お笑いホラーライブ・4





 その日の夜、というより日付が変わって午前四時、ユージはしこたま飲んでアパートに帰ってきた。

 最近は気分の悪い日が続いていた。それもこれも相方の心霊騒動に端を発していた。

「幽霊が何だってんだ?呪われる?フッ、バカバカしい……」

 ふらつく足取りでアパートの階段を上がりながら、マサルの話を思い出しながらブツブツとつぶやく。

 ユージは彼女の美嘉と同棲中で、OLの美嘉の稼ぎが良いので、マサルよりいいアパートに暮らしていた。

 三階の階段を上がり切り、3-3のドアの前で鍵をポケットから探していると、風が背後で吹いていた。

「あ”あ”あ”……」

 とっさにユージが振り返る。

 風の中に声のようなものが混じっているように聞こえた。

 身をよじり、耳を済まし、固まる。

「あ”あ”あ”あ”あ”……」

 声がどんどん大きくなってくる。

「んだよっ」

 ユージは玄関のドアの前に走り、震える手でポケットから鍵を取り出して、急いで開錠して、玄関へ入りドアを閉めた。

「お帰り」

「ワオッ」

 明かりがついて、美嘉が立っていた。

「ビックリした?」

「脅かすなよ、バカヤロー」

 ユージは怒って、急いで靴を脱いで家に上がり込んだ。酔いはすっかり醒めていた。


「はあ~っ」

 先ほどから何度目かのため息をついたマサルに向かって、ユージは睨むが、何も言わずにいた。

 その日の朝は、ユージも元気がなかった。

「どうしたんだ、二人とも元気がないじゃないか?」

 マネージャーの遠藤が二人を交互に見て心配そうな顔をした。

 遠藤は事務所の若手を五組を一手に引き受けていて、しょっちゅう、ハケンについているわけではない。三十代前半と若いが、やり手である。

「何でもないです、それより、マン1(まんいち)の出番の順番って決まったんですか?」

 ユージが訊いた。

「ああ、Cグループの二番手だ」

「よかった、最後の方で。……なあ?」

 マサルに声を掛けるが、上の空だ。

「おい、聴いてるのか?」

「ん?ああ」

 やっとユージを見たマサル。

「しっかりしてくれよ。何、ボウッとしてるんだよ?」

「いや、コンちゃんとせん太さんのことだけど、あれから、どうしているか聞いてみたんだ……」

「いい加減にしろ」

 あまりの大声に、遠藤も驚いてユージを見た。

「大野(ユージの本名)?」

「すんません。けど、こいつ最近おかしいんですよ」

「仕方がないだろ、霊の仕業なんだからさ」

 マサルが言い訳がましくいう。

「ちょっと待ってくれ。最初から話してくれないか?」

 二人は顔を見合わせて、遠藤にマサルのアパートで起きた怪現象から話し始めた。

「そうか……」

 話を聞き終えた遠藤は、下唇に指を置いて考えながらいった。

「マサルの心配もわかるが、現状、何もできないんじゃないか?コンちゃんにしろ、せん太君にしろ、どうしようもないだろう?」

「はい……」

 マサルが神妙に頭を下げる。

「だったら、今は仕事に集中した方がいいだろう。それと……」

 遠藤は二人を見た。

「そういうことは、マネージャーである僕に話してもらいたいもんだ。自分たちで抱え込まないで」

「すみません」

 二人がほぼ同時に謝った。


「トーンといって、コロコロコロコロって転がって……」

 マサルが大げさなジェスチャーで手を胸の前でぐるぐると回す。

「やったーストライクッ」

「何だ、今度はボーリングかよ。なんで生首の鼻と口に手を突っ込んでボーリングなんてするだよ?気持ち悪い」

 ユージがマサルの胸の辺りにツッコむ。

「それがボーリングの起源だからだよ」

「バカヤロー、そりゃ、サッカーだろ。サッカーの起源は海賊が敵の生首を蹴って遊んだのが起源だって言うからね」

「気持ち悪いな、何言ってんの?生首って」

「お前だろ、言い出したの」

「おい、ハケンって、結構うまくなってんな?」

 袖で彼らのネタを見ていた芸人、トトリ鳥捕りの鳥飼とりがいがいった。

「いや、大したことないだろ」

 コオリミズの井貝いがい面白くなさそうにつぶやく。

 マン1グランプリ準決勝会場では総勢三十二組のコンビが、決勝八組に残るためにネタを披露している。

「ありがとうございました」

 ネタを終え、引き返してきた二人に対し、芸人たちが拍手を送る。

「いやあ、素晴らしい」

 わざとらしい拍手でいったのは、先輩芸人のあうん〇まるのチャーである。

「思ってないでしょ」

 ユージがつかさず返す。

「思ってるよ、お前たち決勝に残るよ。だってほかの奴ら大したことないもん」

「んだと?」

 周りにいた芸人たちは一斉にチャーに詰め寄る。

「まあまあまあ」

 コオリミズの佐田が間に入る。

「君たち何年目?」

「一応、五年目です」

 ユージが答える。

「ゴメンね、五年目~なんだね?」

「……はい?」

 ユージが聞き返した。

 すべての組の出番が終わり、審査時間を空けて、決勝に進出するグループの発表が行われた。

「四組目はトトリ鳥捕り、五組目は憂鬱なおじさんたち、六組目は……ハケン」

 その瞬間、ユージとマサルは顔を見合わせて抱き合った。

「それでは、ハケンの二人だけど、君たちは若いね。何年目?」

「五年目です」

「ゴメンね、五年目~なんだね?」

「……はい?」

「……この中では一番若手なわけだ」

 司会者が取り繕うようにいった。

「そうですね」

「どう意気込みは?」

 司会者がマイクを向ける。

 ユージは何か気の利いたことを言わなくてはと考えていたそのときであった。会場の奥の片隅に白いものが動いたのが目に入った。

「……」

 それは白いワンピース姿の小さな女の子であった。ジッとユージを見つめている。

「……頑張るしかないと思います」

 マサルが答えて、ユージがハッと我に返った。

「そうですね」

 もう一度、会場の奥を見るとワンピースの少女はどこにもなかった。

「頑張ってね。続きして、モソモソです……」

「お前のせいだぞ」

 舞台から降りるとユージがいきなりマサルの肩を押した。

「何のことだ?」

「お前が変なこと言うもんだから、俺までおかしくなったじゃないか」

「何のことだ?人のせいにするな、お前の実力がないだけだろ」

「何だと?」

 ユージがマサルに掴みかかる。

「おい、止せよ」

 近くにいたコオリミズの二人が止めに入る。

「決勝を前に喧嘩なんて、大丈夫かお前ら?」

 井貝がいった。

「落ちたあんたらに言われたくないよ」

 言った後、ユージは、しまったという顔をした。

「……すみませんでした」

 マサルが代わりに謝る。

「別にいいよ、事実だし……」

 ひきつった顔で井貝がいった。

 ユージが逃げるようにその場を後にした



 つづく

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