5話 畠山曜子




 タクシーがホテルのようなビルの地下へと入って行く。

 地下に建物への出入口があり、そこでタクシーが止まった。

「さあ、降りるの」

 ドアが開き、躊躇している俺を畠山が後ろから押し出す。

 タクシーを降り扉の前に立つが開かない。続いて降りてきた畠山が扉の横にいって、鞄から何やらカードを取り出して、センサーにかざした。

 扉が開き、中に入るとエレベーターホールとなっていて、そこでもカードをかざし、しばらく待つとエレベーターがやってきて乗り込む。

 畠山は47まであるボタンの13を押した。

「……思い出してきた?」

 マネージャーの言葉に俺は無言で首を横に振った。

 エレベーターは13階についてドアが開き、1313の部屋の前に立った畠山がドアノブの下にカードキーをかざして鍵を開けた。

 どうやらすべてこのカードキーで開けていくようだ。

「さあ」

 ドアを開けて促された玄関に入ると、勝手に明かりがつき、壁に大きな額に入った人気アニメの原画が飾られているのが目に入った。

 そういえば、理紗はこのアニメのファンだったことを思い出す。

 更に進んでいって正面のドアを開けると、暗闇の中に白色の大きなソファーがデンと部屋の真ん中に見えた。茫然と部屋の前で立ち尽くす。

「どうしたの?あなたの部屋よ」

 壁のスイッチを押して、部屋の明かりをつける畠山。

 俺のボロアパートの部屋が四つは入りそうな、広々としたリビング。ガラスのテーブルに、壁に掛けられた大型のテレビ、観葉植物とガラスケースには先ほどのアニメのキャラクターのフィギュアが綺麗に陳列されていた。

 俺は周囲を見回しながら、ゆっくりと一歩足を踏み入れる。すると、足がめり込むくらいのふかふかの絨毯に驚く。

「自分の部屋よ、なに遠慮しているの?」

 畠山も室内に入ってきた。何もかもがキラキラしていて、作り物の世界ような気がした。

「なに?」

「いや、なんて言ったらいいか……なんか、ザ・芸能人の部屋って感じがしたんで……」

 畠山は鼻で嗤って、

「芸能人じゃない……これから、あなたはここに暫くいてもらうわよ。活動の自粛、つまり謹慎ってこと」

「……」

「聞いてるの?」

「あ?ああ……それはいつまで?」

「分からないわ。運営が処遇を決めるだろうから、それまでね」

「外出してもいいんでしょ?」

「ダメに決まっているじゃない。見つかったら、もっと叩かれるわよ。記憶をなくしても、芸能人だってことを自覚して」

「だって、本物の宇部理紗を見つけないといけないだろう?」

「まだそんなこと言って……」

 畠山は呆れた。

「本当のことだって、何度言ったらわかるんだよ?」

 俺が思わず声を張り上げたので、マネージャーは口ごもる。

「……俺も戸惑っているんだ。どうしてこんなんなっちゃったのか?ホント、どうにかしてほしいよ」

「大変なのは分かるけど、私にはどうすることも出来ないわ。だからね、この部屋でゆっくり休んで……」

 畠山は微笑みながら、宇部理紗を気遣う言葉を吐く。

 俺は疲れたようにソファーどっかり腰を下ろして、ガラスのテーブルの向かって左の角に置いてあった三つのリモコンの内、エアコンのリモコンを選んで取ってスイッチをONした。

「えっ、右利き?」

 俺の所作を見ていた畠山が驚いた。

「そうだよ、なぜ?」

 次の瞬間、マネージャーが表情を変えてさっと後ろに身を引いた。

「あなた、いつから右利きになったの?」

「だから、なんどもいっているだろう。俺の名は国枝國士、はじめから右利きだよ」

「……本当なの?」

 その表情はホラー映画の役者より真に迫っていた。

「本当っ」

「……本当なのね?」

 その表情が逆に怖い。

「そう」

「……本当?」

「だからあ」

 何度も聞かれ、さすがにイラっときた。

「どうして?」

「こっちが聞きたいよ、気がついたらこうなっていた……」

 畠山はハッと気づき、真顔で訊いてきた。

「理紗は?理紗はどうしたの?」

「だから~ぁ」

「理紗はどこ?」

「……だから、それを今日一日中探していたんだって。恐らく、俺の身体を探せば理紗もついていると思うけど」

「どこにいるの?自分の身体でしょう、行き先が分からないの?」

 責めるように、矢継ぎ早に訊いてくる。

「分かればこんなところにいないって」

「葛城さん」

 思い出したように畠山がいった。

「彼が、国枝國士を探すって」

「本当?探してくれるとありがたい」

「ちょっと待って」

 と、畠山はポケットからスマホを取りだして、電話を掛ける。

「……葛城さん、今いいですか?……こないだ理紗が言っていた国枝國士って覚えています?……そう、その男を探すって言ってたじゃないですか、どうなりました?……そう、まだ探してない……探す当てはありますか?……もしあれだったら、探してくれないかっ、あっ、ごめんなさい。やっぱいいです。スミマセン、ちょっと、人が来たみたい、また掛け直します」

 と素早く電話を切った。

「どうした?なんで頼まない?」

 まるで反則を取れたサッカー選手のように両手を広げ、大袈裟なポーズを取って見せる。

「こっちにもいろいろと都合があるの。……国枝國士はわたしが探すから、あなた、これからホテルで暮らしてもらうわ」

「えっ?どうして?」

「だって、ここは理紗の部屋よ。あなた男なんでしょ?しかも得体の知れない」

「得体の知れないって……まあ、そう見えるかもしれないけど……」

「この部屋に置いておくわけにはいかないわ。だから、ホテルで私と一緒に暮らしてもらう。元の身体に戻るまでの間はね」

 確かに、他人の家よりはホテルの方が落ち着くけど、それでも得体の知れない、扱いは気分が悪い。

 だいたい、宇部理紗の身体に入っているんだから、部屋ごときでガタガタ言っていること自体、滑稽だと言いたかったが、それを言うと、人格を疑われそうなのでやめた。

 すると畠山は、ソファーに腰を掛け、俺を睨むように見つめ、まるで刑事の取調べのような口調で迫ってきた。

「それじゃあホテルに移動する前に、あなたの事をいろいろと聞かせてもらうわね」

「えっ?なんで?」

「決まってるじゃない確認よ。あなたの事、知りえるだけすべて知っておかないと安心できないわ」

「あ、安心したいんだ?」

「あなたが理紗にどんな悪影響をもたらすか分からないじゃない。どんな人間か分からないと、理紗の身体を任せられないわ」

 凄腕の刑事よりも洞察力がありそうな目で睨まれる。

「任せるも何も、もうすでに入っているわけだし……じゃあ、もし任せられないとどうなるの?」

「悪いけど、また入院してもらうわ。今度は二度と出られないところにね」

 恐らく本気なのだろう。少しも笑わずにいった。

「へっ……そんな脅し、通じないからさ」

「じゃあ、まず名前から」

 手帳を取り出し、ページを開いてペンを握る。

「だから、国枝國士……」

「どういう字を書くの?」

「え、こ、国家の国に、木の枝の枝……」

 その後、この尋問のようなやり取りは明け方まで続いた。


「おつかれさまです」

 葛城のオフィスに顔を覗かせて、佐藤勇樹が声を掛けてきた。

「お疲れ」

 葛城はPCの画面を見つめながら返事を返す。

「葛城さんはまだ帰らないんすか?」

「ああ、もう少しかかるから、さきに帰っていいよ」

 と葛城は手にした用紙をデスクに戻して答えた。

「……そうですか。じゃあ、オツです」

 佐藤がいなくなって、再び用紙を手に取る。

 次の用紙には、千石舞花の名前が記入されていた。組みたいユニット三候補のコンセプトとメンバー名が達筆で書かれてある。

 葛城はパソコンのExcelの画面の千石舞花の欄に用紙に書かれている文字を記入していく。


 ・第一候補 地方エリアでメンバーを分ける。・コンセプト、各エリアのメンバーを各期から選抜していく。例:関東メンバー一期千石、二期尾藤蓮花びとうれんか、三期岩崎怜美、四期近藤つばさ。

 ・第二候補 身長でグループ分け。155㎝以下、160㎝以下、165㎝以下、170㎝以上と分けていく。

 ・第三候補 ゲーム企画で決める。キュン死学園で番組企画としてゲームをして、メンバーを決めていく。番組とコラボして、応援もしやすくなる。

 ・要望 一期と、三期と四期の壁があるので、それを打ち破る企画を宜しくお願いします。


 と順に打ち込んでいく。

 更にそこには千石舞花の仲のいいメンバーやそれぞれの関係性、エピソードなどが細かく記されている。

 それがメンバー三十八人の名前全員あった。

「さて……」

 メンバー全員の用紙を打ち込んだ葛城は顎に手を当てて、PCの画面を見つめて考える。

「いったい誰が、ハポンを内部から破壊しようと企んでいるのか?」

 その時、デスクの上でスマホが震えた。ディスプレーには、とだけ出ていた。

「はい……」 

 葛城が電話に出た。

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