第一章 初めてのアイドル

1話 目覚める

第一章 主な登場人物

・ 国枝國士くにえだくにお

・ 宇部理紗うべりさ

・ 畠山曜子はたけやまようこ

・ 葛城和也かつらぎかずや

・ 夏生有英なつきゆうえい

〇 ハポンのメンバー

・一期生 千石舞花せんごくまいか 古西こにしナナ 雑賀風香ざつがふうか 生島茉莉いくしままり 春乃千夏はるのちなつ 松田友里まつだゆり 田中羅奈たなからな 新田真希にったまき 井熊莉緒いくまりお 計9名

・二期生 池谷愛生いけやあき 山根やまねレイ 尾藤蓮花びとうれんか 土屋唯衣つちやゆい 斎藤瑤子さいとうようこ 東野玲子とうのれいこ 露木佑奈つゆきゆな 梅岡美波うめおかみな 星 陽菜ほしひな 計8名 

・三期生 五鈴璃々いすずりり 岩崎怜美いわさきれみ 小田木由希おだぎゆき 久保田沙織くぼたさおり 大手優梨愛おおてゆりあ 田辺たなべほむら 関戸彩芽せきどあやめ 小園紬こぞのつむぎ 伊豆美月いずみつき 計9名

・四期生 新垣瑠香にいがきるか 上坂菜穂かみさかなほ 筒井芽衣つついめい 三河みかわセイラ 近藤こんどうつばさ 天音鈴あまねりん 

水元公佳みずもときみか 掛川紗英かけがわさえ 南川花音みなみかわかのん 向田優月むこうだゆづき 計10名




 雨上がりの歩道を全力で走る少女。

 Tシャツに短パンというラフなスタイルにポニーテールで、真剣な表情で後ろを振り返る。

 その後ろを、同年代の少女が追いかけてくる。二人の手にはコンビニの袋が握られていた。

 先頭の少女がビルの入口で止まろうとしたとき、濡れたタイルに滑って派手に横から倒れた。

「ギャッ」

 コンビニの袋を投げ出して、中のおにぎりとパンとペットボトルのお茶が地面に転がる。

 後から来た少女が、起き上がろうとする少女に駆け寄る。

「水元、大丈夫?」

「……ったぁ」

 起き上がって手を払う水元を見て、もう一人が「あっ」と叫んだ。

 見ると肘から血が流れ出ていた。

「うわっ、やっちゃった」

 水元が驚く。

「先生に怒られるよ」

「だね」

「大丈夫そう?」

 水元と呼ばれた少女は腕を伸ばしたり縮めたりする。素肌の白い中学生か、高校生くらいの可愛らし顔をした少女である。

「大丈夫」

「ば~かぁ」

 二人の後ろを同年代の美少女が、冷めた目をして通り過ぎていく。

「ねえねえ、ユヅ。絆創膏もってない?」

 ユヅもまた中学か、高校生くらいの背が低く、目がクリっとした可愛らしい女の子だ。

「ない。リアちゃんは?」

 ユヅが、クールな美少女の背中に訊くが、彼女は無視してビルの中に入っていく。

「マネージャーさんに言うしかないか」

「ティッシュあった」

 水元がポケットからしわくちゃのティッシュを取り出し、ユヅの前に差し出した。


 このビルはハポンの合同会社HAP(ハポン・アミューズ・プロジェクト)の本社ビルで、通称、寿ビルとも呼ばれている。

 ハポン47は現在女性グループの中では一二を争う人気グループである。

 ここではグループのマネジメントや営業、宣伝、企画、スケジュールの調整などを行う運営会社と、ダンスや歌のレッスンやレコーディングなどを行うスタジオが入っている八階建てビルである。

 五階で、エレベーターのドアが開き、慌ただしい足取りで佐藤勇樹さとうゆうきが総務部のオフィスのドアを潜った。

「どうだった?見つかったか?」

 入ってきた佐藤の姿に気づくと、デスクに座っていた元木五郎もときごろうが首を伸ばして訊いた。

「いえ、ダメです。交友関係を当たってみましたが空振りです。畠山はたけやまさんの方はなんて?」

「いや、連絡が付かないままだって。実家にも連絡はないそうだ」

 元木が答える。

「……ったく、何してんだよ。心配かけさせて」

 佐藤がイラつき、つぶやいた。二十代後半、長身で爽やかな青年である。

「まあ、そのうち出てくるだろう」

 のん気にいった元木は、一応、主任である。今年、後厄の額が後退してきたことを気にする中年社員である。

 総務部の業務の一環に、グループメンバーが所属している事務所と運営との橋渡し的役割がある。

「またのん気な……すっぱ抜かれて、謹慎になって、それから行方不明ですよ。万が一のことがあったらどうするんですか?」

「分かってる、大変だってことは」

「ただでさえ、宇部が叩かれて、こっちに矛先が向いている時にいるに……何かあれば、それこそ火に油ですよ」

「わかっているって。けど、俺たちが騒いだりしても仕方ないだろ。こんなときこそ、俺たちが冷静にならなくちゃ。ね、佐藤くん?」

 血気盛んな若者を諭すようにゆっくりとした口調で話す元木。

 その時、デスクの電話が鳴った。佐藤が素早く受話器を取る。

「はい……あっ、畠山さん。……え、見つかった?……病院ですか?で、容態は?」

 佐藤を見つめながら、元木は湾曲したマッサージ棒で背中を押している。

「……はい……はい……日泉ですね、分かりました。大丈夫です、まだマスコミは嗅ぎついてないはずです」

「なんだって?」

 受話器を置いた佐藤に、元木が訊く。

「見つかりました。日泉病院に身元不明で運ばれていたそうです」

「で、生きているのか?」

「もちろんですよ、命に別状はないそうです。でも、まだ面会は出来てないと言ってました」

「そうか、そりゃあ、良かった。とりあえず命が無事なら。けど、病院か……こりゃ、また騒ぎになるな」

「また、他人事みたいに。気づかれないようにするのも、我々の仕事ですよ……とにかく、俺病院に行ってみます」

 不満げにいって、佐藤が部屋を出ていくと、隣の部屋のドアを開けて、水元公佳みずもときみかが顔を覗かせた。元木がマッサージ棒を背中に当てながら、横を向いている隙に部屋を出ていくのであった。




  *       *       *        *




『身元不明』と書かれたベッドの周りに、白髪頭の医師と中年の医師、若い医師など五名とその後ろに看護師数名が取り囲んでいた。

「それではもう一度聞くよ。君の名前は何と言うんだい?」

 その中で一番、権威がありそうな白髪頭に髭の医師が訊いた。

 宇部理紗は、医師たちの顔を不信感いっぱいに見回した。

 その顔はひどく疲れて、病的なまでに白くやつれているが、それでも誰が見ても美しさを湛えていた。

「だから、何度も言ってるけど、俺の名は国枝國士。分かった?聞こえてる?」

 しわがれた声の理紗の言葉に、医師たちは顔を合わせる。


「何で会えないんですか?」

 ナースセンターの前で看護師に詰め寄っているのは、宇部理紗のマネージャーの畠山曜子はたけやまようこである。

「ですから、先生方の問診が済んでからでないと面会は出来ません」

「それはいつ終わるんですか?」

「もうすぐですから……」

 ちょうどその時、病室から医師団が出てきた。ぞろぞろと廊下を話しながら歩いてくる。

「先生?理紗の容態はどうなんですか?」

 それに気づいた畠山は、先頭の白髪の医師に駆け寄って訊いた。

「怪我の方は軽傷です。数日も経てばよくなるでしょう。しかし、記憶の方がどうもね」

 と後ろを振り返った。すると後ろの中年の医師が受け継ぐ。

「……一度、しっかりとした検査をした方がいいでしょう。原因は分かりませんが、記憶の混乱が起きています」

「記憶の混乱?」

「自分を男だと思い込んでいます」

 唖然とする畠山。


 病室に顔を覗かせる畠山。

 個室の窓際に備え付けられたベッドに起き上がり、宇部理紗がいた。

「……どう、容態は?」

 理紗は、入ってきた畠山を不思議な顔で見つめた。

「大変だったね、ゆっくり休んでね」

「あ、ありがとう」

 畠山はベッドの脇にある折り畳み式の椅子を開いて、腰を掛ける。その様子を食い入るように見つめる理紗。

「なにがあった?」

「……それが分かんなんだ。気づいたら病室にいて、記憶がはっきりしないんだよ。バイトから帰って、寝て、起きて、休みだったんで、パチンコに行ったところまでは覚えているんだけどさ」

 理紗は首を捻りながら説明した。

「え?な、何言っているの?」

「は?」

「え?……あなた、自分が誰で、ここがどこだかわかっている?」

 畠山は思わず訊いた。その質問に「ハーッ」と吐息をつく理紗。

「またその質問か」

「答えて」

「国枝國士」

 畠山は大きく目を見開き、恐ろしいモノでも見る目で理紗をみた。

「だからなんなの、さっきからさ。俺が国枝國士じゃあいけないみたいじゃん。ガッハッ……これはいったい、なんなんだ?夢でも見ているのか?それともあれか、もしかして、なんか国家的陰謀とかじゃないだろうな。エゲェン……俺を病院に閉じ込めるために、みんなして何か企んでいるんじゃないだろうな?やめてくれ、俺なんて、何もないただの男だぞ。ウボゥ……」

 しわがれた声で、むせながら話す理紗が、徐に自分の手をベッドから引き抜いて目の前に持ってきたとき、ギョッとして慌てて手をひっこめた。

「えっ?どうしたの?」

 畠山が訊く。

「なにぃ?」

 再び自分の手をゆっくりと目の前に持ってきて、裏表にしていると、その手がブルブルっと震えた。

「俺の手じゃない、女の手だ」

「なに言ってんの、当たり前でしょ。さっきから怖いよ」

「こっちだよ怖いのは……俺は誰?」

「宇部理紗に決まってるでしょ」

「う、宇部……理紗……なんだって?」

 突然、病室の扉が開き、中年女性と若い高校生くらいの少女が入ってきた。

「理紗ちゃーん、どうしたの?大丈夫ぅ?ママ、心配したのよ。連絡を受けてビックリ。ねえ、マネージャーさん、いったいどうしたの?」

 理紗の母親に対し、畠山は椅子から立ち上がり深々と頭を下げた。

「この度は私どもがついていながら、このようなことになってしまい、お嬢さんを預かっている身としては大変申し訳なく思っております。本当に申し訳ありませんでした」

「理紗ちゃん、どう?大丈夫?」

 畠山を一瞥して、母親は理紗に向かって訊いた。

「先生の話では身体には大きなケガはなく、数日で退院できるそうですが、その前に、念のため脳の検査をするとの話でした」

 畠山が代わりに話す。

「そう、じゃあ、大丈夫そうね?」

「それは、まだわかり……」

「梨花ちゃん、何ともないって。よかったわね」

 振り返り、中学生くらいの娘を見る。梨花はつまらなそうに姉をジッと見ている。

 理紗はその妹の視線にも気づかず、自分の顔や体を触っていた。

「じゃあ、マネージャーさんに引き続き、任せてもよろしいですか?」

「え、あ、まあ、理紗さんがそうしたいというなら、私どもは……」

「理紗ちゃん、どうするの?」

 母親は理紗を見る。

「ん?ああっ」

 視線が自分に集まったので、理紗は意味が分からず、曖昧に答えた。

「そう。じゃあ、決まりね。ママたち帰るから、マネージャーさんよろしくね」

 と母子は足早に出ていってしまった。

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