第9話
水しぶきのゆくえ ①
やっぱりそうだ……。
西田の放った水が俺、早見跳彦の顔に直撃した瞬間、俺は確信した。
俺はガクン、と体中の力が抜けたようにその場に膝をつき、首を前に垂らす。
校舎を走り回るなかで見た、“生気”を失った生徒たちと同じように。
けれどそのとき、うなだれた姿勢で地面を向いた俺の顔は……ニヤリと笑っていた。
膝をついたのも、うなだれたのもすべて、演技だった。
やっぱりそうだ。
確かに水鉄砲に撃たれたが、俺はまったく“生気”を失っていないままだ。
ほんの数十秒前。撃たれる直前。
俺が見たのは……
“生気”を失っているはずなのに、真っすぐに力強くこちらを見つめる佐原さんだった。
背後にいるピンクマスク、斜め前の西田に悟られないように、わずかに顔を上げて、俺の方にじっと視線を向けていた。
俺がそれに気づいたのを察し、今度は口をわずかにパクパクさせ始めた。
同じ口の動きを、何度か繰り返している。
えーっと、これは、何かを伝えようとしている……。
ア、ア、イ……ア……イ、ウ……?
いや、ごめん佐原さん、全然わかんねぇ。
と突っ込みたくなる気持ちを必死に抑え、あくまで平静を保つ。
ただ少なくとも、ひとつだけ明白なことがある。
今日これまで目にしてきた、水鉄砲で撃たれ、校舎中で力なくしゃがみ込んでいた生徒たちとは、明らかに違う。
佐原さんは、“生気”を失っていない。なぜか“生気”を失ったフリをしている……。
そこから、俺は足りない頭をフル回転させる。
なぜ無事なのかはいったん置いといて、重要なのは、この事実に、西田もピンクマスクも気づいていない、ということだ。間違いなく確実に仕留めた、と“思い込んでいる”。
つまり……佐原さんを水鉄砲で撃って確実に当ててはいるのだ。
当てたのに、なぜかそれには効果がなかった。佐原さんは、2人にそれを悟られないように、とっさに“生気”を失った演技をして、欺いたんだ……!さすが演劇部……。
ってことは……。
佐原さんがさっき、何かを伝えようとしていた口パクを頭の中で反芻する。
ア、ア、イ、ア、イ、ウ……ア、ア、イ、ア、イ、ウ。
……………あっ。
俺がその意味に気づいたのは、
西田が水鉄砲の引き鉄に指をかけたのとほぼ同時だった。
そして……西田に撃たれた俺は今、読み通り“生気”を失っていない。
佐原さんと同じように“生気”を失ったフリをしている。
「ンフ……ンフフンフフフフフ!!!!!!」
西田の笑い声が聞こえる。うなだれているのでその表情まではわからないが、目の前で俺がノックアウトされたのを噛みしめ勝ち誇っているのは、声色から容易に想像できた。
「全滅……これで全滅だ!!もう私を邪魔するやつはいない!!」
やつは完全に油断している。
だが、まだだ。
チラリ、と足元にある水鉄砲に目をやる。
さっき佐原さんにナイフを突きつけられ、仕方なく床に置いた水鉄砲。
「ンフフフ、これで晴れて文化祭は中止……この学校全体への俺の復讐が完遂する……おい、もう放していいぞ」
西田が後ろにいるピンクマスクにそう指示する。
カラン。
音がした。
ピンクマスクがナイフを地面に投げ捨てた音だ。
きた。今だ。
俺は、足元の水鉄砲を右手で掴んだ。
勝負は一瞬……しくじったら今度こそ終わりだ。
これで決める。
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