ラストステージ ③
「うおいいい!!!!何してくれてんですか早見氏!!!」
ハッと我に返ると、あたりに焦げ臭いにおいが立ち込めている。
目の前の鉄板には、焼きそば…ではなく、焼きすぎて黒々とした麺とキャベツと豚肉がごちゃまぜになった何かが、湯気を立てて鎮座している。
真横から圧を感じる。
見るまでもない、仁王立ちしたエビちゃん…もとい、「焼きそばマシーン」がお怒りだった。
「焼きそばなめてんですか?」
口調がもう焼きそばで生計を立ててる人のそれである。
「わりぃ…ちょっと考え事してて……作り直すわ」
「もういいです」
「え?」
「早見氏、さっきから焼きそばに気持ちを向けられていない。そんな中途半端な人間が厨房にいても、足手まといになるだけだ」
「え…っとごめん、ここ調理学校かなんかだっけ?」
「違います。戦場です。とにかく、早見氏、君ちょっと抜けて頭冷やしてくるといい。ほかにも調理班のメンバーはいるから」
文化祭の屋台のことを恥ずかしげもなく「戦場」と言ってのける男に、半ば強引に、屋台の外から押し出された。何もそんなにガチで怒らなくてもいいのに……と思いつつ、エビちゃんの言う通り、心ここにあらずなのは確かで、正直調理担当として身が入っていなかった。
シンプルに、昨日の今日でへとへとに疲れていたのだ。
昨日は結局、西田が“ご丁寧”に説明してくれた通りに、化学室のビーカーやらを使い「ヤルキデテクール」を1000倍に希釈した液体をつくった。佐原さんと一緒に校内を駆け回り、1~3年まで、各教室の窓と扉を全部閉め(蒸し暑いことこのうえなかった)、霧吹きで室内に「ヤルキデテクール」を充満させていく。1学年7クラス×3=21クラス分、を2人でわけて一人10クラス、さらに、教室にいなかった生徒や教師には、個別に水鉄砲で「ヤルキデテクール」を撃っていったので、それはそれは骨の折れる作業だった。
どうやら「ヤルキデテクール」は「投与」してから効き目がでるまでに1時間ほどのスパンがいるらしく、最初に投与したクラスから時間差で次々と生徒たちは正気に戻っていった。校内全員に「ヤルキデテクール」を投与し終え、最後に投与したクラスが正気に戻りはじめたときには、すでに夕方17時を回っていた。
「え……あれ、俺今まで何してたんだっけ…」
「なんか頭が重い……今日の登校してからの記憶がまったくない……」
「よくわかんないけど、ものすごいグダグダしてたような……」
そんな戸惑いやざわめきが、校内中いたるところから聞こえてくる。
どうやら、「ドウデモヨクナール」で生気を失っているときの記憶はあまり残っておらず、半分寝ているような、ほわっとした状態がずっと続いているような感覚らしい。
校内の廊下で俺や佐原さんが、西田の仲間たちと水鉄砲で「銃撃戦」をしていたことを覚えている人は誰もいないようだった。
そして、これは佐原さんと話して決めたことだが……彼らが困惑しているこの奇妙な状況の原因やどうやって元に戻ったのかについて、俺たちは誰にも一切話さなかった。
仮に、水鉄砲片手に、俺たちがみんなを正気に戻した…なんて話したとしても正直信憑性にかけるだろうし、何よりそれを話すということは、西田と、ほかの科学部の奴らが全校中の槍玉にあがる、ということだ。そもそもあいつらの「憂さ晴らし」のために始まったことだし、10:0で科学部に非があることには間違いないのだが……。
だからこそ、学校中の批判やらバッシングが、過剰に科学部に向くことはなんとなく目に見えている。
それは俺にも、佐原さんにとってもあまり望むことではなかった。
ただ、校内中の人間が、朝登校してからの記憶がほとんどない、という「月刊ムー」よろしくの怪奇現象に対して、恐怖感や困惑から、校内中がパニックにならないか、と割とガチで心配はしていたのだが、幸いそうはならなかった。
その最大の要因は、正気を取り戻した生徒たちは、すぐに「翌日が文化祭である」という事実を思い出したからに他ならない。
本来ならば今日のうちに終わらせておくはずだった出店の装飾づくりや、ステージでの出し物の最終調整・リハーサルなど、やることが山ほど残っている……その焦りは生徒のみならず、教師陣も然りで、「文化祭」は他校の関係者や来年受験を予定している中学生なんかも大勢やってくるイベントであり、「前日に気づいたら夕方になってて、準備全然間に合いませんでした~!ごめんちゃい!」と醜態をさらすわけにはいかないのである。
今からでも、なんとかして明日の文化祭に間に合わせなければ……!!
という思いが全校中から湧き出ては波紋となって合わさり、波及していき、なぜか日中のみんなの記憶がない、ということについての思案は一旦ペンディングされた(幸いにして誰一人けが人や体調不良者がいなかったことも大きい)。
そこからというもの、急ピッチで文化祭準備が進み、その日は補導対象時間ギリギリの22時あたりまで
準備にいそしむクラスもあったらしい。今日の朝までギリギリの作業がいたるところで進められ、なんとか開催にいたった。かくいう俺も自分のクラスの屋台の設営やら装飾やら焼きそばの試食やらにいそしんだわけだが、あのときは、校内中を包んでいた熱気というか火事場のクソ力的なもののエネルギーを、比較的ドライな俺でさえも確かに感じていた。
本当に、高校生たちのこの「文化祭」にかける熱量はどこからやってくるのだろう。
……なんてことを思いながら、焼きそば屋台からクビ宣告をされた俺は、メインの屋台の並びから少し離れたところの校舎の壁際に腰を下ろし、行き交う人々の群れを眺めていた。
楽しそうにわいわいとやっている顔を見ながら、あんたらがそうやって文化祭を満喫できてんの、俺と、あともう一人のおかげなんだぜ……なんてことをちょっと思ったりした。
そのとき不意に、横から声をかけられた。
「皮肉なもんだな」
聞き覚えのある声だった。
嫌に鼻につく高い声。
ばっと横を向くと、“ヤツ”がいた。
「あんなに必死になって文化祭を守ろうとした君が……当日にそんなに冴えない顔をしているのは」
西田だった。
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