水しぶきのゆくえ ②
膝をついていた右足を上げて、
ダンッ、と力強く地面に踏み込む。
その音で気付いたのか、
佐原さん、とピンクマスクの方を向いていた西田が、くるり、とこちらを振り向く。
「なっ……!?」
虚をつかれた顔で”生気を失っていない”俺を凝視する。
西田は焦った手つきで俺に水鉄砲を向けようとしてくる……が、残念。
狙いはお前じゃねえよ、西田。
俺がニヤリと笑った、次の一瞬。
その場にいた誰よりも機敏に動いたのは、佐原さんだった。
俺と向かいあう方向に、力なくうなだれていた上半身をガッと持ち上げ、斜め後ろから二の腕を掴まれていたピンクマスクの手を振り払う。
なぜお前も動ける……!?とピンクマスクが目を丸くする隙をついて、佐原さんは勢いのままぐるっと体を180度回転させ、左腕を伸ばす。
自分より30cmほど上背のあるピンクマスク、の顔を覆うピンク色のマスク……の顎の部分を握り、精一杯背伸びしながら、アッパーを食らわせる要領で無理やりひっぺがした。
「がっ!!」
190近くある図体とは裏腹に、つぶらな瞳をした、かわいらしい丸顔だった。
ナイス、佐原さん。
イメージと違いすぎる素顔と、佐原さんの予想の遥か上をいく無駄のない身のこなしに一瞬だけ驚きつつ、“無防備”になったその顔面に俺は銃口を向け、引き鉄を引いた。
勢いよく発射された水が、きれいな直線を描き、命中する。
ピンクマスク……をはがされたただの図体のでかい男……が、ぴたっと静止し、そこからばたんとその場に倒れ込んだ。
「ああ~~~~……そよ風に揺らされる風鈴になりてぇ~~……」
と力なくつぶやいている。
佐原さんが、ひょい、と仰向けになったピンクマスクの顔をおそるおそるのぞき込む。完全に生気を失っているのを確認したのか、ふぅと一息つき、
「早見くん、今日で射撃の腕上がったんじゃない?」
と言ってこちらを向いた。
「そっちこそ、演劇部フル活用の名演技だったな」
「……まあね」
「な……、んな……、な……!」
西田が、口をあんぐり開け、声にならないか細い声を出している。
「んなんで……なんで君たち……まるで“生気”を失っていないんだ?」
目をぱちくりさせ、俺と佐原さんを交互に見てくる。
そんなわけないだろ、とまだ現実を受け入れられないようだった。
「なんでって……」
佐原さんが口を開き、パニック状態の西田が握っている水鉄砲を、スッと指さした。
「それ……さっき化学室であたしから奪ったじゃん、あんた」
「ああ、そうさ……追い込まれた君に私の水鉄砲を蹴り飛ばされたときにな」
「そうね。あのとき私はなすすべがなかったけど……正直、ラッキーって思ってたの」
西田はわけがわからない、という顔をしている。
佐原さんは、今度は俺の方を向く。
「てかよくわかったね、早見くん。さっきのあたしの口パク」
「あー…あれな」
ア、ア、イ、ア、イ、ウ。
そう口を何度も動かす佐原さんのシュールな姿を思い出し、妙な気持ちになる。
「ア、ア、イ、ア、イ、ウ……な、か、み、は、み、ず……だろ」
俺が答えると、そーそー、と佐原さんがうなずいた。
それとは対照的に、西田がまだ怪訝な顔をしている。
「ああ?」
佐原さんが西田に向かって得意げに言う。
「西田、そのあんたが持ってる水鉄砲、中に入ってんの、ただの水なのよ」
俺はそれを聞きながら、つい数時間前の、校舎の廊下での“銃撃戦”のことを思い出していた。
無敵……だったはずの俺の“段ボールアーマー”が、黄色ハチマキにビリビリに引き裂かれていたとき……
*****
「そこまでよ」
と横から黄色ハチマキの顔をめがけ、佐原さんが水鉄砲の引き鉄を引いた……が。
ちょろっ。
水鉄砲からは、文字通り雀の涙ほどの水が、力なく銃口から出て、ぴちゃりとすぐ床に落ちた。
あれ、ともう一度引き鉄を引くが、結果は同じだった。
*****
そう、あのとき、佐原さんの水鉄砲(つってもそれも朝に別のハチマキ野郎から奪ったやつなんだけど)の中身は確かに空になっていたのだ。
「あの後資料室出て、俺と別々になったときも、空のままだったよな?いつの間にそんな細工を……」
「そうね……何かの役に立つかと思って、化学室に行く途中で水道水を中に入れといたの。で、西田に追い込まれたとき、とっさにあいつの水鉄砲を蹴って使えなくしたら、たまたまアイツは私の水鉄砲を奪って、私を撃った……」
ギリギリの状況で相手の水鉄砲蹴り飛ばすって……さすが佐原さんだな、と俺は勝手に感心していた。佐原さんがもっているはずの、中身が水の“ただの水鉄砲”をなぜか西田が持っていたのも、そういうことだったのね……と一人腑に落ちる。
西田は、苦々しい表情で佐原さんを見ている。
「くっそ……それでとっさに力の抜けたフリをして俺たちを欺いたのか……くっそ!!くっそ!!」
ガシャン!と手に持っていた、正真正銘の、ただの水しか入っていない水鉄砲を、地面にたたきつける。両手で頭を抱え、西田は膝から崩れ落ちた。
佐原さんは、心底悔しそうな西田にすたすたと近づく。
「水を入れといたのは大正解だったし……」
膝立ちの西田の目の前に立ち、少し意地悪そうに言い放った。
「あんたが鼻で笑ってた“たかが演劇部”の演技も、捨てたもんじゃなかったでしょ」
第9話 水しぶきのゆくえ 終わり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます