演劇部 佐原春乃の憂鬱 ④
突如として現れた段ボール男……というか早見くんは、廊下を一直線にダッシュし、私のいる方へ向かってきた。その全身に纏った安上がりな“鎧”のせいで、不格好でぎこちないフォームではあったけれど。
「ふざけやがって……!」
早見くんにりんごをぶつけられた黄色ハチマキは(そういえばコイツ、私に竹刀でスネを叩かれたり、痛い思いばかりしている)、早見くんが“射程距離”まで寄ってきたところを見計らって、水鉄砲を何発も撃ち始めた……のだが。
黄色ハチマキがどんなに連射しても、どんなに正確に早見くんに命中させても、あまり意味のないことだった。早見くんは、見境なしに放たれる“水攻め”をものともせず、真っすぐこちらに突進してくる。
「はっはっはーーー!!効かねぇなぁ!!」
あの不格好で手作り感溢れる「段ボール」の鎧が、完全に水鉄砲を無効化していた。そういえば、と西田が言っていたことを思い出す。
あの水鉄砲の中に入っているのは“直接体のどこかに触れれば、やる気を奪う液体”……ドウデモヨクナールだ。
普通の服なら水鉄砲が命中すれば、すぐに染みて生身の体も濡れてしまうけど、ある程度硬さのある何かを全身にまとって、“体に直接水が当たらないようにする”のは、案外理に適っている……。まあ、段ボールも紙なので永久に攻撃を防げるわけではないと思うが、水鉄砲程度の水圧ならそこそこは耐えられるはずだ。
「名付けて“段ボールアーマー”!どんなに撃たれても心配ねぇ、究極の防御だ!」
頭から段ボールを被ってるので表情は見えないが、早見くんはなぜかやたらとハイなテンションのようだった。朝から一日中、あの水鉄砲から逃げ回っていた反動か、トイレでウ……出すもの出してスッキリしたからか。いや、もっと単純に“段ボール”とはいえ、あの鎧で武装して無敵だぜ!みたいな状況が、彼の少年心をくすぐってるだけか……。
……ん?
ハイ状態の早見くんに呆気にとられている中、ふと、体の後ろで押さえつけられた私の両腕が、ふっとゆるむ感覚があった。
背後にほぼ密着する形で私を抑えている緑ハチマキの様子をちらりと伺う。ぽかん、と口を開け、“段ボールアーマー”で武装した早見くんを食い入るように見ていた。
「かっけぇ……」
あ、こいつも少年心くすぐられてんのか……と呆れつつ、私はこのチャンスを逃すまい、と反射的に動く。
ぐっと、力を込めて、右足を後ろに蹴り上げる。油断している緑ハチマキのちょうど股間に、私のかかとがヒットする。
「ほぅっ!!??」
悲痛な声が、廊下に哀しく響き渡る。と同時に、掴まれていた緑ハチマキの手を振り払い、右足でダンっと一歩前に出る。
その右足を軸にくるりと体を反転させ、痛みをこらえる緑ハチマキの顔に、解放された右手に持った水鉄砲の狙いを定め、引き鉄を引く。
「やめろ!やめ……ぎゃ!」
たじろぐ緑ハチマキの顔にバシャッ、と命中し、しぶきが飛ぶ(当たらないように私はサッと身を引く)。
「あー……プランクトンになって水に浮かぶだけの人生を送りたい……」
緑ハチマキは力なくそう言って、その場にうずくまった。
完全に生気を失ったのを確認し、ふぅ、と一息をついた、のも束の間。
「さ、佐原さん!!」
早見くんの声だった。
見ると、さっきまで意気揚々と黄色ハチマキの方に向かっていた威勢は見るかげもなく、逆に黄色ハチマキに押し倒され、床に仰向けになってじたばたしていた。
「ぐっ……くそ!」
「はっ!その段ボールで水鉄砲は防げても……動きが鈍くなるんじゃざまあねぇなあ!!」
と今度は、形勢逆転した黄色ハチマキが威勢よく吠えている。
早見くんは、水鉄砲を恐れずに突進したはいいが、被った段ボールで視界も狭まってるし、全身に段ボールを身に着けた状態で素早く動けるわけもなく、純粋に取っ組み合いで負けたようだった。
バカじゃないの……私はため息をつく。
黄色ハチマキは、早見くんが身に着けている段ボールを力づくで破ろうとしていた。
「あ、バカやめろ!」
早見くんも必死にもがいて抵抗するが、体勢的に圧倒的に分が悪く、“無敵”だったはずの“段ボールアーマー”が、ビリビリと、音を立てて無残に破られていく。
さすがにヤバいと思った私は駆け寄って、早見くんの上に乗っかかっている黄色ハチマキの背後に回る。黄色ハチマキが、はっ、とこちらに気づいて振り向くと同時に、「そこまでよ」
と横から彼の顔をめがけ、私は水鉄砲の引き鉄を引いた……が。
ちょろっ。
水鉄砲からは、文字通り雀の涙ほどの水が、力なく銃口から出て、ぴちゃりとすぐ床に落ちた。あれ、ともう一度引き鉄を引くが、結果は同じだった。
黄色ハチマキの顔にはもちろん届かず、当の黄色ハチマキ本人もきょとん、とした顔でこちらを見ている。
えっと……うそ、弾切れ?……ていうか水切れ?
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