第7話 小石の正体

 喉に小石が詰まる。

 それは、暴力団員の金田。谷口先輩。同僚の錦。3人に共通していた。


「錦は溺れた際に飲み込んだという鑑識の結果になっているけれど、前の2件と似すぎてるのよね」


 不可解すぎる……。


「金田と先輩の時はどんな鑑識の結果なの?」


「それが謎なのよ。口や歯に小石を飲まされた形跡がないの。普通、小石を無理矢理飲まされたら歯や口に傷が付くでしょ? そんな形跡がまったくないのよ」


「それじゃあ。本人が口に傷が付かないように、自ら飲み込んだってこと?」


「そんなの不自然すぎるでしょ? だから小石の成分を調べたのよ。そしたら、ほとんどがカルシウムとコレステロールだった」


 なんだその成分? 


「土じゃないのか?」


「消化に関わるビリルビンを主成分とする色素石。ようするに胆石なのよ」


「たんせき? それって……。肝臓にできる石じゃなかったっけ?」


「そうそれ。それが喉に詰まってる」


 奇怪すぎるな。聞いたこともないぞ。


「それって病気?」


「そんな病気は前代未聞よ。あなたも聞いたことないでしょ?」


 確かに。


「錦のは? あいつの小石は調べたの?」


「彼のは事故死だから、そこまで調べてないわね。でもおそらく、同じだと思う」


「そんな。もっとちゃんと調べてくれよ!」


「無茶言わないでよ。他殺の形跡が一切見つからないのに鑑識に時間は割けないわ。連続殺人の事件に鑑識は時間が追われてるの。彼は池の泥やゴミを大量に飲んでいるから池の小石ってことになったの」

 

 しかし、その小石が胆石なら、錦の事件は先輩の事件と重なる。もしかして、それを避ける為にわざと調べてないのか? 立て続けに他殺だとなったら大騒ぎだからな。混乱を避ける為に事故死と判断したということも考えられる。


「そもそもなんで錦は事故死なんだ?」


「外傷がないもの。薬物の使用も、一切出てこなかった。彼は釣りをしていて足を滑らせて溺れたのよ」


 俺は姉を睨んだ。


「本当にそう思ってるのか?」


「……警察は万能じゃない。確証の取れる証拠から状況判断するしかないの。彼の状況は電話をしていた美咲って子が教えてくれたわ。あなた知ってる?」


「確か、錦が交際を申し込んでいた子だ。彼女と電話中に事故に遭ったのか?」


「そうよ。彼女が通報して直ぐに発覚したわ。それまでに同行していた久保田の証言も取れてるしね」


 なるほど。事故と判断する状況は揃っているのか。でもな。


「錦が釣りをしていた場所は傾斜が緩い。浅瀬が2メートルも続くんだ。そんな場所で足を滑らせただけで溺れると思うか?」


「……鋭いじゃない」


「警部補の弟なんで」


「確かにあんたが言うとおり、不自然だわ。あんな地形で溺れるはずがない。でもね。美咲の証言で証明されているの。彼は事故に遭う前に大きな魚を掛けているのよ」


「ああ。アリゲーターガーだな。それを釣りにあの池に行ったからな」


「らしいわね。私は久保田から聞いたわ。それで凄い引きだったらしいの。彼女と電話で話す余裕がないほどにね」


「じゃあ、錦は魚に引っ張られて水に入ったって言うのか?」


「2mを超える魚ともなれば、そんなこともあるみたいね」


「そんなデカイ魚があんな池にいるのかよ?」


 京子はため息をついた。


「私だってね。いないと思ってるわよ。監視カメラの映像でもあったらわかるけどさ。目撃者はゼロなのよ? 美咲の証言を元に判断するしかないじゃない」


 確かに。姉ちゃんの言うとおりだな。この事件は不可解すぎる。

 警察の不甲斐なさを追求するような発言は控えよう。


「竿は見つかったの?」


「ええ。池の中でね。きっと魚に引き込まれたのだと……。思う……けどね」


 なんだか引っかかる言い方だな。


「なにか隠してる?」


 京子はまたため息をついた。


「おかしいのよね。餌が付いてたの」


「ああ、魚に逃げられたんだ」


「そうじゃないのよ。アリゲーターガーって大きな魚でしょ? それで餌と針を大きくしてたみたいなのよ。錦はあの池で釣ったナマズの切り身を餌にしていたんだけれど、見つかった竿には切り身がそのまま付いていたの」


「餌に食いついて離したんじゃないの?」


「針先が出てないのに?」


「え?」


「餌が大きすぎて針先が隠れてるのよ。久保田の証言だと、小さな餌だとナマズが釣れてしまうからアリゲーターガー用に大きくしたみたいなの。それで、もしも、美咲の証言通りにガーが掛かったのなら、餌は無くなっているか、もしか残っていたとしても針先はしっかり出ているのが筋だと思わない?」


「……だ、だな」


 そうじゃなければ魚が何に引っ掛かったのかわからない。


 俺はまた寒気が走った。

 池の噂。ずりめろうのことを思い出したのだ。

 遊女が池に引き摺り込む。


「なぁ姉ちゃん……。それって魚だったのかな?」


「なんのこと?」


「水の中の大きな餌をさ。誰かが引っ張ったら、まるで魚が掛かったみたいになるよな」


 京子は青ざめたまま黙り込んだ。そして、否定をするように笑う。


「な、何言ってんのよ。そんなことがあるわけないじゃない。池の中から餌を引っ張るなんて……」


「じゃあさ。超能力なら? 超能力でさ。餌を引っ張る」


「…………」


「超能力なら錦の体も引っ張れるかもな。胆石を喉に詰めるのだってできてしまうのかも」


「……幽霊の話。笑いごとじゃなくなってきたわね」


 俺は池で見た遊女の霊を思い出していた。


「ずりめろうって本当にいるのかもな」


 京子は黙ったままだった。



 それからしばらくして、池の周りにはフェンスが設置された。事件は依然未解決のままである。

 姉は池の歴史を調べているらしく、その流れから、池の所有者であるS市農業委員会主催の元、池のお祓いをすることとなった。


 俺も池には関係していたので、京子の口利きで、そのお祓いに参加することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る