聞いて目が飛び出た。見た目はどう見ても30代くらい。肌艶は京子とさほど変わらないのだが、実際は50代である。

 霊能力が若さの源なのだろうか? 不思議な女性であることは言うまでもない。


「あの……。朽木さんって祈祷師をされているんですか?」


「そう見える? 普通の主婦よ」


 ピンク色のカーディガンがよく似合う。


「ですよね……」


「もう、引退した身だから、格好は普通のおばちゃんよ」


 いや、普通ではない。かなり美人だしな……。


「昔はもっとそれらしい服とか着てたのよ。白い着物に袴とかね。でももう疲れちゃって……。ははは。歳よ歳。あははは。嫌になるわよね」


 俺と京子は目を瞬くだけだった。

 目の前にいるのは、小柄で明るい普通の主婦なのだ。


「私は昔から霊感が強くてね。母の血筋なんだけど。特にその力で生計を立てるつもりがなくても人が集まってくるのよ。普通のおばちゃんなのにね。困っちゃうわ」


 不本意に人が助けを求めてくる苦労は想像がつく。必死に普通を装っているようだ。


「いつの間にか大きな組織になっちゃってね。弟子も沢山できてしまったの。その一人が松平なのよ」


 なんか凄い人だな。威厳を振りかざさない分、余計にその凄さが際立つ。

 

「松平は霊力は大したことないんだけどね。真面目な子だったから……。可愛い弟子だったわ」


「火事は……。悲しい事故でしたね」


「事故ねぇ……。うーーん。そう思う?」


 いや、思わない。俺たちはあの火事をシノの呪いだと思っているからな。


「松平の実直さはいいんだけどねぇ……。除霊は礼式を尽くせば完成すると思っちゃう節があるから。強大過ぎる霊力に、無謀に立ち向かっちゃうのね。本当に残念よ」


 無謀……。確かに、俺が池で見た遊女の霊は、彼には見えていなかったな。つまり実力が足らなかったってことか。そうなると、あの火事は事故じゃない。松平はシノの呪いに殺されていたんだ。


「池の呪いは相当強いんでしょうか?」


「今日はそのことを話しに来たのよ」


 空気がひんやりと凍りつく。

 やはり、朽木さんはただ者ではない。


「松平が火事で亡くなったでしょ? 彼がね。私の枕元に立ったのよ」


「ま、松平さんの幽霊を見たってことですか?」


「そうね。彼があなたの話をしてきたの……」


 朽木は俺を見つめた。


「凄いオーラね。眩しいくらいよ」


「それ、松平さんにも言われたんですけど。そんなに凄いんですか?」


「そうね。今は、私の力を少ししか解放してないから、あなたの霊力がどれほどかは見えないわね」


「解放ってなんですか?」


「私、普段は霊力を眠らせているのよ。あなたもそんな感じないかしら?」


 そういえば、霊の姿を見るには意識を集中させないと見れない。あれが解放なのかもな。


「じゃあ、ちょっと用意するわね。そのために来たんだから」


 彼女がキャリーバッグを開けるとお香の匂いが部屋一杯に広がった。その中から様々な道具を取り出す。

 朱色の敷物に香炉や鐘を置き、大きな数珠を手首に嵌める。

 梵字の書かれた鉢巻を巻くと、凛々しい表情を見せた。


 部屋の中を線香の煙りが充満する。

 カーテンを閉めると、部屋は蝋燭の日で淡く照らされた。


「さぁやるわよ。翔太くんは前に来て。京子ちゃんは少し下がっててね」


 朽木さんは、大麻おおぬさを振りながら何やら呪文のような言葉を唱え始めた。


「ナウボウアラタンナウ・タラヤヤ・ノウマクシセンダ──」


 部屋のあちこちがビリビリと震え、朽木さんの額の一点が強く発光した。



「──アミリテイ・ウン・ハッタ・ソワカ!」



 もうそこに、先程までの温和な女性の姿はなかった。彼女の全身から凄まじい力を感じる。

 朽木さんは瞬き一つせずに俺を見つめた。


「凄い…………」


 そう呟くと俺を見つめたまま黙り込んだ。


 大麻おおぬさを置くと、「ふぅ……」と力を抜いた。


「カーテン。開けましょうか」


 京子はサッと動いてカーテンを開けた。

 朽木さんに笑顔が戻る。


「翔太君には神様がついてるわね」


 マジか。


「それ、松平さんも言っていたんですけど。見えたのでしょうか?」


「私の力を全開に解放してね。その上、神様の力を使って、やっと見えたわ」


 そこまでしないと見えないのか。


「ど、どんな神様なんですか?」


「そうね……。立派な男の人よ」


「強そうな人ですか?」


「うーーん、そうね。立派な刀を持ってね。凛々しいわ。あなたの守護神になっているわね」


 俺の後ろにそんな人がいるのか……。頼もしいが、全く見えないな。


「お酒が大好きなんだって、あなたもお酒好き?」


「はい。大好きです」


 霊が見えるようになったのは、俺が酔ってる時だった。

 関係があるのかな?

 

「お酒を見てるだけでも十分効果あるから、飾ってあげるとパワーが上がると思うわ」


「俺が飲まなくてもいいんでしょうか?」


「そうね。水分って蒸発するでしょ? お酒が空気中に広がるとそれが守護神の力になるの」


 なるほど。そんな仕組みなのか。


「どうやら何かと戦って苦戦してるみたい。相当、疲れてるわ」


「た、戦ってる?」


 シノの霊。つまり、ずりめろうと戦っているというのか?


 彼女には女郎々池のことを含め、一切の事情を説明していない。京子には、強い霊能力者、という名目だけで探してもらっていたのだ。しかし、



「池……があるでしょ?」



 彼女の方から言い当てた。

 もしかして、


「松平さんの霊から聞いたんですか?」


「そうね。それもあるけどね。あなたの体から大量の水の臭いがするのよ」


「み、水の臭いですか?」


「泥っぽい。水の臭いね。その池が元凶みたい。その主が厄介よ」


 ぬ、主?


「その池は女郎々池っていうんですけど。昔、遊女のシノって人が自殺をしたんです」


「へぇ……。そうなの」


 あれ? なんか食いつきが悪いな。

 もう少し説明するか。


「シノは彦太郎という男と結婚する予定だったんですけど、彼女に心を寄せていた左衛門という侍が嫉妬して、彼女の目玉をくり抜いたそうなんです。それから心を病んだ彼女は自殺しました。だから、あの池の主はシノの怨念だと思います」


 朽木さんには思うところがあるようだった。ゾッとする話が平然と飛び出す。



「私の枕元に立った松平がね。目玉をくり抜かれて消えたのよ」



 まるで、シノの事故を彷彿とさせるようだ。


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