第10話 監視カメラ

 女郎々池の元所有者は蔵目 慎太郎だった。

 彼に聞けば池のことがもっとわかるだろう。供養塔のことも知っているかもしれない。


「じゃあ、蔵目に話しを聞かないとだな」


「それができないのよ」


「なんで?」


「この前にも話したけれど。池に隣接した商業ビルのオーナー。あれも蔵目 慎太郎なのよ」


「そ、それって……」


「そう。半年前に交通事故で亡くなっているのよ」


 もしかして……。


「池の所有者がいなくなったから市の農業委員会が引きとったのかな?」


「おそらくね。そういえば、あなた田村さんに名刺もらってたじゃない。電話で聞いてみればもっとわかるかもよ」


「確かにな」


 まさか、田村の名刺が役に立つとは思わなかった。

 あとでかけてみよう。


「商業ビルのオーナーは今は誰なんだ?」


「慎太郎の奥さんが引き取ったわね。この前の祈祷に来ていたわよ」


「その人って池のこととか知ってるかな?」


「多分知らないわね。ビルのことすらノータッチみたいだから。事件が起きて手放すことを考えてるみたいよ。でも買い手が見つからなくて困ってるって」


 立て続けに事件が起こっているからな。事故物件に買い手はつかんだろう。


「蔵目 慎太郎に子供はいるのか?」


「1人息子がいるんだけどね。現在海外に出張中。父親の事業には関係ないみたいだから、女郎々池の拡張工事の詳細なんて知らないでしょうね」


 じゃあ、田村がもっとも情報を握ってそうだな。今は夜の9時。少し遅いが電話をかけてみよう。


 俺は彼の名刺を出した。その住所は隣県のA県だった。


「他県でも市の農業委員会ってできるのか?」


「どうなんだろう? 住民票がどこにあるかじゃないかしら。まぁ、よくはないとは思うけどね」


 なんだか田村らしい。他県の農業に首を突っ込む。

 あのいやらしい笑みが頭に浮かぶ。金のためならなんでもしそうな男だ。


 電話には田村の奥さんが出た。まずは怪しまれないように丁寧な挨拶からだな。


「夜分に恐れ入ります。私、物部 翔太と申します。先日、松平先生の関係で、田村様と知り合いまして──」


 奥さんは元気のない声だった。


「松平先生の……。そうですか。それは連絡が遅れて申し訳ありません」


 も、申し訳ないって?





「え!? 田村さんが亡くなった!?」





 それは1週間前だった。

 駅のホームで転落して、電車に轢かれて亡くなったそうだ。 


 くしくもその死亡日は松平と同じ日だった。

 

 とても偶然とは思えないな。


「どうかお気を落とさずに。それでは失礼します」


 池の呪いが続いている。


 京子は顔を落とした。


「大変なことになったわね。一体、何人死ぬのかしら」


「田村の死はA県のA駅みたいだな」


「駅がわかってもね、死んでるんじゃ、話しが聞けないわよ」


 京子は眉をあげた。


「あなた、霊能力があるんでしょ? それで捜査ってできないの?」


 それができれば苦労はしない。


「霊が見えるのは向こうの都合でな。しかも、俺の声は届かないみたいでさ。会話ができないんだ」


「なによ。使えないわね」


「それをいうなよ……」


 使えるように修行したかったんだけどな。あてにしていた松平は死んでしまった。

 まさか田村までいなくなるなんて……。まるで俺たちの行動を邪魔しているようにも思える。

 これで池の調査は難しくなってしまったな……。


「この事件は手がかりが少なすぎるわ。証拠といえば、喉に詰まった胆石だけれど。松平は焼け焦げてしまってわからない。田村は電車に轢かれたからね」


「電車の事故って死体は調べられないのか?」


「おそらく、人の形をしてないんじゃないかな。バラバラの死体だから、喉の遺物なんてわからないと思うわ」


 人が死んでも証拠が残らない……。


「いや……。待てよ。田村は駅で死んだんだよな?」


「そうよ。他県だから死体の回収は私の所の所轄じゃないわね。それに死体を調べて、もしも、小石が詰まっていたとしてもそれまでしかわからないじゃない」


「いや、そうじゃないよ。駅なら監視カメラがあるじゃないか!」


「あ!」


 女郎々池関連の死亡者で、初めて、その映像が残っているパターンだ。


「人が死ぬ瞬間なんて見たくもないけどな。調べる価値はあるだろ?」


「A県警が事故死と判断したのはその映像だからね。でも、私たちが見れば違う見解になるかも」


「見れそうか?」


「勿論。私を誰だと思ってんのよ」


「ただの警部補だろ?」


「やり手の美人警部補よ」


「はいはい」



 次の日。

 京子は監視カメラの映像を保存してるA県警とコンタクトを取った。

 俺は捜査協力の一環で、会社を早退して一緒に行くことになった。


 そこはA県警の一室。

 ノートパソコンの画面にその映像が映る。どうやら音声は無いらしい。


 問題のシーンは1分もない短いものだった。

 そこは駅のホーム。最前列で待つ田村を俯瞰して映す。

 突然、首を抑えて苦しみ出した。前屈みになった瞬間、後ろの待ち客とぶつかりよろける。そのままホームに転落。そこに電車が入ってきて事故になった。


 映像を見せてくれた警察官は小首を傾げる。


「これで、事故死と判断したもんで。特に怪しい点は見つからないと思いますよ」


 いや、かなり怪しい……。


「田村は心臓が悪かったようです。おそらく苦しむ姿は持病が出たのでしょう。だもんで、後ろの客に故意は無いですよ」


 俺は画面を指差した。


「すいません。田村が首を抑えた瞬間。アップにしてもらえますか?」


 そこには、何か小さな異物が田村の口からこぼれ落ちるのが見えた。映像の画質は荒く、小さな物が何かはわからない。


「なんでしょうねこれ? 血じゃないのは確かなんですよ。そんな鑑識は出てませんからね。あくまでも死んだのは電車に轢かれてなんです」


 普通の人ならわからないだろう。

 俺と京子は顔を見合わせた。

 この異物はあきらかに固形物。



「「 胆石だ! 」」

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