マインとミーナ
千曲 春生
マインとミーナ その1
十二歳のマインはいつも本を読んでいる。
時間を見つけては図書館に入り浸って魔導書を読みふけり、気になったものは借りていく。
家に着くまえにページを開く。歩きながら魔導書を読んでいた。生まれ育った町だ。本を読みながら歩いたってどうってことはない。
と、思っていたら小石につまずいた。
「あっ、わっ!」
フワリとした浮遊感。
地面に激突する前にマインの体は止まった。
「あ、あの、ちゃんと前見て歩いた方が、いいよ」
マインに後ろから抱き着て止めてくれた女の子。姿は見えなくても声でわかる。
ミーナだ。
「大丈夫。この程度でこけるほどドジじゃない」
マインはそう言いながら態勢を立て直した。
「こけかけてた、みたいだけど」
ユキーヌは華奢な体でまだ力いっぱい抱き着いている。
「細かいことは気にしない方がいい」
マインはそう言ってから小さな声で「でも、ありがと」と付け足した。
マインが生まれたのは、人間領最北、魔属領との国境沿いの小さな町だった。
生まれ育った者は強い魔力を有するという特徴があり、住人たちは魔法技術の向上に注力した。
近隣の町で問題がおきたときは有償で魔法使いを派遣し解決を図る。新たな魔法を開発し、その詳細を記した魔導書を売る。こうして町の経済は成り立っていた。
国境沿いという場所ではあったが、強力な魔法攻撃を使用出来る者達によって治安も維持されていた。
町の全てが魔法によって支えられていたのだ。
マインはこの町の住人の中でも特に魔力の扱いに長けていた。
幼い頃から無意識に魔力を転がして遊んでいたし、大人から教えられた魔法は大抵苦労することなく使いこなすことができた。
文字が読めるようになってからは、家や学校にある魔導書に書かれている魔法を手あたり次第に試し、大半は自分のものにできた。
大人でも長い練習の末に習得するような魔法を容易く使いこなすマインのことを快く思う人物だけではなかった。
特に学校に通う年齢になってからは、同年代の子供から生意気だの、調子に乗っているだの言われ石を投げられた。
はじめは防御魔法で防いでいたが、それを見た子供たちは余計に不機嫌な表情になるので一切防御しないことにした。
学校ではもう一人、孤立している女の子がいた。
それがミーナだった。
ミーナは魔法を使うことを極端にためらっていた。
いつしか彼女は魔法を使えないという噂が流れたし、マインもそう思っていた。
しかしある日、いつものように石を投げられ、頭から血を流すマインに治療魔法をかけてくれた。
マインがそれを治療魔法と認識する間もなく傷が塞がった。
実はミーナは生まれながらに圧倒的な量の魔力を持っていたのだ。
魔法の威力はどれだけの魔力を込めるかによって決まる。
ミーナの手にかかれば『
他人を傷つけることを恐れるあまり、魔法を遠ざけていたのだ。
マインはミーナに魔力の制御方法を教えることにした。
傷を治してくれたお礼という名目だったが、本当は独りぼっちが寂しかったのかもしれない。
放課後の草原で魔法の練習をした。
マインが『
しかし練習のかいあって、ミーナは徐々に力を加減できるようになっていった。
ある時、町に強力な航空魔獣が襲来した。
これを偶然近くにいたマインとミーナが協力して討伐したのだ。
その日を境に二人に対する周囲の接し方は百八十度変わった。
そして現在。
「魔導書って、そんなに面白いかな?」
町の中を歩きながら、ミーナは尋ねる。
「別に。面白くなんかない」
マインはぶっきらぼうな口調で返した。面白いとか、面白くないとかじゃないのだ。
「じゃあ、なんでいっつも読んでるの?」
魔力量は生まれ持った素質が全てといっていいが、魔力の扱い方は努力でどうにでもなる。
もしもミーナが膨大な量の魔力を完全に制御できるようになれば、簡単にマインの手の届かない場所に行ってしまうだろう。
圧倒的な魔法知識と手数でミーナとの差が開かないようにしなければいけない。
マインの心の中にあるのはそれだけだった。
「もしも生まれ変わったら、魔法の無い世界に生まれたいな」
魔導書を読む理由を問われた返事としては不適切だが、ミーナは不満気な表情一つ見せないで、それどころか笑顔を浮かべていた。
そのときだ。
「敵襲ぅー!」
誰かが叫んだ。
それと同時に、町中に轟く女の声。
「
その意味を理解する間もなく、道に沿って迫りく大蛇のような炎が見えた。
「
マインは瞬時に魔導書を投げ捨てるとミーナを抱き寄せ魔法を発動する。
炎はマイン達の前で目視できない魔力の壁にぶつかり、渦巻きながら壁を破ろうと圧倒的な圧で押してくる。
投げ捨てた魔導書が一瞬で灰になるのが見えた。
直接炎は当たっていなくても熱気に襲われる。
マインは汗ばみながら自分の魔力が一気に減っていくのを感じる。
「
ミーナはマインに抱かれながら防御魔法を発動する。
二重の魔力の壁が、迫りくる炎をジワジワと押し返す。
いける。
マインがそう思った瞬間、炎はこれまで手加減していたことを示すかのように攻勢を強めた。
一気にマインの防御魔法が砕け散る。
それと同時にミーナが苦しそうに表情をゆがめる。
なんとかしなきゃ。
マインは周囲を見渡す。
すぐ近くに細い路地があった。
マインはミーナの小柄な体を力いっぱい路地にむかって放り投げる。
消滅する魔力の壁。
マインの全身は瞬く間に炎に包まれる。
痛いとか、熱いとかそんな感覚はなかった。
むしろ、体の感覚がどんどん希薄になり寒気を感じた。
「マイーン!」
ミーナの叫び声が聞こえた。
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