第6話
去年の夏の、「あの日」のはなし ①
北棟3階。図書室や用務室などが並ぶフロアの隅。その部屋の入口には「第2資料室」と書かれている。
俺、早見跳彦はガチャリとドアを開け、中に入る。その後ろに、佐原さんと……黄色ハチマキ野郎が続く。
「なんか……小汚い部屋だね」
佐原さんはそう言って、室内をいぶかしげに眺める。7~8畳くらいの部屋の半分は、自分の背の高さほどに重ねられた段ボールの山や、模造紙の束などで占められ、ほこりをかぶっている。俺自身も、この部屋に入るのは久しぶりだった。
あのとき廊下で一戦を交え、黄色ハチマキを半ば力づくで抑え込んだ後。やつが右手に持っていた水鉄砲は、俺が動きを制しているうちに佐原さんが奪った。
あとはもう、そのまま佐原さんが身動きのとれない黄色ハチマキを撃つだけだった……のだが、そうはしなかった。その直前に黄色ハチマキがいった言葉が、どうしても頭から離れなかったからだ。
お前のせいなんだよ、早見跳彦。
まったく心当たりのないまま、一方的に敵意をむき出しにされるのはもやっとする。どういう意味合いでそんなことを言われにゃならんのか、水鉄砲で「廃人」にする前に問いただしたかった。
近くの教室の掃除ロッカーから緑色のホースを引っ張り出し、黄色ハチマキの上半身にぐるぐると巻き付け、身動きがとれないようにした。抵抗はしてこなかった。水鉄砲も奪われ、2対1では勝ち目はない、と悟ったのかもしれない。終始俺のことをジロリとにらんではいたが……。
こうして、絶対絶命の状況をひとまず切り抜けた俺と佐原さんだったが、俺たちを探して、水鉄砲を片手にうろうろしている奴らはまだ確実にいるはずで、戦いの余韻に浸っている暇はなかった。
「また一旦、どこかに身を隠したいけど……」
そう思案する佐原さんに、俺は一つ、提案をした。
「“あそこ”なら、ここから近いし、敵にバレずに隠れられるかもしれない」
そうしてやってきたのが、この「第2資料室」だった。
黄色ハチマキは、上半身を縛ったホースの端を俺が手に持ち、引っ張るように連れてきた。世界史の資料集でみた、中世ヨーロッパの罪人が連行されるときの絵を思い出した。
「こんな部屋があるなんて知らなかった。確かにここならすぐに敵も見つけられないかもね」
佐原さんはそう言って、ぐーっと、腕をあげて、体を伸ばした。
「でもなんであんたがこの部屋の鍵なんか持ってんのよ」
「先輩にもらったんだよ」
俺は、鍵についていた5~6年前のアニメのキャラのキーホルダーを指にひっかけ、くるくると回す。
「だいぶ前からこの部屋って物置化してて、人の出入りがないらしくてさ。そこに目をつけた何年か前の野球部の先輩たちが勝手に合鍵を2~3本作って、自由に出入りできるようにしたんだと」
「ふーん……どうりでこんなのが床に落ちてるわけね」
あきれ果てたような顔つきをした佐原さんの目線の先には、小さな銀色の包装プラスチックが落ちていた。上部分がビリと破かれ、中に入っていたものは取り出されていた。パッケージには「0.01」と書かれている。
実際に俺は“それ”を使ったことはないが……“それ”がなんなのかすぐに察した俺は、慌てて拾い上げて反射的に自分の制服のポケットにしまう。
佐原さんはその様子を白々しく眺め、はぁとため息をついた。
「先生にもほかの生徒にもバレずに好き勝手“やれる”秘密の部屋だと……そしてその鍵は代々後輩に受け継がれていって、早見くんが持ってると」
「いやでも俺は別にほら、あれだぞ!?たまに昼寝しにきたりとかそういうことでしか使ったことなかったからな!?」
「別にそんな必死に弁明しなくていいよ」
佐原さんは疑う、というかそもそも興味ない、というような顔をしている。その横で、黙りこくっていた黄色ハチマキがはっ、と笑った。
「せっかく“ヤリ部屋”の鍵持ってても、お前は童貞のままってことかよ」
「あ?」
思わず声が出る。図星だったからだ。お前だってどうせ童貞だろ、という余裕のかけらもない言葉で言い返そうとしたが、黄色ハチマキは間髪いれずに話を続けた。
「これだから野球部は嫌いなんだよ。まるで自分たちなら何しても許されるかのように好き勝手やりやがってよ。反吐が出る」
心底軽蔑するような表情だった。言われた内容は偏見てんこ盛りだが、やはりこいつは“野球部”とか“運動部”とかになにか恨みを抱いているようだ。
「まあ、別に俺はもう野球部じゃねえから、何とでも言えばいいけどよ……どうもお前のその野球部へのモロ出しの敵意が関わってそうだな」
俺はそう言って、どすっと、床にあぐらをかいた。お前も座れば?と無造作に置かれていた教室用の椅子を指さす。黄色ハチマキはホースで縛られたまま、そこに乱暴に腰かけた。
「教えろよ。なんでお前らは……ここまでして文化祭を中止にしようとしてんだ?」
そう聞くと、黄色ハチマキはしばらく不機嫌そうな顔で黙ったままだったが、静かに、
「去年の夏……」とつぶやいた。
「去年の夏のあの日、自分が何をしたのか……お前は気づいていないんだろうな。早見跳彦」
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