お笑いホラーライブ・5





 移動中のタクシーの中でもユージの不機嫌は直らなかった。

「お前が妙なこと言うから俺の調子も狂うんだ。幽霊なんかどうでもいいんだよ。この大事な時に余計なことを喋んな」

「それじゃあなにか。例えば、俺が体調悪くても黙ってろって言いたいのか?頭痛いだの、浮気がバレただの、花粉症だの、いつも騒いでいるのはどっちだよ」

 マサルが返す。

「それとこれとは別だ」

「同じだろ、コンビは一心同体なんだから。じゃあ、もう何も話さなくていいんだな?」

「上等だよ」

「いい加減にしなよ。それじゃあ、コンビとしてやっていけないだろう?」

 今まで黙っていたマネージャーの遠藤が間に入った。

「ベテランじゃないんだから、君たちみたいな若手がコミュニケーションとらないでやっていけるわけないだろう?」

「やっていけますよ」

 ユージがムッとしながらいう。

「無理だな。長年、いろんなコンビを見てきたからよくわかる。売れてるコンビはみんな相手を信頼している。それはなれ合いではなく、お互いを認めているからある信頼関係だ。そうじゃなきゃあ、この仕事を続けられないし、成功するはずないだろう」

 ユージとマサルは目を合わせ、黙った。



 この日もしこたま飲んでアパートまで帰ってきたユージ。アパートの前で、暗闇から外灯の下に突然現れた人影に驚きの声を上げた。

「フォアオ」

「ユージ?」

 女の声で呼びかけられる。

「だ、誰?」

 目を凝らしてみると、それはコンちゃんだった。

「あんた、まだ信じてないようね?」

 コンちゃんはいきなりいった。

「何なんすか、何が言いたいんですか?何なんすか、あんた、こんな時間に?」

 ユージはすっかり怯えて、矢継ぎ早に訊いた。

「あなたの身に危険が迫ってきているから、忠告しに来たの」

「もういいっすよ」

「わかっているはずよ、白いワンピースの女の子」

 その瞬間、ユージはビクッと体を震わせた。

「あなたに憑いているの。だから、気を付けて」

 そういうと、コンちゃんは暗闇に消える。

「ちょっ、ちょっと……」

 コンちゃんの姿を追っていくが、街灯の先には誰もいなかった。


 その日の仕事終わり、マネージャーが楽屋に入ってきていった。

「例の件、上手く仕事に結びつけたよ」

「何のことですか?」

 ユージが訊いた。

「心霊現象だよ、マサル君の部屋の」

「……」

 ユージは思わず言葉を失った。

「どうゆうことですか?」

 マサルが訊くと、マネージャーが説明した。

 マサルの部屋の心霊現象をテレビ局に売り込んだら、ネット配信の番組が企画として取り上げてくれることになったという。

「部屋にコンビで泊まって、本当に幽霊が出るか検証するって番組。面白い企画だろう?」

 遠藤が笑顔で二人に確認する。

「嫌ですよ、そんなの」

 すぐにユージが拒否した。

「これが、ギャラがいいんだよ。それにマサル君には部屋の使用料も出すって言ってくれたよ」

「有難いです」

 マサルは乗り気だ。

「それに司会は人気急上昇のバンダダンダだって。ってことは視聴率がいい。こんないい条件ないだろう?」

「嫌ですって」

「何言ってるんだよ、らしくない」

 ユージの本気の拒否に驚く遠藤。

「でも、そうなるとこいつの態度はヤバいんじゃないですか?演技なんてできるほど器用じゃないですし……」

 マサルはユージを親指で指した。

「そこだよ、今回のポイントは。つまり心霊現象に困っている依頼主の芸人と、幽霊をまるで信じていない相方という図式がいいって、ディレクターが言っているだ」

「なら問題ないよな?」

 マサルがユージに確認する。

「……」

「おい、どうした?まさかビビっているのか?」

「フン、誰がだ?お前だろ、ビビっているのは」

「じゃあ、決まりだ」

 ユージは上手くのせられる格好で、話が進んでしまった。

 それから数日後、番組のディレクターとあって、番組の趣旨と打ち合わせをして本番当日になった。

 マサルのアパートにディレクターと数人のスタッフが来て、室内に何台もカメラを設置する。

「まず、霊媒師の先生に部屋を見てもらって、それから検証に入るから。一応、検証は一晩だけだけど、いい絵が取れなければ、もう一晩やってもらうから」

 ディレクターの小川が冗談ぽくいって、二人を苦笑いさせた。

「それじゃあ、霊媒師の先生が入りまーす」

 アシスタントの案内で、階段をしんどそうに大柄な体躯の年老いた男の霊媒師が上がってきた。

「まったく、なんだって……」

 ブツブツとつぶやき、息を切らしながら霊媒師が階段を登り終えると、突然、グッと息を飲んで黙った。

「先生?どうぞ、汚いところですが……」

 小川は霊媒師に近づいていって促すが、

「わしはいい。今日のギャラは半分で結構だ」

 そう言い残し、踵を返し、階段を引き返していってしまう。

「あ、ちょっと、先生?」

 小川が追いかけていく。

 結局、霊媒師はアパートの下から部屋を見ながら、解説という絵を撮って帰っていった。

 唖然とその様子を見守るユージとマサル。

「なんでも、相当、霊力が強いらしいよ、この部屋」

 引き返してきた小川がいった。

「それじゃあ、始めようか」

「あっ、ちょっと……」

 ユージが声を上げる。

「なに?」

 小川が怪訝な顔をする。

「い、いえ、なんでもありません」

「じゃあ、インタビューから行こうか。マサル君だっけ?君が体験した話を聞かせてくれる?」

「はい」

 それからマサルが体験した話をカメラで撮って、その後、検証ということでスタッフは退室となり、室内には二人だけが残された。

 部屋に積まれてあった段ボールは外へ運ばれ、室内は二人が布団を並べて眠れるほどのスペースができていた。室内は真っ暗にして、三台の暗視カメラで撮影されるという。

「なあ……」

 ユージが天井を見つめながらつぶやいた。

「ん?」

 マサルが返事をする。

「話していいんだったよな?」

「ああ、いらない部分は後で編集するから、楽にしとけってさ」

「……コンちゃんに会ったよ」

「……」

「あの人、家の前で待ち伏せしててさ、その方が怖いっての」

「コンちゃん、なんて?」

「それが、俺がヤバいって……」

「まさか、話しちゃったのか?」

「何のことだ?」

 そのときであった。

 暗闇の中から、ラップ音とともに「あ”~あ”~あ”~あ”~」と声が聞こえてきた。




 つづく

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