マインとミーナ その2

 気が付くと、マインは知らない部屋にいた。

 石造りの天井が見える。

 頭だけを動かして周囲の状況をうかがうと、ベットの横の椅子でローブを羽織った女性が本を読んでいた。文庫本サイズのそれは、微かに魔力を帯びている。魔導書だ。

 マインが声をかけると、女性は魔導書をローブの内側に入れ、顔をむけた。

 女性の頭からはねじ曲がったツノが生えており、瞳は燃えるような赤色だった。

「……魔族」

 マインがつぶやくと、魔族の女性は品のある笑みを浮かべた。

 国境沿いで暮らすマインは何度か遠目に見かけたことがあった。

 人間よりはるかに長い寿命で、人間を使い捨ての道具としか思わない最低の種族。魔族についてそう教わっていた。

「おはようございます。やっと目覚めてくださった……」

 女性が言い終わる前にマインはベットの上で立ち、攻撃魔法を放つ。

人を切り裂く魔法ネキオヅルス

 魔力でできた鋭い刃がまっすぐ女性の頸動脈めがけて飛んでいく。

 しかし、女性はそれを軽く手で跳ねのけた。まるで鬱陶しい羽虫をはらうかのような動きだった。

 刃は壁にあたり霧散した。

「ああ。やはりあなたは素晴らしい逸品ですね」

 刃をはらった女性の手から、青い魔族の血が流れ出る。

 女性は治療魔法で傷を治すと、どこか嬉しそうに机の引き出しから手鏡を取り出し、マインにむける。

「……そんな」

 鏡にうつっていたのは、マインだった。確かにマインだったのだが、頭にはツノが生えており、瞳は赤く輝いていた。

「ほとんど死んでいたあなたを魔王城に持ち帰り、私の魔力を注ぎ込んで蘇生させたのです。見ていましたよ。私が町にはなった火を頑張って止めていましたから。魔法の技術もさることながら、お友達をかばうそのお姿に感動しました」

 女性は小首をかしげながら笑顔を浮かべた。

「だから、あなたを戦利品にすることにしたのです」

「あなたが町を……どうして?」

 マインは震える声で尋ねる。

「魔王様のご命令で、魔王軍は人間と戦争をすることにしたんです。あなたの町は国境沿いでしたから、一回目の攻撃の対象にえらばれたのです」

「ミーナは?」

「ああ。あのお友達ですね。戦利品はあなただけでよかったので、残りは全て処分するように部下に命令しました」

 ミーナが、殺された。

 それを聞いた途端、マインはベットの上にへたり込む。

 ミーナの声が、仕草が、匂いが、肌触りが、脳裏に鮮明に蘇る。

「……ミーナ……ミーナ」

 全身に力が入らず、真っ暗なところに落ちていくような感覚がした。

「……殺して。……もう、殺して」

 マインはつぶやく。

「そうですか。では、仕方ないですね。苦しみを与え続ける魔法イミハスルコッネグム

 次の瞬間、マインは胸を締め付けられるような苦しさを感じた。

 その感覚は一気に強くなる。

「あっ、あっ、あぁーあ」

 マインは胸を押さえながらうずくまる。

「三日ほどで、死ねますよ。よかったですね」

 胸をかきむしる。口をパクパクと動かす。上手く呼吸ができない。

 なのに意識が遠のくことはなく、胸が締め付けられる感覚を味わい続ける。

「やめて……もうやめてっ!」

 マインは叫ぶ。

 すると、嘘のように苦しさは消えた。

 マインの呼吸は荒く、全身に汗がにじんでいた。

 女性がマインを抱きしめた。

「大切なお友達だったのですね。さぞお辛いでしょう。だからといって、死を望んではなりません。その悲しみを乗り越えて、強くなってください」

 そして女性はこう付け足す。

「私はベラ。魔王軍幹部、魔法担当のベラです。あなたのお名前は?」

「……マイン」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る