青空の下、屋上にて ④

言いたいことを言い終えたらしい西田は、はぁ、とゆっくり息を吐き、もう一度パチリ、と俺の目を真っすぐに見てきた。


「そういうわけだ……今から自分が撃たれる理由が分かって、少しはスッキリしたかい?」


「するわけねぇだろ」


西田の話は、むしろ俺の脳内のモヤモヤを余計濃厚にしている。

実際、コイツの怒りは十分にわかる。わかってしまうからこそ、なんというか、今まで“こっち”が正しい側というか、こう、ヒーローもので言えば謎の悪役に立ち向かう!みたいなスタンスを勝手にとっていたのだが、それが思い上がりだったと、ひっくり返されたような気分だった。

蓋を開けてみれば「謎の悪役」は、目の前で怒りながら、どこか哀しい顔をしている。猟奇的な愉快犯、とかであったなら、単純で分かりやすくてよかったのだが。……変な奴なのは間違いないけど。


西田たちにとっては、俺や……この学校の人たちこそ「悪」なのだ、きっと。

そして困ったことに、その西田なりの「正義」を、「知るか」とはねのけられるほど俺は薄情にはなれない。


だからといって、

「あなたがたが怒るのもごもっともです!本当に申し訳ございませんでした!これ以上抵抗することは致しませんので、どうぞ、もう、撃っちゃってください!お好きにどうぞ!さあ!すんません!」

……ともなれないんだよなぁ。

 

 すっと目線をずらす。西田の数歩後ろでうなだれている佐原さん、とその顔にナイフを突きつけているピンクマスクを見る。


お前が怒るのもわかるけどよ、西田。

このやり方は……違うんじゃねえのか?


それに……ん?


ふいに、佐原さんの方を見ていた俺はそのとき、あることに気づいた。


あれ?えっと……え、うそ、あれ?

一瞬、自分の「見間違い」かと思ったが、そうではなかった。


おいおい……マジで?

その「あること」への驚きは、たぶんコンマ数秒、俺の表情に出た。

だがとっさに、唇を噛み、表情筋をがっちりホールドし、なんとか平然を保つ。


西田にも、ピンクマスクにも悟られちゃいけない。

どうやら二人は「あること」に気づいていない。

これは、チャンスだ。でもバレたら終わりだ。


今にも引き鉄を引きそうな西田を見ながら、俺は頭を巡らせる。

考えろ。俺だけが気づいてる「この状況」を最大限に活かす方法を。


と思っているうちに、西田がカチャリ、と水鉄砲に引き鉄に指をかける。


「……さて、改めて、これで終わりにしよう、早見跳彦」


 今度こそ俺をしとめる気だ。


「何か言い残したことはあるか?」


「……ああ」


 俺はコクリとうなずく。

 焦るな。ここは平然と。そう自分に言い聞かせる。


「西田、お前……“話長い”って言われるだろ」


西田が一瞬、眉をひそめた。


「……最後まで反抗的なやつだ」


西田がそういって、次の瞬間、引き鉄を引いた。


ビュっと、銃口から勢いよく水が発射される。

しぶきを散らしながら、真っすぐに俺の顔へと迫る。

ほんのわずかな時間の映像が、なぜだかスローモーションに映った。


ビシャリ。

ひやりとした水の冷たさが、顔全体に直撃する。

視界がぼやける。


真夏の空の下、屋上、昼下がり。


俺は撃たれた。




第8話 青空の下、屋上にて おわり

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