ラストステージ ②
「えー…と、つまりどういうこと?」
佐原さんが首をかしげてこちらを見る。
俺も同じく首をかしげる。
後半ものすごいバカにされたのだけ分かったけど、前半は意味がわからなかった。
「クソ共が」
さっきと同じトーンで、西田がつぶやいた。要領を得ていない俺たちに苛立ちを隠せない様子だった。相変わらずこちらは見ない。
「1000倍に希釈した「ヤルキデテクール」をそれこそ水鉄砲でも使って、廃人たちに浴びせれば、「ドウデモヨクナール」の効果を相殺することは可能だ。800人にいちいち水鉄砲を浴びせるのが面倒なら、生徒たちを一定数同じ場所……扉や窓を閉め切った密室状態の教室にでも集めて、霧吹きか何かでその密室内に「ヤルキデテクール」を一定時間空気中に充満させればいい……ってサルでもわかるようなことも逐一説明しないと理解できないのか、救いようがないな君たちは」
「うん、待ってごめん」
思わず西田の話を遮る。
「もしかしてお前今、俺たちにこの「ヤルキデテクール」の使い方をめちゃくちゃ丁寧に教えてくれてんのか?」
西田は答えなかった。
「なー-んか釈然としないわね」
佐原さんがいぶかしむような表情で西田に寄っていき、その顔を正面から覗き込んだ。急に目の前に佐原さんの顔が出てきて、虚を突かれた西田の顔が一瞬赤らんだ、ように見えた。
「西田くん……とっても親切でありがたいんだけど、どういう風の吹き回し?」
「私の言うことが信じられないか?」
「まあ、そりゃね」
佐原さんがコクリとうなずく。
「正確に言えば、あんたの言う通りにすればきっと生徒のみんなは元通りになるんだろうな、とは思ってる。この「ヤルキデテクール」が本当に役に立つものってことは、わざわざあんたがこの薬を、あらかじめ自分の手元に置いておいたことからも察しがつく。でも、その使い方をあたしたちにコロっと教えてくれることが腑に落ちないのよねぇ、あんたってそんなに潔い人だったっけ?」
西田は、はっ、と小ばかにするように笑った。
「やっぱりバカだな、君たちは」
佐原さんが何かを言いかけようとしていたが、何も言わずに西田をむっとした表情で見ていた。
「もし君が言うように、僕が往生際の悪い男だったのなら、君たちにこうやってチェックメイトされた時点で、ポケットにあったその瓶を地面にたたきつけてわっている、とは思わないかい?それに……」
西田が続ける。
「もし僕が君たちの立場なら……「ヤルキデテクール」の効率的な使い方を、あらゆる手を使って、目の前の“開発者”に吐かせようとする。そして、それに抵抗するすべは僕にはない。「ドウデモヨクナール」が入った水鉄砲ももっていないし、純粋な体力勝負でもそこにいる元野球部にかなうとも思えない。だから遅かれ早かれ、こうやって教えるはめになるならば、さっさと自分から吐いてしまったほうが合理的、と思っただけさ」
西田らしい、淡々として上から目線の語り口だったけれど、聞いていて、俺はなんだか不思議な気持ちになっていた。確かに西田が言っていることはなんとなく筋が通っている、けれど……どこか、こいつが理路整然と並べている言葉たちが、ほんとはもっと単純な理由なのに、それを覆い隠しているような……。
佐原さんも、多分同じことを思っている。
何かを見透かしたような目で、西田を見つめている。
「ま、いいわ……そういうことにしといてあげる」
「まぎれもなくそれが本心なのだが」
という西田の抵抗には聞く耳を持たず、佐原さんがくるりとこっちを向いた。
「早見くん、じゃあいっちょ、やってみようか。こいつの言う通りに」
この曲難しそうだけど、ちょっとデュオで歌ってみようか、とカラオケで誘うくらいのノリで佐原さんが言うので、ちょっと拍子抜けしながらも、俺は、うん、とうなずき、腰を上げた。
廃人と化した全校生徒を元通りにするときの誘い文句の正解なんて、俺にだってわからない。
気づけば太陽の位置が少しずつ下がり始めている。まだ夕暮れには早いし、うだるように暑いけれど、
少しだけ風が吹き始めた。
佐原さんは、ピン、と背筋を伸ばして、屋上の出入り口にむかって歩き出した。
俺もそれに続く。
「……行くなら、それで俺を撃ってから行け」
西田の横を通り過ぎるとき、手に持つ水鉄砲を指して、そう言われた。
すっと、足を止める。
「お前今、負けて放心状態なんだから、これで撃っても撃たなくても大差ねぇだろ……だから、まあ、なんだ」
俺は、手に持った水鉄砲を眺めながら、ニヤリと笑って言った。
「もし、お前の気が変わって、またとんでもねえこと企てたときのために……これはとっとくよ。こんな思い、二度とごめんだからな」
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