ラストステージ ④

突然、俺の目の前に現れた科学部部長・西田理一郎。

右手にはりんご飴、左手にはクレープを握っていた。


「……いやめちゃくちゃ文化祭楽しんでんじゃねえか!!」

お前、昨日あんなに文化祭中止にしようとしてただろ、とその矛盾に冗談抜きでズッコけそうになったが、当の西田はどこ吹く風だった。

「別に楽しんでるわけではない。甘いものには目がないだけだ。人より優秀な脳みそだからその分多くの糖が必要なのさ、ンフフフ」

そういって西田はクレープをほおばる。


「その感じだと、懲りずにまた文化祭を邪魔しにきたわけじゃなさそうだな」

「フン、感謝するんだな。私がその気にならないでいることに」

この期に及んでまだ強気でいることに純粋に感心する。

「おれはてっきり、今日はサボるのかと思ってたよ、あんた」

「そのつもりだったがね。……実際昨日君たちを追い詰めた優秀な仲間たちは、みな今日は来ていないしな」


 黄色ハチマキ、緑ハチマキ、青ハチマキ、そして、西田がボディガード役として誘い入れた、柔道部のピンクマスク野郎……校内の廊下で、屋上で、俺と佐原さんを苦しめに苦しめてきた西田の部下たちには、昨日、最後まで「ドウデモヨクナール」の効き目をとかないままにした。

 が、全校生徒が正気に戻り、翌日に文化祭が開催できそうなめどが立ったところで、「ヤルキデテクール」を投与し、元に戻した。「もし万が一、もう一度文化祭を中止にしようとするなら、西田がこれまでつくった奇天烈な薬コレクションを全部排水溝に流す」という条件付きで。

 昨日の様子からして、あいつらが「ボス」である西田に忠実である感じはしていて、破ると「西田」に迷惑がかかるというこの条件は、案の定効いたようだった。


「ふーん。じゃあなんであんたは、なおさらきたんだよ」

「……誘いを受けたのさ」

「誘い?」

「昨日夜に、佐原春乃から連絡が来てな」

「……はい?」


思わず聞き返す。

予想だにしていない返答だった。


西田は、おもむろにスマホを取り出し、佐原さんから来た文面を無言で見せてきた。


【どうせ明日暇なら、あたしの最後の舞台でも見にくれば】


そっけない、佐原さんらしい文章だった。

どんな思いでこれを西田に送ったのかはよくわからないが、昨日けちょんけちょんに演劇部についてバカにされたことに対して佐原さんなりにけじめのつけ方なのかもしれない。


「ていうか、既読無視してるじゃんあんた、返信してあげろよ……」


西田は答えなかった。

プライドの高さが邪魔をしてなんて返すか考えあぐねたんだろうな…と勝手に想像する。

そのくせこうやって見には来るんだな、とほんの少しだけかわいげも感じた。


「演劇部の公演。俺も観に行くけどよ、13時からだろ?」

校舎の時計は12時半を指している。

「始まるまで暇なら、うちの屋台の焼きそばでも食ってけよ。結構評判なんだぜ」

俺は、よっと、立ち上がり、屋台の方を指さす。

調理班はクビになったが、せめて客引きくらいはしよう。


西田は、少しだけ焼きそば屋台の方を見て、すぐに視線をこちらへ戻した。

「いや結構。クレープとりんご飴で十分腹は満たされているのでね」


「……西田お前、やっぱりかわいくねぇな」

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