早見跳彦の最悪な朝 ②
校門から見える校舎の時計は、8時50分を指していた。
「に、20分…オーバー…くそぅ…」
無常にも坂道を滑り落ちていった段ボールたちを回収するのに、かなり時間を要してしまった。自転車を駐輪場に停め、二度とほどけないようにビニールひもできつくしばった段ボールを背中に背負って、昇降口へと向かう。
決して優等生というわけではないが、これまで遅刻はしたことがなかったので、なんだかバツが悪い。今頃クラスでは1時間目の授業が始まったタイミングだろう、どんな顔して教室に入っていけばダメージが少ないか、脳内でシミュレーションしながら上靴へと履き替えていると、ふと、ある違和感に気づいた。
「やけに静かだな……」
校舎内が、不自然なほどシン、としている。教室で話す教師の声だとか、体育の授業の喧騒だとか、そういう音が聞こえてきてもいいはずなのに、まるで生徒も先生も、誰一人学校にいないような、そんな静けさだった。
ドタドタドタ!!
突然、北棟側へと向かう廊下の奥から、せわしない足音がした。徐々に近づいてきている。
えっ、なに?なんの騒ぎ?と不思議に思って身構える。
奥から走ってきたのは、坂道で俺を置いていったエビちゃんだった。小太りの体をゆらしながら、息を切らしてこちらへ向かってきている。
そして、その後ろから、エビちゃんを追うようにもう一人、こちらへ走ってきていた。サングラスをかけた、白衣の男だった。頭には、なぜか青いハチマキをしている。
エビちゃんが、俺がいるところから教室1,2個ぶんくらいある距離まで近づいてきたところで、突然ハッと立ち止まった。どうやら、俺に気付いたようだ。
「おーい、エビちゃんなにやってんのー?その後ろのやつ誰―?」
俺は手を振り、聞こえるように声を張る。
するとエビちゃんは、手でしっしっ、と追い返すようなジェスチャーを見せた。
「跳彦氏!……逃げろ!」
「……は?」
なにいってんだアイツ?少し離れていてはっきりとした表情は分からないが、なにやら必死な形相をしているようにも見える。
追いかけてきていたグラサンの男は、もうエビちゃんのすぐ後ろまで近づいていた。エビちゃんは、諦めたように、その場にへた、と膝をついた。ずいぶんと逃げ回ったのだろうか。疲弊している様子が、遠くからでも見て取れた。
グラサン男が、白衣のポケットからなにかを取り出した。青い、水鉄砲……のようだった。銃口が、エビちゃんに向けられる。
……水鉄砲?室内で?……何してんだアイツら?
全く状況が分からないまま、とりあえず近づこうとすると、
「来てはダメだ!早く逃げ……」
エビちゃんはこちらを向いてそう叫んだ。と同時に、
バシャッ!!
撃たれた。エビちゃんが。水鉄砲で。
バシャ、バシャ、と2、3発顔を狙われ、水浸しになっている。
すると……
エビちゃんは突然、力が抜けるように、その場に横向きで倒れこんだ。
……え?いやいやいやいや。
水鉄砲……だよねあれ?え?なに?ドッキリ?
倒れたエビちゃんから、それを黙って見つめるグラサン男へ、おそるおそる視線を移す。こいつはいったい何者なんだ?なんでグラサンと白衣とハチマキなんて突拍子もない恰好してんだ?ダサすぎねえか?……と俺が考えている心のうちを見透かすように、グラサンの男がこちらへくる、と顔を向けた。
「あ……どうも」
とりあえず、会釈をしてみる。
グラサン男はぴくりともせず、無表情のまま。なにやらぶつぶつと喋り出した。
「……こちらブルー。新たな標的を確認」
独り言、かと思ったが、よく見ると、口元に通信マイクのようなものをつけているようだった。……ていうか、標的?標的…って…もしかして…。
グラサン男が、ピッと、マイクのスイッチを切り、こちらへ向かってもの凄いスピードで走り出してきた。
「うええ!?やっぱ俺!?…ちょ待っ…!」
いや、もうホントにわけがわかんないままだけど、俺は段ボールを背負ったまま、慌てて逆方向へと逃げ出した。
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