お笑いホラーライブ・3





「はーい、そういうわけでハケンと申します。よろしくお願いしま~す。……さあ、きょうも頑張って漫才していかなくてはいけないんですが、不況の為、お客さんが少ないんで、若干テンションが下がっておりますんですよ」

 舞台の中央に置かれたマイクに向かって、マサルが話し始める。

「なに言ってんだよ、満員御礼じゃねーか。どこに目を付けてんだ」

 ユージが客席を見回しながら、手を広げる。客席は満席だ。

「お客さんの顔を暗く沈んで、もしかして、前に出たポンプスのせいですか?」

 客席から、どっと笑いが起こる。

「明るい、明るい。ポンプスのおかげで、もうすっかり皆さん明るくなって、ありがとうね、ポンプス」

「いくらネタをやっても、まるでウケない」

「それは俺たちがつまらないからだよ。って、つまらないって言っちゃったよ。面白いですよ」

「面白いってハードルを上げるなよ」

 マサルがユージの頭をはたく。

「お前がウケないなんて言うからだろ」

 ユージがマサルの頭を叩き返すと、客席で笑いが増幅していく。


 舞台上からの拍手で袖へはけていくと、次の出番のカルテットリのかかしとトウジが、何やら必死な顔で打ち合わせをしている。

「あれ?どうしたんですか?……せん太さんは?」

 マサルが気づいて訊いた。

「それが来ないんだよ」

 トウジが困った顔をしていった。

「え、マジすっか?連絡もないんです?……どうしたんですかね?せん太さんが出番をトチるなんて珍しい」

 ユージがいった。

「だから、焦っているんだよ」

 カルテットリ男の二人は、二人だけでネタをするために直前まで調整していた。

 すると、出囃子がなる。

「どうせ上手くいきっこないから、勢いで乗り切ろう」

 かかしがいって、二人は舞台へと出て行った。

「せん太さん、昨日のことで何かあったんじゃないかな?」

 楽屋へ戻るとマサルがポツリといった。

「昨日のこと?」

「ほら、おっさんの幽霊を見たって言ってたろ?」

「フン、こじつけんな。偶然だ」

 ユージが鼻であしらう。

「けど、せん太さんがトチることなんて、今まで一回も……」

「俺やお前だってないだろう?だいたい出番をトチることなんてめったにあることじゃなんだよ。逆にその滅多にないことがたまにあるのが人生だ」

「……」

「コンちゃんが除霊してくれたんだろ?お前は引っ越すし、もう終わったんだよ。引きずるな」

 ユージが話を終わらせるようにそっぽを向いた。


 NーTVスタジオは東京のテレビ局の中で一番の古く、数々の心霊現象を芸能人が体験していることでも知られており、芸人の怪談にもよく登場しているスタジオである。

 この日、ハケンの二人は前説のために、このスタジオに来ていた。

 楽屋に置いてあった弁当で、遅めの昼食をとっているところへ、ドアをノックしてディレクターが入ってきた。

「……ざ~す」

 二人が挨拶をする。

「休んでいるところ悪いけど、ちょっといいか?」

 三村というバラエティー班のディレクターで、二人も何度か仕事をしたことがある。

「どうしたんですか?」

 ユージが訊いた。

「実はU・Uの二人が出れなくなったんで、代わりに番組に出てくれないか?」

「ええっ?」

 驚く二人。U・Uと言えばコンちゃんのコンビだ。

「どうしたんですか?」

 マサルが訊いた。

「それがコンちゃんが熱を出して倒れたって、連絡があってな」

「……」

 ユージが嫌な顔をした。

「マジっすか……」

「どうかしたか?」

 三村が二人の顔を不審そうに見る。

「いえ、なんでもないです。出ます、出させてもらいます」

 ユージが即答した。

「そうか、じゃあ頼むわ」

 と三村は出ていく。

「おい」

 ユージは放心状態のマサルに声を掛けた。

「余計なことを考えるな。U・Uには悪いがこれはチャンスだ。番組に出られるんだ」

「……わかっている」

 ユージが気合を入れている意味が分かったか、マサルはうなずいた。


「トーンといって、コーンって落ちていって……」

 マサルが大きなジェスチャーをすると、スタッフの中から笑い声が起こる。

「そしたらダッダッダッダッダって転がっていって、コロコロコロコロって芝の上を転がって、最後はカップにインしてガッツポーズ」

「ゴルフだったのかよ、何で生首でゴルフをやるんだ?」

 カメラの前で漫才は劇場とは違い、慣れない二人は別の緊張感があった。二人は平常心を装い、ネタを終えた。

「はい、OKです」

 ADが頭上でマルのサインを出す。

 二人はスタッフに一礼して、スタジオのセットからはけていく。その二人を三村が迎えた。

「ありがとうございました」

 二人はそろって頭を下げる。

「いや、急遽だったけど、よかったよ。……君たち何年目?」

「五年目です」

「へえー、マン1(まんいち)グランプリの準決勝に進んでるんだって?」

「はい」

「そうか……有望だな。プロデューサーの耳にも入れておくよ」

「ありがとうございます」

 三村が行ってしまうとユージが満面の笑みを浮かべ、マサルを見た。

「やったな」

 しかし、マサルは素直に喜んでいないようだ。

「なんだよ、その顔?こんな滅多にないチャンスを掴んだっていうのに」

「それはわかるけど……コンちゃんのことや、せん太さんのことが気になって……」

「バカ、あんなの偶然だよ。それかお前んち行った後、二人して同じもん食って食中毒になったんだ」

「そんなわけないだろ、俺も一緒だったが何ともないぜ」

「わかってるよ、ジョーダンだ」

「ボケが弱いんだよ」

「……とにかく、そんなこと気にしている暇なんて俺達にはないんだ。どんなことをしてものし上がんないと意味がないんだからな」

 ユージが気合を込めて言い切った。

「ああっ」

 それに答えるようにマサルはうなずいた。




 つづく

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