お笑いホラーライブ・6





 ユージがビクッとして起き上がる。

「聞いたか?」

「なにが?」

「声だよ」

 ユージは暗闇を凝視する。すると、暗闇の中から赤いワンピースをヒラつかせた髪の長い女が現れた。

「うわあああああ」

 ユージは立ち上がり、辺りをきょろきょろとする。

 すると、マサルが叫んだ。

「ユージ」

 振り返ると、マサルが手招きしている。

「こっちだ」

 ユージはとっさにマサルの近くへ近づく。その瞬間、ユージの踏みしめた畳が抜け、その姿が室内から消えた。

「……」

 突然、周囲が明るくなり、放心状態のユージが茫然としていると、周りから笑い声が木霊している。

 誰かが近づいてきて、ユージはビクッと体を震わせる。

「おい、大丈夫か?しっかりしろ」

 それは人気お笑いコンビ、バンダダンダのキイトであった。

「……なにが起こっているのかわかる?」

「えっ?……いえ」

「ドッキリ、ドッキリだよ」

「えっ?ドッキリ?」

 まだわかっていないユージ。

「そう、すべて嘘なの。幽霊も、相方の部屋も、このアパートもセットなのよ」

「……」

 ユージがぼうっとしていると、マサルがセットの部屋に入ってきた。

「マサル、どういうことだ?」

「ドッキリだって、キイトさんが言っているだろ、そういうこと」

「君、最近ヘンなことがあったでしょう、いろいろと。声が聞こえてきたりしてさ」

 キイトが訊く。

 すると耳元で「あ”あ”あ”あ”あ”」と聞こえてきたので、ユージがビクッと体を震わせる。

「これ実は、立体音響なのよ。ビックリしたでしょう?」

「え?あ……ああ、そういうことですか。ドッキリ番組」

「やっと理解したみたい。大成功だね。もう何か月も前から君を張っていたんだよ。苦労したよ、おかげで上手くいったけど。相方の君もご苦労さん」

「いえ、いえ」

「はい、カット」

 カットがかかり、ディレクターとスタッフが入ってくる。

「悪かったな。ダマして」

 マサルがサラリといった。

「ホントにドッキリか?」

「そうなんだよ、これも仕事だ。まあ悪く思わないくれよな」

「いや、よかった。大成功、上手くいってよかったよ」

 ディレクターが近づいてくる。

「どうも、ありがとうございました」

 マサルはディレクターに対して、へつらうように頭を下げた。

「君、よかったよ。最後、手招きして相方を呼んだところなんてさ」

「いえ、とにかく必死で……」

 マサルの後姿を見つめ、ユージの表情が変わっていった。


 マン1グランプリ決勝の生放送が始まった。

 ハケンの二人は決勝八組の中で七番目になった。

 テレビカメラが数台並び、おなじみの男女の司会者と審査委員席には、審査員長のバリマッチョ梅岡を筆頭に、名だたる漫才の師匠連中が並ぶ。

 おなじみの出囃子でハケンの二人が勢いよくステージに現れた。

「イヤー、始まってしまいましたね、ファイナルついに来ましたよ」

 マサルがいった。

「我々ははじめてですもんね。非常に楽しみにしてます」

 ユージが落ち着いた表情で微笑む。

「おっ、余裕がありますね。それはさておき、君、最近の世の中をどう思う?」

「ずいぶん大きなカテゴリーで攻めてきたね。いったい何が言いたいの?」

「物騒な世の中になってきたと思わない?やれ強盗だ、振り込め詐欺だ、カード詐欺だって、犯罪が後を絶ちませんよ」

「そうだね、恐ろしいことが何の前触れもなく起こる、おちおちと買い物もできませんよ」

「動くな」

「うわ、強盗か、参ったな。よし、ここにあるゴルフクラブで強盗の頭を思いっきり……」

「ちょ、ちょっと待て。俺はコンビニ強盗のつもりでやっているんだから、コンビニにゴルフクラブはないよね?」

「なんだ、コンビニかよ、せっかくゴルフクラブ持っている気でいるから、ここはひとつゴルフ用品店に強盗に入った体ていでやってくれない?」

「こっちが変えるのか?まあ、まあいいよ。じゃあ行くから。動くな」

「うわ、強盗。どうしよう?そうだ、ここにドライバーがあるんで犯人の頭をナイスショット。頭はグリーンに一直線」

「えー?打っちゃったよ。首を打っちゃって、ナイスショット?犯人の首が取れちゃったの?」

「そのままグリーンにナイスオン。バーディーチャンス」

 ガッツポーズをするマサル。

「ええ?バーディーチャンス?ヤバいじゃん、ラインを読んできっちり入れてね。って言ってる場合か。無茶苦茶だな」

「じゃあ、口と鼻の穴に指を突っ込んで持ち上げて、転がしてみる」

「ええっ?今度は何始めたの?」

「首はゴロゴロと転がり、ストライク」

 ガッツポーズをするマサル。

「ええ?ボウリング?ボクの生首をボウリングの玉にしちゃったの?」

「ボクの生首ってお前、何者だよ?」

「お前が始めたんだろ?」

 ユージの振った手が、いつもより力強くマサルの胸に当たった。

「戻ってきた生首を持ち上げて……」

「機械仕掛けか、機械仕掛けで戻ってきたのか?」

「鎖を付けてブンブンと振り回す。遠心力を付けて、りゃああああああああ」

 マサルが腕を振りながら、叫ぶ。

「いったー、さあ、出るか、新記録?」

「うんこちびった、びちびちぶー」

「え?え?今、何か言った?」

「さあ、何メートルいったかぁ?」

 手を額に当てて、客席を見つめる。

「いや、誤魔化さないで、今絶対なんか言ったよね?ウンチがどうのって」

「出た―新記録、世界新記録だ。生首ホーガン投げ世界新記録」

「ンな競技ないよ。いや、さっき言ったよね、うんこがどうのこうのって」

「言うわけないだろ、このご時世に」

「ご時世もそうだが、場所をわきまえろよ、マン1だぞ」

「だから、いってないし、マン1でもないし」

「マン1だよ」

「わかった、じゃあ、最初からやり直ししよう」

 とマサルはユージの頭を掴んだ。

「首は元に戻った。はい、強盗やって」

「強引だな、分かったよ」

 そのとき、ユージがポケットから何かを取り出したことに誰も気づかない。

「じゃあ、手を上げろ」

「お前が強盗か、いい加減にしろ」

 ユージが手にしたナイフをマサルの胸に刺した。マサルは突然の衝撃に訳も分からず、胸に刺さったナイフを見おろした。

「え?」

 審査員一同、スタッフ、観客は最初は事態を飲み込めずにいたが、すぐに異変に客席から悲鳴が上がった。

 マサルは驚きの表情のまま、後ろに倒れた。

 会場は瞬く間に騒然として、怒号と悲鳴が渦巻いている。

 マサルは仰向けになり、消えゆく意識の中でスポットライトの光を見つめていた。舞台に一人、茫然と立ち尽くしていたユージの横に、どこからともなく白いワンピースの少女が現れ、ユージを見つめていった。

「もう、ええわ」




 おわり

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