6話 見つかる




 ホテル暮らしも悪くはない。

 いや、悪くはないどころか、畠山さんが用意してくれた部屋はとても快適で、俺が生きてきた中で、これほど贅沢をしたのは初めてであった。

 ルームサービスは取り放題、テレビは見放題、ベイサイドだけあって港の幻想的な朝夕を見れるし、何より、好きなだけフカフカのベッドで寝ることができる。

「ちょっと、あなたっ、何しているの?」

 二日ぶりに帰ってきた畠山さんが部屋に入った途端、声を上げた。

 テーブルに並んだルームサービスの残骸の数々、それに酒に驚いたようだ。

「……これ全部食べたの?」

 テーブルを見つめ、言葉をなくす。

「……やることがなくて……けど、食べ過ぎたみたいだね。へへへへへっ」

 昼間っから真っ赤な顔をしている俺に、批難の眼を向ける。

「ちょっとじゃないわ。もお~っ、理紗は太りやすいの。いつも体型に気を使っているのに……台無しじゃない」

「そんなこと言ったって、食べること以外楽しみがないんだもん。しょうがないでしょ」

「はぁ~、お酒までっ」

 呆れたり、怒ったり忙しい。

「未成年じゃないし、いいじゃん。……けど、思ったより弱いな、宇部理紗の身体。ビール一本でこの感じぃ」

 ソファーの上に立って、頭をフラフラさせる俺。

「理紗はお酒はダメなの。もう、勝手なことしないでよぉ」

 年上の美女が本気で俺を見つめて怒っている。そして、怒られているのが宇部理紗の俺、という奇妙な図式。

「へへへへっ、だったら、こんなところに閉じ込めておかないで、早く俺を探しておくれよ。こんな監禁みたいな生活を強いているのはそっちだぜ。俺は従ってやってんだよ、アイドルだと思って……」

「……それは悪いと思っているし、感謝もしているわ、本当よ。けど、見つからないのよ、あなたの身体」

 俺がソファーから飛び降りて、ふらつく足取りで畠山さんに近づいていく。彼女は宇部理紗のお腹の膨らみに気づいて、ジッと睨んだ。

「とにかく、もう食べないでね。明日から、上のプールとジムで毎日五時間はトレーニングをしてもらうわ。専属のトレーナーも頼んでおくから」

「やだよ、俺カナヅチだし、運動苦手なんだ」

「フッ、じゃあ、何が得意なの?」

馬鹿にしたような表情で訊く。

「パチンコ麻雀競輪競馬競艇……」

「もういいわ。それより、これから葛城さんと会ってもらうから。顔洗って、髪を梳かして。メイクはいいから、マスクとキャップをして下のラウンジに行くわよ」

「葛城って?……ああ、病院に来た人……なんの用?」

「聞いてない。あなたに直接話があるって」


 だらっとした長袖の白シャツに黒地の裾の広いパンツ、紺のキャップにマスク姿でラウンジに降りて行くと、周りの老若男女が俺に視線を送ってくる。

 コイツ(宇部理紗)、スタイル良すぎるんだよな。これじゃあ目立って仕方がない。

「こっちよ」

 前を毅然と歩く畠山さんについていくと、ラウンジの一番奥の席に葛城が待っていた。

「なんでホテルで生活してるの?」

 葛城は俺たちをむかえて微笑んだ。

「理紗の部屋、内装を変えているんです。それより、話って?」

 畠山さんが話を進めた。

「君たちのとっていい話だ。今すぐ理紗をグループに戻したいと思っている」

「えっ?どういうこと?」

俺が二人の顔を交互に見て訊いた。

「どうして?いま戻ってもメンバーに影響があるんじゃないですか。よく遠野社長が許しましたね?」

畠山さんがいった。

「もちろん、すぐに芸能活動をしてもらうわけじゃないですよ。理紗の具合もあるだろうし。けど、レッスンやグループの一員として行動を共にしてもらいます。全国ツアーとかにね」

「……なにか条件があるんではないですか?」

 畠山さんの問いに、葛城はニヤリと微笑んだ。

「ボクの協力者になってもらいます」

「協力者?」

俺と畠山さんが同時にいった。

「うすうす勘づいていると思うが、関係者の中に、マスコミにグループの情報をリークしている人間がいるかもしれないんです」

「ちょっ、ちょっと待ってください。その話、今はマズいです」

 畠山さんは話を遮り、俺の方を見た。

「なぜ?」

「……とにかく、今はあまり良くないです。……誰か部外者に訊かれているかもしれないですし……それに、今すぐじゃないといけない話なんですか?もっと後で……そう、あと一週間後や二週間後では?」

「申し訳ありません。だから、こうしてわざわざ出向いてきたんですよ」

「ですよね……じゃあ、こうしませんか?理紗は部屋で休んでもらって、私だけ話を聞いておきます」

「何故ですか?悪いが畠山さんと話に来たんじゃないんです。ボクは理紗と話に来たんだ。さっきから黙っているが、君はどうなんだ?薄々気づいているんだろう?自分がササれたことに」

「ッサッサされた?」

 俺は言葉の響きに驚いた。

「この子……そう、この子、記憶喪失なんですよ。だから、日常生活もままならないんです。マンションにも戻れないし、私がついてないと危ないんです、だから、とても強力なんてできません、ねっ?」

畠山さんが俺に同意を求める。

「なに言ってんだよ、大丈夫さ?」

 俺が反論する。

「出来るの?アイドルよ?」

 畠山さんが俺をものすごい形相で睨んできた。

「……ムリ」

「だよね、そうなの。悪いけど、今は無理」

「今も何も、この申し出を断れば、彼女はそのまま引退ですよ」

「ええっ?」

 二人は同時に声を上げた。

「さっき言いかけたことですが、今グループの非常事態なんですよ。恐らく宇部のスキャンダルは始まりだ。このままいけばグループが崩壊していく可能性だってある、そんな瀬戸際なんだ。畠山さんも知っているでしょう?内部崩壊で消えていったアイドルグループが過去にどれほどあったか」

 マジな話だったと見えて、畠山さんは俯いて黙った。

「こんなに人気なのに?パチンコ台も出てるのに?消えるなんて、いくら何でも言いすぎじゃないの?」

 俺は信じられず思わず鼻で嗤った。

「ボクは十五年この世界にいる。早いよ、落ちていくのは」

「……そ、そうなんだ」

「どうする、畠山さん?あなただって、宇部がいなくなると仕事がなくなるし、事務所でも立場が危うくなりませんか?」

「……わたしの事はどうでもいいわ。それより、協力すれば理紗をグループに残してくれるんですね?」

「少なくとも、あと数年はね」

「いいわ」

「ええっ?いいの?」

「ただし、一つだけ条件がある」

「?」

「国枝國士という男を探して」

「畠山さーん」

 俺は感動のあまり思わず叫んだ。



  *        *        *        *



 五日後、俺は警察病院の病室の前にいた。

 葛城が約束を守って、知り合いの警察官に頼んで、国枝國士を見つけてくれた。

 そこには、身元不明とプレートに書かれたベッドに眠る俺がいた。頭に包帯に巻かれ、無精ひげで白い顔をしており、体中に管だらけだった。

「発見されたのは、歌舞伎町にあるビルの屋上だそうだ。どうやら雷に打たれて、心肺停止をしていた」

 中年の医師が、やる気のなさそうな目をして俺を見た。

「そ、それで助かるんですか?」

 俺は興奮を抑えるようにして訊いた。

「自発呼吸をしているので、意識が戻れば助かると思うが、目覚めなければどうにもならんよ。筋力が低下していく一方だしね。いずれにしろ厳しいよ」

「そんな……何とか助けてくれませんか?」

「そりゃあ、出来る限りの事はしたいと思っているがね」

「出来る限りじゃなくて助けろよ」

 思わず、叫ぶと医師は驚いた顔をした。

「先生……どうにかなりませんか?」

 付き添ってくれた畠山さんが訊く。が、医師は口を噤んで首を横に振った。

 俺は思わず、病室を出た。

 訳も分からずエレベーターに乗り込みボタンを押したとき、閉まるドアに手が入ってきて畠山さんが乗り込んできた。

「逃げないで」

 俺は涙が出そうになるのを必死に堪えて顔を背けた。

「これじゃあ、元に戻れないじゃん」

「……試しに、自分に触れてみて」

「触れる?」

「もしかしたら、触れることによって意識が元の身体に戻って、気が付くかも知れないわよ」

「……わかったよ」

 俺は病室に戻り、自分の身体に改めて見下ろした。

 自分の寝姿があまりに不細工なのが気になった。無精ひげを生やし、青白い顔をして、鼻に管を通して規則正しく呼吸している。

 手を差し伸べて、心臓の辺りに手を置こうとして、手が震えた。

 もし、身体が元に戻り、このまま寝たきりだったら?

 一瞬、そんな考えが頭をよぎった。

 ふと見ると、畠山さんが「早くしろと」言わんばかりに俺をジッと睨んでいた。

 一旦、深呼吸をして、胸の辺りに手を置いた。

 すると、全身がビクンと震えた。

 意識が遠のき、膝がガクガクッと震えた。


「どうした?ねえ?あなた、大丈夫?」

 その声に応えるように、目を開けた理紗がゆっくりと畠山を見つめた。

「……理紗?……理紗?……理紗なの?ここがどこだかわかる?」

「……ここ病院?」

 周囲を見回す理紗。

「も、戻ったのね?」

「いや、ダメだった」

 國士の言葉に畠山は「あ”あ”あ”ん」と叫んだ。

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