第8話

青空の下、屋上にて ①

みーーーん、みんみんみんみん、みー――――ん……

アブラゼミの鳴き声が延々と響き渡り、青々とした上空には、飛行機雲がきれいな直線を描いている。


校舎の屋上のど真ん中、夏らしい空模様を眺めながら、俺、早見跳彦は首をかしげる。


おかしい。絶対におかしい。


―――――「屋上に来い。そうすれば、生徒を元に戻す方法を教えてやってもいい」


確かに、女子トイレで聞いた校内放送で西田はそう言っていた。

明らかに俺と佐原さんをおびき寄せるための作戦だったはずだ。

だが、佐原さんが、唯一の希望である“ドウデモヨクナール”を探す時間を稼ぐために、俺はあえて“おとり”となって、言われた通りこうして屋上へとやってきた。


決死の覚悟だった。この扉の先には、西田と、その部下たちが手ぐすね引いて待ち構えているのだろう。飛んで火に入る夏の虫。それでもいい。1秒でも逃げ回り、相手の注意を引かなければ。いいか早見跳彦、ここが勝負所。気合入れてけよ……!

そう自分に言い聞かせ、ふぅっと深呼吸、勢いよく屋上へのドアを開けた……のだが。


「……いや誰もいねぇじゃねえかよ!!!!」


ねぇじゃねえかよ、えじゃねえかよ、ねえかよ……かよ……


思わず声に出した叫びが、空しく青い空の彼方へと消えていく。

嘆いても、ひとり。どう見渡しても屋上にはひとっこひとりいなかった。


えー……と、どういうことだ?


俺らをおびき寄せる作戦じゃなかったのか?

ここにいないなら、どこにいるんだ?

なんか、勝手に緊張して屋上に来た俺がバカみたいじゃねえか……。


ブー――ッ、ブー―――ッ、ブーーーッ


急にスマホの着信音が響き、慌てて取り出す。

画面には、“佐原春乃”と表示されている。


そういや、「資料室」で別れる前に、「なんかあったときのため」に連絡先交換してたんだっけ。

……ってことは、なんかあったのか?と思いながら、


「おー――、どうよそっちは」


と軽い調子で電話に出る。


「「ンフフフンフ……御機嫌よう」」


「…………あ?」


明らかに、その声は佐原さんではなかった。

というか、このキモい笑い声は、アイツ以外にあり得ない。

電話越しにいるのは、西田だ。


「……なんでお前が佐原さんの携帯からかけてきてんだよ」


「「驚いたか?ンフフフ……佐原春乃なら、横にいるぞ。……ただ、完全に“生気”を失っているがね」」


おいおいおい、マジか。

西田の勝ち誇ったような雰囲気が、電話越しから伝わってくる。

佐原さんがやられた……?


「なんかあった」どころじゃねえじゃんか……。


「「化学室で私のコレクションを物色してたところを、捕まえさせてもらってね。だいぶ抵抗されたが、水鉄砲で撃ってしまえば一発だ。こうして携帯を拝借して、君と連絡させてもらっている」」


「てめぇ……」


最悪だ。時間かせぎどころか、俺たちの作戦すべてが完全に裏目に出た。

屋上なんか来てる場合じゃなかった。


「「さて、こうして忌まわしい残党は、残り君1人となったわけだが……どこにいる?」」


「……お前の要求通りだよ」


せめて、動揺を感じ取られないように淡々と答える。


「「…要求通り?ということは屋上か…ンフンフフフ。それは好都合」」


「好都合?」


ガチャリ。


後ろで、ドアの開く音がした。

反射的に振り向く。


「我々もちょうど……向かっていたところだよ」


佐原のスマホを耳に当てながら、白衣を着た眼鏡の男が入ってきた。


……コイツが西田か。

なんというか、想像通りだな、と思った。電話越しで受け取っていた印象そのものの、よくも悪くもインテリ感が滲み出た顔をしている。

銀縁の眼鏡に、切れ長の目、きりっと七三で分けられた髪、


西田に続いて、後ろからやたらとデカい男も続いて歩いてきた。

なぜかピンク色のプロレスラーマスクをしている。

そして、そのピンクマスクの横に、佐原さんがいた。

ピンクマスクの分厚い手で、佐原さんの白くて細い二の腕を乱暴につかんでいる。


「佐原さん……」


だらん、と顔をうつ向かせている。完全に生気を失っているように見える。


「ンフフフ、……ご機嫌よう早見跳彦くん。こうして直接会うのははじめてだね」


西田が不敵な笑みを浮かべ、水鉄砲を俺にかざした。


「そして、さようなら。……全て終わりにしよう」

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