マインとミーナ その5(最終話)

 マインが転移した先は、魔王城の地下の書庫だった。

 床にはびっしりと魔法陣が描かれている。

 ベラを引きずりながら一番大きい魔法陣の中央に持っていく。

「……マイン、何を……」

 ベラは苦しそうな呼吸の合間に尋ねる。

「この魔法を知ったとき、これは私にとっての救いになると思った。でも、これを発動するには強力な魔力を持った者を生贄にしなければならなくて、ずっと探してた」

「……ま、まさか」

「ありがとう、ベラ。あなたのおかげで私は魔族の魔法を学ぶことが出来た。さらなる魔法の高みに立つことが出来た」

 マインは優しくベラの頬をなでる。

「でも、私は魔法のない世界に生まれたかった」

「やめて……やめて、マ……」

すりつぶす魔法イクオジエシハカニーマ


 魔法陣の真ん中に、さっきまでベラだったひき肉がある。

 マインが手ですくうと、青い血が滴る。

 その血を舐めると、先ほどのミーナとの戦闘で負った傷がみるみる塞がった。

 今まで感じたことのない強い魔力が体に満ちてくる。

 そして、魔法陣が光り輝きはじめる。

「準備万端。ミーナ、はやく来てくれないかな?」

 マインは落ち着かない様子でソワソワと歩きまわる。

 そのとき、表から地響きのような音がした。

「城門を閉じてるのか」

 マインは書庫の出口にむかって歩きだす。すると、つま先に何かが当たった。

 それは、ベラが持っていた緑色の魔導書だった。

 拾い上げ、頁をめくる。

「くだらない」

 マインは魔導書を魔法で焼き払った。


 魔王城の前に辿りつた勇者は、城門で苦戦していた。

 特殊な防御魔法がかけられた城門は、どんな攻撃でも傷をつけることすらできない。

 魔族軍の兵士が城壁の上から矢で攻撃してくるのに対処しながら、城門突破方法を探していた。

 マインは城壁の前に転移すると、魔法で城壁の兵士たちを全滅させた。

「お前は……」

 突然のことに、勇者一行は驚きの表情を浮かべている。

「この城門は、魔族の魔法理論を知らないと突破することはできない」

 マインが城門にかけられた防御魔法を解除すると、地響きをたてながら開く。

「マイン……仲間になってくれるの」

 ミーナが尋ねると、マインは勇者一行の前に立ちふさがる。

「覚えてる? 魔法が扱えるから独りぼっちだった私。魔法を持て余すから独りぼっちだったミーナ。正反対だったはずなのに、航空魔獣を倒したあの日から、私たちはいつも二人一組で語られるようになった」

 ミーナの表情が険しくなる。

「私に魔法を教えてくれたのは、マイン。あなただよ」

「魔族も人間も、魔王と勇者どちらが勝つかも、私は興味ないわ。でも、ミーナ、あなたと決着をつけたい」

 少しの静寂。

 ミーナは覚悟を決めたような表情になると、仲間たちに目で合図する。

「わかった。ここは任せる」

 勇者たちはマインの横を走り抜けていく。ミーナを残して。

 その場に残されたのはマインとミーナ。

人を切り裂く魔法ネキオヅルス

 二人は同時に叫んだ。


 マインとミーナは戦いながら城の中へと入っていった。

 マインが炎系の魔法を使えば、ミーナは水系の魔法で打ち消す。

 ミーナが魔力の矢を放てば、マインは短距離転移で回避する。

 息つく間もない魔法の応酬。

 二人共、相手の魔法を正確に見極め最適な対処をすると、すかさず反撃する。

 完全な互角のまま、地下へと続く階段の前に辿りついていた。

悪しき心臓を穿つ魔法アヤノラキハ

 ミーナは魔力の矢を放つ。

 するとマインは正面からミーナに突撃する。

 矢をギリギリで回避、しようとするが避けきれず、肩に激痛がはしる。

 それでもひるむことなく突撃し、ミーナに飛びつくとその勢いのまま地下への階段に押し込む。

 二人で抱き合ったまま階段を転げ落ち、書庫へ。

 マインは起き上がり、魔法陣へとむかうが頭がクラクラして上手く歩けない。

「待ちなさい!」

 振り返ると、ミーナは立ち上がりながら魔力の矢を展開していた。

 マインは笑いかける。

「ミーナ。書庫に刻んだこの魔法だけが希望だった。この世界から抜け出すことを夢見ていたから生きてこられた。発動することなんて不可能だと思ってたのに、出来た」

 魔法陣は光を強める。

「それに、死んだと思っていたミーナも生きていた。今日は、私の一番幸せな日だ」

 マインはゆっくりと、一番大きな魔法陣の中央へ。

「この魔法を使えば私は死ぬ。本当はね、ミーナ。決着なんてどうでもいい、最後にお見送りしてほしかっただけ。ミーナが私より強いの、知ってるから」

 魔法陣の光はより一層強くなり、ミーナの姿が見えなくなる。

「素敵な仲間に出会えたね、ミーナ。きっと魔王にも勝てる。どうか、平和な人間の世界を取り戻すんだよ」

 そのとき、突如ミーナが魔法陣に突っ込んできた。

「嫌だ! 嫌だ! 私、二度とマインと離れたくない」

 ミーナは泣きながらマインに抱き着く。

「ミーナ、離れて。この魔法を使えば必ず死ぬ。その先はどうなるかわからない」

「そんなの魔法陣見ればわかるよ。それでも、私はマインと離れたくない。私を救ってくれたのは、私が世界で一番好きなのは、マインなんだから」

 その途端、マインの全身から力が抜けた。

 次から次へと、涙がこぼれてくる。

「ずっと一人にしてごめんね。これからは、私も一緒だよ」

 ミーナは優しい声で言った。

「じゃあ、逝こうか」

「うん。どうか、次の世界が素晴らしい場所でありますように」

 マインが言うと、ミーナはうなずく。

 そして、二人は同時に唱えた。


異世界転生する魔法イエスネタケセ


『ご乗車ありがとうございました。東京とうきょう東京とうきょうです。車内にお忘れ物ないようご注意ください』

 大勢の人々が行き交う、ラッシュ時間帯の駅。

 電車を降りたマイはスマートフォン片手に出口へむかう。

 結果的に言えば、魔法は成功だった。

 一度死に、記憶を持ったまま異世界に転生する魔法。

 マインは新たな世界で、マイという名前の女の子として第二の人生を歩みはじめた。

 より酷い世界に飛ばされる可能性だってあったが、結果的にはとても平和な世界に転生できた。

 いや。この世界にだって戦争はある。平和な場所に転生できたと言う方が正確かもしれない。

 生命の危機を感じる経験などほとんどなく、学校に行って、友達と遊んで、家に帰れば家族がいる。そんな生活だった。

 だけど、ミーナはいなかった。

 同じ世界に転生できたかすら定かではない。

 マイの顔は前世のマインにそっくりだった。違いはツノが生えていないことと、瞳の色くらい。

 だからミーナに会えばすぐにわかるはずなのに、出会うことがないまま中学校を卒業した。

 父親の転勤が決まっていたので、高校もその転勤先の地域の学校を選んだ。

 引っ越し業者の手違いで予定が遅れ、入学式に間に合わず今日は新学期三日目。今日がマイの初登校となる。

 真新しい制服。

 手に持ったスマートフォンの画面は、RPGゲームを映し出す。

 年々、前世の記憶が希薄になっていく。

 もしかしたら、あれは夢だったかもと思いはじめている。

 いつか、ミーナのことも忘れてしまうかもしれない。

 勇者、魔王そして魔法。

 ゲームに登場する言葉に感じる微かな懐かしさだけが、マイとマインが繋がっていることの証拠となっていた。

 ゲームは初回のガチャで気に入らない結果になった場合はリセットしてやり直すという選択肢がある。リセマラと称される技だ。

 もう一度『異世界転生する魔法イエスネタケセ』を使えばミーナの側に転生できるのではないかと考えたことがある。

 しかし、それは不可能だ。

 この世界に魔法は存在しない。気に入らない結果に対して、やり直しという選択肢は存在しない。

 マイは大きなため息をつくと、ゲームを操作しながら駅の通路を歩く。

「あっ、わっ!」

 点字ブロックにつまづいた。

 フワリとした浮遊感。

 しかし、床に激突する前にマイの体は止まった。

「あ、あの、ちゃんと前見て歩いた方が、いいよ」

 誰かが後ろから体を支えてくれた。

 ずっと昔に聞いた声。

 マイは態勢を立て直し、ゆっくりと振り返る。

「……ミーナ」

 そこにいたのは忘れもしない、ミーナだった。

 マイと同じ制服を着たミーナが、微笑んでいた。

「はじめまして。この世界では、豊中ミナ、って名前です。やっと会えたね」

 二人はギュって抱き合った。

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マインとミーナ 千曲 春生 @chikuma_haruo

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