第11話 呪いの条件

 警官はまた首を傾げた。


「胆石って、肝臓で作るんですよ。口から出たりしませんって。私の親父がそういう病気でしてね。よく知っているんです。石は腸からしか出ません」


 話せば長くなる。それに話してもわからないだろうからな。


「少し、映像をコマ送りで進めてもらえますか?」


 それは衝撃的な映像だった。

 待ち客にぶつかった田村の右足が、大きく前に出ているのである。本来ならば、上半身が前に出るのが筋というものだろう。

 それが下半身。右足だけが、体のどの部位より先に出ているのである。


「これ、何かに引っ張られてるみたいだ」


「まさか! 他殺だと言いたいんですか? 紐なんてありませんよ」


 俺たちは困る警官を他所に田村の映像を繰り返し見た。


 ここで京子と論議するのは避けようか。警官が可哀想だ。




 その日。家に帰った俺たちは夕飯を食べたあと、京子の部屋で話すことにした。


 京子は腕を組んだ。


「どう思う? 田村の死」


「不自然すぎるな。事故直前に起きた喉の苦しみ。吐いた胆石。そして、前に出る右足だ」


「池の呪いね」


 ずりめろうの都市伝説が濃厚になったな。

 遊女の霊が男を池に引き摺り込む……。


「ずりめろうの正体が遊女シノだとしたら、これはシノの仕業かもしれないな」


「そうなるわね。田村の右足は、あきらかに誰かに引っ張られるようだった……」


 そうなると、谷口先輩も、シノによって池に引きづり込まれたのか。


「ねぇ。あなたは幽霊が見えるんでしょ? あの映像の中に霊の姿は見えなかったの?」


「俺のは万能じゃないんだよ。四六時中見える訳じゃないしな。目を凝らしたらなんとか見えたりもするんだがな」


「じゃあ、目を凝らして見たの?」


「勿論やったよ。でも見えなかった」


「なによそれぇ。松平先生の霊視は適当ね。あんたが凄い能力を持っているみたいなこと言ってたからさ。私、ちょっと鼻が高かったんだからね」


「すみませんね。使えない弟で」


 京子は深刻な表情を見せた。


「ちょっと、気になったんだけどさ」


「なんだよ?」


「事故に遭っている人物なんだけど……。暴力団員、金田。カフェ店長、谷口。同僚、錦。祈祷師、松平。最後に農業委員会、田村。この5人って全員、男ね」


「……そうだな。遊女シノは侍の左衛門に目をくり抜かれて自殺に追い込まれたからな。男を恨んでるんだと思うよ」


「じゃあ、翔太は危ないじゃない」


「かもな」


「…………」


「心配すんなって。まだ殺される理屈がわかってないんだから」


「理屈?」


「……おそらく。……いや、確実に。殺される条件があるんだと思う」


「シノの呪いが発動する条件みたいなもの?」


「うん」


「それって、池に訪れた男が全員ターゲットなんじゃないの?」


「いや。それにしては訪問者が多すぎる。暴力団員、金田の時から呪いが発動してると考えて……。男だけでも、あの池に数十人は訪問してるはずだ。それがたった5人しか殺されていない」


「順番に殺してる……とか?」


「なら、田村の前に久保田じゃないか? 錦と釣りをしていた久保田に何も起こっていない。それに、俺はもっと前にあの池に行っているんだ。先輩が開いた祝賀会。あれに参加した男が何名かいる。しかし、死んだのは先輩だけだ」


「ランダムじゃない? シノは気まぐれで呪いを発動させる、とか?」


 ランダム……。規則性も無しに、ただ池に行っただけの男がシノの気まぐれで殺されるのか? 


「なぁ姉ちゃん。幽霊じゃなくてさ。人が人を殺す時。動機はなんだと思う?」


「そんなの一杯あるわよ。基本はトラブル全般よね。金銭。異性間。親族。友人。職場。学校。ありすぎて全部は言えないわ」


「じゃあ、そのトラブルがあったとして。どんな気持ちになったら人を殺そうと思う?」


「それは相手を許せない時ね。あとは邪魔になった時かしら」


「だよな。俺もその2つだと思う。やはりそういう気持ちにならないと殺人はおかさないよな」


「……もしかして。シノの霊にも当てはまる?」


「うん。多分」


 京子は腕を組んだ。


「松平先生は除霊をしようと祈祷したのよね? もしかして……。邪魔者になったのかな?」


「考えられるな」


「そういえば、先生は供養塔の提案をしていたそうよ」


「それだ。シノは何かをきっかけに自由になった。それが1回目。暴力団組員、金田の死。その自由を束縛される供養塔が邪魔だったんだ」


 京子はゴクリと唾を飲み込んだ。


「つ……繋がってきたわね。じ、じゃあ、他の人はどう邪魔だった? 他の人は一般人よ。霊能力なんてないし」


「そうなると、もう1つの感情。許せなかったのかもな……」


「遊女のシノが許せないこと?」


「理由はわからんが、シノを怒らせたのかも」


「怒らせた……。つまり、怒りが呪いのトリガー、か……。繋がるわね」


「シノを怒らせた男は呪い殺される……」


 京子は玉汗をかいていた。


「……翔太。もうあなたはこの件から手を引きなさいよ」


「いまさら何を言うんだよ」


「だってぇ……。何がきっかけになるのかわからないけど。シノを怒らせたら、あなたの身が危険だわ」


「…………」


 確かに……。安全ではないな。しかし、


「手を引いたからといって、それで逃げ切れるとも思えない。俺は女郎々池に関係してしまったからな。もう手を引けないよ」


 京子は眉を寄せた。先の見えない不安に顔を曇らせる。

 今、俺たちがやっているのは推測にすぎない。しかも、当たっていたとしても、呪いの回避方法が不明確すぎるのである。


「……この事件が幽霊の仕業なら、警察の出番はないわね。霊は法で裁けないもの」


 京子の声にはいつもの覇気がなかった。


 姉ちゃんは正義感が強いからな。悪霊という強敵に、自分の不甲斐なさを感じてるいるんだろう。


 幽霊は法で裁けない、か……。



「確かにな。でもさ。止めることはできるかもしれない。真相を知っているのは俺たちだけなんだからさ」



 京子は笑った。


「ふ……。あなた、なんだか頼もしいじゃない。いつの間にそんなに大人になったのよ?」


「あのなぁ……。俺、もうアラサーだぞ」


「もうおっさんね」


「まぁな。結婚してるしな」


「んぐ……。当てつけるわね」


「そんなつもりはないけどね」


「私はモテるから引く手数多なのよ!」


「はいはい」


 京子はコホンと咳をした。


「じゃあ、とりあえず、池の歴史に詳しい人と、除霊ができる人を探さなきゃね」


「だな」




 それから数日が経った。

 京子はS市の農業委員会の会員に聞き込みを開始。女郎々池に詳しい人物を探る。同時に除霊ができる者も探した。


 昼のオフィス。

 京子から連絡が入った。


「松平先生のね。師匠が見つかったの」


 松平は弟子が沢山いて、相当名高い祈祷師だったけれど。シノの呪いには勝てなかったからな。松平の師匠といってもどれだけ信用できるか心配だな。


「翔太にね。会いたいんだって」


「え? なんで?」


「私もわからないわよ。あなたのことなんか一切話さなかったのにさ。急に、弟に会わせてください、って向こうからお願いされたんだから」


 ほぉ……。

 なんだか、凄そうな人だぞ。


 その人には、京子と一緒に俺の家に来てもらうこととなった。

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