青空の下、屋上にて ②

「本当に厄介だったよ、君たちは」

西田は水鉄砲を俺にかざし、うなだれている佐原さんのほうをチラリと見ながら、そう話し始めた。


「本来なら朝には計画通り生徒と職員……この学校に関わるもの全員の“生気”を奪うはずだったものを。わたしの部下たちを悉く返り討ちにし、逃げまとう君らは非常にストレスだった……だがもう、逃げ場はない。大人しくひれ伏したまえ」


「誰がひれ伏すかバカ」

俺は右手に持っていた水鉄砲を西田に向ける。

銃口を向けあい、対峙する形になる。


「ンフンフフ……!ここまできてまだ諦めないか……面白い。だが、状況をよく理解してないようだ」

西田は、横にいるピンクマスクに、何やら目くばせをした。

ピンクマスクは、こくり、とうなずき、ポケットから何かを取り出す。

シャッ、と手首を一振りすると、銀色の刃が現れる。折り畳み式のナイフだった。


「なっ……」


ピンクマスクの胸元くらいにある佐原さんの顔に、切っ先をスッと近づけ、触れる寸前のところでピタリと止めた。佐原さんは、変わらずうつろな目をしてうなだれたままだ。


「水鉄砲を捨てろ。さもないと……この演劇部部長のお顔に傷がつくぜ?」

「お前ら……」


 突然の「凶器」の出現に鼓動がバクバクと、早くなっているのが分かる。

「それアリなの?」と喉まででかかるが、当然のようにふるまう西田とピンクマスクの姿に、アリとかナシとか、そもそもこの状況が「ルール」のもとにやっているフェアなものではないことを改めて思い知らされる。


「最低だなお前ら」

 そう吐き捨てて、すっと、水鉄砲を地面に置く。


「こっちも我慢の限界なんでね、手っ取り早く終わらせてもらう」

 西田は鋭い目つきで俺に照準を定め、引き鉄に指をかける。


 万事休す、である。

「……最後にひとつ聞かせろ」

 

「……何だ?」


こうなりゃ少しでも時間をかせぐしかない、というかこの状況でできることはそのくらいしかない、と半ば見切り発車で俺は西田へ尋ねた。


「途中会ったお前の“部下”が、ずいぶんと俺を毛嫌いしてた。……お前らがこうまでして文化祭を中止にしてぇ原因の一部がオレにあると言われた」


「フム……聞いたのか?すべて」


「いや。去年の夏、俺が野球部の紅白戦でかっ飛ばされた一球が、化学部の部室にはいちまったってところまでしか教えてくれなかったぜ、あの黄色ハチマキは」


「黄色ハチマキ……はっ、家朗か。おしゃべりなやつだ」


あ、家朗って言うんだアイツ!家朗、いえろう、イエローで黄色のハチマキなんだろうな……とどうでもいいことが一瞬脳裏をよぎるが、本当にどうでもいい。


「そのことは知らなかったし、あんたらの大切な部室をめちゃくちゃにしたんならそれは申し訳ねぇとは思うんだが、やっぱり……腑に落ちなくてな。だったら野球部だけに復讐すりゃいい。……なぁ聞かせろよ。わざわざ変な薬作って、全校生徒のやる気失くして…最後にゃナイフ……ここまでする理由、一体何なんだ」


西田は、少しだけ間を置いて、不敵に笑う。


「……ンフフフ、教えてやる前に、私からも一つ質問をしよう。……去年の夏、貴様ら野球部が出場した甲子園予選……何回試合をしたか、覚えているかい」


「あ?なんだそりゃ?」


予想外というか、筋の見えない質問にやや拍子抜けする。


「えっと……ベスト4まで勝ち上がったから、初戦から数えて……5回、か」


「そうだ。7月8日の初戦から始まり、着々と勝ち進み、7月20日の準決勝、強豪の市立杉谷に延長で1-2で敗れた」


「ま、そうだけど……なんだ、めっちゃ詳しいな……」


「対して強くもない、例年1,2回戦負けが当たり前の公立高校が、ベスト4まで進み、最後は優勝候補に好勝負まで見せた。学校中が沸いていた。何十年ぶりの快挙、ひと夏の感動、わが校の誇り、来年は優勝を狙える……誰もがお前らに注目していた。結構なことだ」


西田は、淡々と、俺に対して、と言うより自分の中にある記憶を一つ一つ出力するように話を進める。

それに呼応して、俺の中に刻まれているあの夏の記憶も、蘇る。俺にとっては、あまり思い出したくはない記憶――――。


「だが……分かるか?貴様らが去年の夏、勝ち進み、全校から称えられることができたのは、なぜなのか。その本当の理由を、考えたことがあるか?」


「本当の理由……もなにも……」


何の話だこれは、去年の夏の大会が一体なんの関係があるんだ。つかみどころのない西田の話と、その“内容”に苛立ちながらも、問いに対する答えは、俺の中では明白だった。


「それは……アイツが……東伊知郎が入部したから。甲子園常連校からスカウトされるレベルのアイツが、家が近いって理由でウチに来たから。1年生で、エースで4番で、早々に俺のものだったマウンドを奪って……活躍したから」


当然であるかのように、東は俺よりも速い球を投げ、俺よりも多くヒットを放った。そして、1年生の夏に俺からエースナンバーを奪った。一人だけずば抜けた能力で野球部を35年ぶりのベスト4へ導き、その活躍を、俺はただベンチに座って見ていた。「2番手のピッチャー」として。


「東伊知郎……知っているぞ。お前の場所を奪った、期待を一身に背負った1年生……確かにヤツがいなければ、あそこまで勝てていなかったのだろう、だが……惜しいな。問いへの答えとしては不十分だ」


少しだけ、西田の声に力がこもり始める。


「期待されていたから……握りつぶしたんだよ」


握りつぶした……?穏やかでない言葉に、俺は眉をひそめる。どういうことだ?

「西田お前……さっきから一体なんの話をしてんだ」


「握りつぶし、なかったことにしたのさ。学校が、職員が、お前たちが。私たち化学部の、すべてをな」

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