演劇部 佐原春乃の憂鬱 ⑤
私の水鉄砲の水が底をついた……と気づいた黄色ハチマキの顔つきが、焦燥から安堵に変わるのがはっきり分かった。
「ビビらせやがって……!」
早見くんの上に乗った状態のまま、黄色ハチマキが水鉄砲を私に向けた。
形勢の優劣が、一瞬で逆転してしまった。そして、まずい、と思っている間にもまた次の一瞬がやってくる。誰よりも早く動き出したのは、私でも黄色ハチマキでもなく、早見くんだった。
黄色ハチマキに、胴の部分をまたがるようにのっかられていた早見くんは、がぽっ、と自分の頭全体を覆うように被っていた段ボールを脱ぐ。そして筋トレの腹筋の要領で、仰向けになっていた上半身をぐっと持ち上げ、その勢いのまま黄色ハチマキの頭に段ボールをすぽん、と被せた。視界を保つため穴を開けた面をわざと後頭部に行くよう向きを変えたため、黄色ハチマキの顔が完全に段ボールで覆われた。
「くそっ……前が見えねえ!」
急に目の前の視界を遮られ、躍起になった黄色ハチマキが当てずっぽうに撃った一発は、私の顔の左横に外れた。だがこのまま見境なく水鉄砲を乱射されるのも危なっかしく、私は反射的に黄色ハチマキから距離をとる。
上体を起こした早見くんは、黄色ハチマキが水鉄砲を持つ右手首をガッとつかんで、自分の方に銃口を向けないようにすると、今度は自分が上から押し倒すように、正対する黄色ハチマキにぐぐぐっと体重をかけた。
体格は2人とも同じくらいだが、黄色ハチマキは段ボールを被せられたせいで前が見えていない。そしておそらく西田と同じ科学部の生徒であるはずで、地力では“元”野球部の早見くんの方が勝っているのは明らかだった。
どさっと、力負けした黄色ハチマキの背中が廊下の地面につく。早見くんは寝技のように密着して、黄色ハチマキが起き上がれないようにおさえつけた。
「おいどけろよ!俺から離れろ!」
被せられている段ボールの内側から、黄色ハチマキが叫ぶ。
「どけろって言われてどけるやつがあるかよ」
早見くんが冷静にそう言って動きを制しても、黄色ハチマキはじたばたともがいている。
「はぁ……くそ……お前ら運動部でのさばってる連中はいつもそうだ」
「……あ?急になんだよ」
黄色ハチマキが、軽蔑するような口調で話し始めた。
「そうやってなんでもかんでも上から、当然のように力で押さえつけてくる」
「……いや化学兵器まがいの代物使ってくるやつらにとやかく言われる筋合いもねぇだろ」
早見くんは淡々とそう返したが、その斜め後ろにいた私からは、少し痛いところをつかれたような、曇った表情をしたように見えた。
けっ、と黄色ハチマキが苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「そもそも俺たちに“そうさせた原因”も含めての話をしてんだよバカが」
「そうさせた原因……?」
「まだわからないか?」
眉をひそめる早見くんを、黄色ハチマキが睨む。
「我々化学部部長である西田さんが、文化祭をなきものにする今回の謀略を企てた原因は、周りを見下して優越感にひたる者ども、そしてその中でも特に……お前のせいなんだよ、早見跳彦」
早見くんはきょとん、とした表情で、黄色ハチマキを見つめていた(段ボールに覆われて顔は見えないんだが)。
言われた言葉の意味をのみ込めず、咀嚼するように。
私も同じだった。お前のせい……黄色ハチマキは、確かにそう言った。どう解釈しようにも、彼ら、というか西田には、早見くん個人に何かしら因縁があるような言い方だった。
「え、ごめん……どういうこと?」
本人は、まったくピンと来てないみたいだけど。
(第5話 演劇部 佐原春乃の憂鬱 おわり)
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