お笑いホラーライブ・2




 何十年も取り残されたような街並みの一角に今にも崩れ落ちそうなアパートはあった。

 は築五十年の二階建て、一階三部屋の木造の小さなアパートだ。外壁が黒ずみ、陰気なガラス戸が風に吹かれ、カタカタと音を鳴らしていた。

 アパートの二階の奥の角部屋201号室が、マサルの部屋である。

「これで一万五千円は安いよな」

 カルテットリ男のせん太がいった。女の子のように小さく可愛らしい容姿をしている。

「確かに。都心に近くて、その値段なら借りるよな」

 崩れ落ちそうな階段を上がりながら、ポンプスのメイジがいった。

「おい、あんまりいっぺんに上がるな。階段が本当に崩れそうだ」

 中間にいるユージがいった。総勢五人が一斉に階段に乗っているからだ。

 先日の話を聞いて来たのは、カルテットリ男から、かかしとせん太、ポンプスのメイジと土曜社どようしゃのトシヒコであった。

 古いアパートによくある狭い通路に住人の所有物が置かれている。ぞろぞろと廊下を並んで歩いて、たて付けのわるいドアを開けて、先頭のマサルが後ろを振り返る。

 興味本位の四人がぞろぞろと部屋の中を覗く。

「狭いな、やっぱ」

 かかしが長身の頭をすぼめて室内を見回す。

「間取りは1kの六畳くらいか?」

 その脇の下から、せん太が覗きこむ。

「コンちゃんさん?」

 マサルは最後尾にいるコンちゃんに声をかけた。コンちゃんは億劫そうにゆっくりとした足取りで、マサルの部屋までやってきた。

 前にいる連中を押しのけるようにして部屋に入って行く様を、ユージは苦々しく見送る。

 コンちゃんは太った体を揺らしながら、玄関口に立ち、室内をぐるりと見回した。

「どうですか?」

 マサルがおずおずと訊いた。

「ここ、霊の通り道ね」

 人目見て、コンちゃんは断言した。

「チッ」

 ユージが舌打ちをする。

「通り道……ですか?」

 マサルが訊き返す。

「それだけじゃない。いわばこの部屋は渋谷のハチ公前よ」

「……つまり待ち合わせ場所ってこと?」

 かかしの言葉に、コンちゃんはコクリとうなずいた。

「霊が集まってきやすい場所、おそらくここ昔、池が沼あったのよ」

「なぜそんなことが言える?」

 ユージが訊いた。

「水と風の通り道が生命を育むとしたら、水と風が滞るところが亡者が集まるところよ」

 コンちゃんがまっすぐユージを見つ返した。いつもはボケ担当で、相方にイジラれてばかりの彼女だが、プライベートはまるでボケないマジメな女性だということを観客は知らない。

「どうすればいいですか?」

 マサルの言葉を無視するように、コンちゃんは玄関で靴を脱いで、部屋に上がり込む。

 玄関を上がるとすぐに流しがあり、目の前が六畳一間の畳になっている。室内には、包装が解かれていない段ボールが部屋の隅に集積してある。

 コンちゃんはその段ボールの方へ歩いていき、徐に、段ボールの間に入って行き、押し入れの戸を開けた。その様子を後から入ってきた五人が室内に入り切れず、玄関先で部屋の中を見つめている。

「少なくとも四人死んでるわね」

「えっ?」

 驚く五人。

「一人はその女の人ね」

 背後を指さされ、驚いて振り返るマサル。

「その次はそっちの子。……入居する前に、ちゃんと不動産に聞いた?聞いてないならあなたの怠慢だわね」

「いい加減にしろよ、茶番はたくさんだ」

 静寂を打ち破るようにユージが大声を上げた。しかし、コンちゃんはユージの言葉を気にも留めず、

「ねえ、手伝って。そこの段ボールを退のけて」

 と段ボールを指さす。

 男たちが段ボールを退けると、コンちゃんは奥の壁を見つめていたが、徐にマサルに向かっていった。

「ここからよくラップ音がするでしょう?」

「……え?まあっ」

 すると、コンちゃんは壁の隅を爪で掻いて、躊躇なく壁紙を剥がした。

「あああっ」

 どよめきが起こるが続いて、

「あっ」

 悲鳴にも似た声がマサルの口から漏れる。そこには、壁一面にお札が貼ってあった。

 全員が押し黙った。

「これでわかったでしょう?引っ越した方がいいって」

「ひゃっ」

 いきなりせん太が悲鳴をあげたので、みんなが驚く。

「なんだよ、いきなり」

 ユージが怒鳴る。

「い、いま、窓に人が……」

 せん太が震える指で窓を指す。

「オッサンが覗いていた」

 窓の近くにいたポンプスのメイジが窓を開けて、外を確認する。

「ここ二階っすよ、いるわけないじゃないですか?」

「いたんだ、確かに見たんだ。無表情のおっさんが部屋の中をジッと見つめていたんだ」

 千太は青ざめた顔をして、一同に訴えた。

「止せよ、そんなこと言うの」

 長身のかかしが顔をしかめて窘める。

 静まり返る室内。なんとなく嫌な雰囲気が伝染していたその中で、けたたましくユージの笑い声が響いた。

「怖いと思うから何でも怖いと思うんですよ。コンビニの袋が飛んできただけでしょう。馬鹿らしい」

「風なんて吹いてないぜ」

 メイジがいった。

「じゃあ、上の階から下着が降ってきたとか、誰かがフリスビーを投げたとか、車のライトの反射とか、おっさんに似た蝙蝠だとか……とにかく俺は幽霊の存在など信じないね」

「おい、ちょっと待てよ」

 マサルがユージに向かっていった。

「幽霊を信じるかどうかは他所でやってくれ。俺は一刻も早くこの問題を解決したいんだ。邪魔するならどっか行けよ」

「ああ、そうかい。悪かったな」

 ユージは玄関にいる者たちをかき分けて、出て行ってしまった。

 その後姿を見つめ、コンちゃんが鼻を鳴らした。




 つづく

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