第10話

ラストステージ ①

俺、早見跳彦と佐原さんが、校舎の屋上で科学部部長・西田と相まみえてから……21時間後。

7月21日土曜日、昼の12時。


ジュワァァァ……

目の前のアツアツの鉄板の上で、一口大に刻まれた豚肉とキャベツとちぢれ麺をヘラで混ぜながら、せっせと炒める。鉄板から上がってくる白い湯気とソースの香りを顔に受け、俺は汗だくになりながら、即興の「焼きそば職人」と化していた。


「次やきそば2人前~~~!」

「その次特製チーズ焼きそば!紅ショウガ抜きで~~~!」


鉄板の先、屋台の正面に立つ受付係の女子2名が、次々とお客をさばき、後ろにいる俺たち調理班に、大声で注文を伝えてくる。


3年4組が催す屋台「焼きそば STAND BY ME~そばにいるよ~」は、そのサムすぎるネーミングもものともせず、文化祭初日から大盛況だった。


はっきり言って、味は何の変哲もないふっつうの焼きそばなのだが、文化祭の屋台の成功如何は味にあらず。メインのステージがあり、お客の行き交いが激しい体育館に近い位置を、クラス委員がくじ引きで引き当てたのが最大の勝因だろうな……と思いながら、店前に並ぶ、クラスTシャツをまとった生徒やうちを志望校にしているのであろう私服の中学生やその保護者なんかがわいわいきゃっきゃとしている姿をぼんやり眺める。


泣く子も黙る青春ど真ん中イベント、文化祭……第38回県立はまかぜ高校「風翔祭」は、太陽が照りつける夏空の中、例年どおりの盛り上がりを見せていた。

そう、例年どおり、に。


「おい早見氏ぃ!!手が止まってますよ!!」


横でクラスTシャツを汗でびちょびちょにしながらそばを炒めていたエビちゃん…蛯名慎太郎が俺に釘をさしてくる。昨日の朝、俺と一緒に自転車で段ボールを運んでいた、社交性のあるデ…ぽっちゃり、エビちゃんである。ふくよかな図体とは裏腹に、そのヘラさばきはしなやかで無駄がなく、開店して2時間で厨房に欠かせない「歩く焼きそば調理マシーン」となっており、その表情はどこかイキイキとしていた。


……こいつもつい24時間前は、あの水鉄砲で撃たれて死んだ顔してうなだれてたんだよな……と思いつつ、「わりぃわりぃ」と再び俺は自分のヘラで、そばをひっくり返す。



*****


あれから。


屋上で科学部部長・西田と、その手下のピンクマスク、そして、生気を失った…かのようにしていた佐原さんと相まみえ、一度は万事休すと、諦めかけた。けれど、西田が俺にとどめを刺そうと撃った水鉄砲の中は、「ドウデモヨクナール」の成分が入っていないただの水。西田とピンクマスクが一瞬気をゆるめた隙に、佐原さんとの連携プレーによりピンクマスクを水鉄砲でKO。

「ただの水」が入った水鉄砲しか持たない西田は、もはや抵抗するすべはなく、その場で膝をついた。


その姿を見届けた俺は、自然と全身から力が抜け、

ふぅ―――――――……とその場にどさっと、仰向けに倒れ込んだ。


「なんであんたがぶっ倒れんのよ」

俺とは裏腹に、佐原さんは西田の横で両足を地面(といっても屋上だが)につけ、姿勢よくたっていた。


「いや、これでもう、こいつらに追っかけられなくてすむのか、とか思うと、急に脱力っていうか……朝から走りっぱなしだったから」

「まあ、気持ちはわかるけど」


元野球部のクセに軟弱だね、とでも言われるかと思っていたので、意外な返事だった。

さすがの佐原さんも疲れと安堵が入り混じった表情をしていた。


すると、うなだれていた西田がふいに顔をあげた。

「撃つならさっさと撃てよ」

と、目の前に立つ佐原を睨むように言った。

「絶体絶命の状況にも屈することなく……学校中の生徒の生気を奪った集団に立ち向かい、見事、その“親玉”を返り討ちにし、君たちは学校を救った。勇敢で、痛快なストーリーだ。野望を打ち砕かれた“親玉”が悪あがきをする前に……さっさと終止符を打つがいいさ」


芝居がかった西田の口上。白々しい表情で聞いていた佐原さんは、

「あんたはあんたでなにやさぐれてんのよ」

と呆れたように返した。

そして、しゃがみ込み、西田の白衣のポケットに手を突っ込む。

「これ、もらってくね」


ひょい、と取り出した手に持っていたのは、セピア色をした瓶だった。コンビニに並んでいる栄養ドリンクくらいの大きさの。側面に貼られたラベルに、手書きで何か書かれている。


「佐原さん、それ…」

「話してた例の“特効薬”よ、ホラ」

そう言って佐原さんは、すたすたとこちらへ歩いてきて、仰向けに寝転んでいる俺に向かって上からぐい、と瓶をかざして見せてきた。

ラベルには、汚い字で「ヤルキデテクール」と書かれている。


「おお、これが……!」

ばっと、上体を起こして、まじまじと瓶を見つめる。佐原さんが得意げに話し出した。

「西田が、化学室でご丁寧にあたしに答え合わせしてくれたわ。この“ヤルキデテクール”が、廃人になった校内のみんなをもとに戻せる唯一の治療薬だ、って。ま、そのときはそんな大事な「切り札」がこんなふうに奪われるなんて夢にも思ってなかったみたいだけど」


「そうか…!じゃあ佐原の読み通り、これさえあれば全校生徒がみんな元通りに……ん?」

「え?何?」

「いや……これ……どうやって全校生徒に飲ませるんだ?」

「え、それは……」


得意げだった佐原さんの表情が、みるみる曇っていく。

かくいう俺自身も、数秒前まで西田とその仲間たちに「勝利」した安堵感と満足感につつまれていたが…

急にガッと現実に引き戻されたような気分になった。


「全校生徒って、一学年250人くらいとして…先生とかも含めてざっと800人だろ?仮に、気合と根性で、かたっぱしから飲ませていくにしても、その瓶の中身の量じゃ絶対的に足りねえ気が…ていうかそもそも一人あたりどのくらい飲ませればいいかもわかんねぇしな…」

「そうよね……ていうかこんな根本的なことに今まで気づかなかったのが悔しい……完全に西田の鼻をあかすことで頭がいっぱいだった……」


佐原さんは、ぎゅっと、「ヤルキデテクール」の瓶を握りしめ、う~ん、と顔をゆがませる。

その正面で、俺もほぼほぼ同じ顔をしている。

これは……どうすればいいんだ……?

炎天下の屋上で、しばしの沈黙。


「バカ共が」


小さく、そうつぶやく声が聞こえた。

「は?今バカって言った?」

佐原さんが、イラっとした顔でこっちを見てくる。が、無論声の主は俺ではない。

佐原さんの後ろで、ふてくされるように力なく座り込んでいる西田だ。

西田は、こちらを見ないまま、ぶつくさとひとりでしゃべり始めた。

「その瓶に入ってるヤルキデテクールは200mℓ程度だが……そもそもそれは“原液”だ。実際に使うときは真水で1000倍に薄めたもので事足りる。開発に相当の時間を要した貴重な薬なんだ。原液のままドバドバ使おうなんてするなんて愚の骨頂だ。少しは頭を使え、愚か者が」


西田が話す内容を、俺も佐原さんも、ぽかんとしながら聞いていた。

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