ラストステージ ⑤
40脚ほどのパイプ椅子が縦横きっちりそろえて並べられている客席は、3分の2ほど埋まっていた。
12時45分。視聴覚室。演劇部の公演の会場である。
意外、というのも失礼な話だが、開演15分前でこの集まり具合は、予想していた以上のものだった。
遮光カーテンで窓が閉められた部屋にガンガン冷房が効いていることも、このクソ暑い日に人を呼び寄せることに一役買ってはいるのだろうが、それを差し引いたとしても、だ。
2年前、かくいう俺自身も部屋の涼しさにつられて客席に座ったときは、周りに4、5人しかおらず、随分と寂しい雰囲気だったことを覚えている。
「なんだかんだ春乃の演劇見るのはじめてなんだけど、楽しみ」
「ね、なんかこっちまで緊張すんね」
入口付近に座っていた女子2人組……おそらく佐原さんの友達がキャッキャッと話している。
「放課後とかもさ、結構遅くまで練習してたもんね」
「そんでちゃんと成績もいいもんね、あと可愛いしな」
「ねーいっそ付き合いたいわ」
褒められている。佐原さんが。かなり。
聞いていて、なぜか少し嬉しくなった。昨日、あんなにナーバスになっている佐原さんを見ていたからか。(ただの一観客でしかないのに嬉しくなってるのも、何様なんだろう俺は、とも思った)
前の席の方が空きが目立っていたけれど、ステージ側から佐原さんにがっつり認識されるのも気が引けるので、窓側の端、後ろから2番目の空席に一人で座る。
「ふん……意外と盛況じゃないか」
後ろから突然声をかけられ、ビクッと、振り向く。
西田が、室内を見渡しながら足を組んで真後ろの席に座っていた。
さっきもこんな感じでいきなり話しかけてきたよな…とつい10分ほど前のことを思い出す。
まず名前で呼びかけたりだとか、せめて肩とんとんしたりとかそういう選択肢はこの男にはないらしい。無愛想なのか、不器用なのか、いまいち判別がつかない。
「佐原さんの友達とかも結構来てるみたいだな」
一応、普通に受け応えることにした。
「なんかぶっちゃけホッとしたよ。せっかく最後の公演だしな、佐原さん」
「ふむ……」
西田はなにか、気にかかっているような様子をしていた。
「どうせ4~5人しかいねえだろっていう自分の予想が外れて悔しいか?」
と、嫌味っぽくいってみるが、反応がない。
気難しいやつだな……と少しイライラし始めたところで、ようやく西田が口を開いた。
「むしろ予想が外れたのは、“あいつ”の方なんじゃないか?」
「……あ?“あいつ”って……佐原さん?」
「さっきここへ来るとき、人込みのなかですれ違ってな。あっちは気づいてなかったが、なにかそそくさと、隠れるような感じで、階段を上っていっていた」
「さっきって……お前今ここに来たんだよな?あと10分で公演はじまるのに?」
出演者――しかも唯一の――が公演直前にそそくさと会場を離れる。それがただ事ではないことは、なんとなく想像ができる。
「忘れ物でもしたのかと思ったが、この会場についてみて、ふと思い出してな。多分“あいつ”……大勢の観客の前で演劇をやったことがないだろう」
西田にそう言われ、確かに、とハッとなる。去年も一昨年も、数えるほどの観客しかこなかった、と佐原さん自身が言っていた。それが今年は、予想以上の集客、加えて演者は自分1人、いくら竹刀を振り回して謎の集団(西田及びその部下たち)を返り討ちにする佐原さんといえど、この状況は結構なプレッシャー感じてもおかしくはない。だとしたら……。
「おま、声かけなかったのかよ」
「……何を言えというのだ」
西田は少しバツが悪そうに、首を横に振った。
「バカやろう」
どこで元彼氏彼女の気まずい空気を発動させてんだ、と思いながら、俺は席を立った。
「ちょっと俺の荷物だけみといてくれ」
「探しに行くのか」
あと10分でどう探すというんだ、と西田が驚いた顔をしている。
「あのな西田」
諭すように、俺は言った。
「オレが何のために、昨日あんなに頑張ったと思ってんだよ」
第10話 ラストステージ 終わり
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