「恐ハラ」短編集
kitajin
お笑いホラーライブ・1
あらすじ
若手お笑いコンビのハケンの二人は、結成五年目にして初めて大きなショーレースを勝ち進み、仕事も軌道に乗り始めていた。
そんな折に、ボケ担当のマサルが、自分の部屋で心霊現象に悩まされているということを相方に相談した。
相方のツッコミ担当のユウジは、霊などは信じない性格でバカにしていたが、芸人仲間の霊感の強い女性がいたりして、お笑いのノリで、マサルの家に確かめに行くことになった。
そんな中で、ユージ自身も奇妙な体験をしだすようになっていた。
コンビが売れるかどうかの大事な時期に、心霊現象に悩まされているなんて、と飲み込んでいたユージだが、ついに深夜番組で、マサルのアパートにロケで一晩泊まることになる。
果たして、幽霊の正体とは?そして二人の運命は?
お笑いとホラーの融合の作者おすすめの作品。
1
「……というわけで、ボクは彼女を遊園地に連れて行ったんだよ」
「ほうほう」
「そしたら彼女、ジェットコースターは速いから怖い。メリーゴーランドは回るから怖い。観覧車は高いから怖いなんて言うんだよ」
「ああ、それじゃあ何も乗れないじゃん。何なら乗れるって言うの?」
「係りのお兄さんになら乗れるって」
「下ネタじゃねーか、どんな彼女だ」
ユージがマサルの側頭部を叩いて、観客がどっと笑う。
「仕方がないから、遊園地のレストランに行ったんだけど、メニューを開くと、また、あーでもない、こーでもないとオーダーが決まらない」
「わがままな女だな。そんなの別れちゃえよ」
「それがいい女なんだ。……それでも、俺もさすがにイライラしてきて訊いたんだ。何なら食べられるんだって」
「そしたら?」
「そしたら、あそこのイケメンのボーイさんを食べたいって」
「また下ネタか。もういいや、ありがとうございました」
ハケンの二人が一礼して、お客さんから拍手が起こる中を舞台袖にはけていく。
「おい、ユージ、……機械仕掛けか?のツッコミ、半拍、遅かったぞ」
舞台袖に入った途端にマサルが、ユージに向かっていった。
「あそこな、ワリい。客席がちょっと気になったんだよ」
ユウジは悪びれずに謝った。
「なにが気になった?」
「客席の奥のほうに小さな女の子がいたもんで」
「女の子?あり得んだろ、子連れは入れないはずだぞ」
そこへ○○(まるまる)座の支配人がやってきた。
「お疲れ」
「お疲れっす。支配人、きょう誰か子供を連れて来てます?」
支配人は元芸人、ピントずれ男として一世を風靡した
「いいや、誰も。子供など連れてきてないよ」
露原の言葉に、マサルがほら見ろといった顔でユージを見た。
「どうかしたの?」
露原は二人を交互に見た。
「こいつが客席に小さい女の子がいたっていうもんだから」
「確かにみたんですよ」
ユウジが訴えるようにいった。
「○○座は午後十時以降、十八歳未満の入場は制限しているが、今はまだ午後八時だからね。いても不思議じゃないよ」
今度はユージがほら見ろといった顔でマサルを見る。
「それより君たち、これから週四日出てもらうようにしたから」
露原が話題を変えた。
「マジっすか?」
マサルが驚く。
「ああ、マネージャーにも言っておいたから」
「ありがとうござます、がんばります」
二人は頭を深々と下げた。
「なあ、今日も泊めてくれないか?」
楽屋に帰り、荷物を纏めながらマサルが訊いた。
「またか?お前まだ気にしているのか?」
「気味が悪いんだよ、ラップ音ってやつは」
「今日は
マサルは止まったままユージを見ている。
「信じてないかもしれないけど、ホントに見たんだ。起きたとき、部屋に黒いオッサンみたいながいるのを」
「夢と現実がごっちゃになってんだよ。いるわけないだろ、幽霊なんて」
ユージは鼻で嗤う。
「じゃあ、さっきのお前がみたっていう小さな女の子はどう説明するんだ?この劇場も古いから、昔から出るって噂だぞ」
「バカバカしい。あれは、誰かの子供だよ。劇場で初めて子供を見たからビックリしただけさ。しかも白いワンピースだったし……アパート帰りたくないなら、漫喫とか、個室ビデオにでも泊まれよ」
「金がない」
忌々しいそうにユージが財布をだして、中から千円札を取り出して渡す。
「千円じゃあ、一泊できない」
もう一枚渡して、
「あげるんじゃあないからな、貸すんだけだ。それといつまでもこんなことできないから、マジで自分で何とかしろよ」
マサルは何とも情けない笑みを浮かべて、二千円を握りしめた。
ハケンがコンビを組んだのは今から五年前、事務所の養成所時代であった。
当時ユージ二十一歳、マサルが十九歳で、二人とも地方から出てきて、安アパートに入りながら、アルバイトをしながら養成所に通い、明日のお笑い芸人を目指していた。
二人とも今どきの若者らしく、見た目も悪くなく、お笑いのセンスもそこそこだったので徐々に人気が出はじめて、劇場を中心に活動している。
今はまだアルバイトをしながらの活動だが、徐々に実力が認められ、仕事が増えてきている。
さらに今年は「マン1(まんいち)グランプリ」も準決勝進出を決めていた。
そんな折、ボケのマサルが新しく引っ越したアパートが、いわゆる事故物件で、心霊現象に悩まされているとユージが聞いたのが一か月前であった。
その日、劇場の楽屋で話の流れから、マサルが自分の部屋の心霊現象の話をした。
「ネタになるんだから儲けもんと思って、住みつづけろよ」
楽屋に待機していたカルテットリ
長身で、無表情な案山子に似ているから、事務所の社長からそう命名されたという男である。カルテットリ男はハケンより一年先輩だ。
「嫌ですよ、なんでわざわざ怖い思いしなくちゃいけないですか。絶対に嫌です」
マサルは断固拒否している。
「だからお前たち、いまひとつパッとしないんだ」
同じくカルテットリ男のトウジがいった。小太りの天パーとで特徴的な顔をしている。
あんたらより売れてるわ、と言いたかったがマサルは黙った。
「じゃあ、引っ越せばいいんじゃないか?」
ポンプスのメイジがいった。元自衛隊員という変わり種の芸人だ。メイジは自衛官らしく折り目正しく、筋骨隆々である。
ちなみにポンプスとハケンは同期である。
「それが簡単にできないから困っているんだよ」
マサルは唇を尖らせた。
「女の幽霊じゃない?」
楽屋の隅で話を聞いていた女芸人U・U(ゆーゆー)のコンちゃんがいった。
U・Uは楽屋にいる四組の中で一番の先輩である。
コンちゃんは個性派芸人枠として、若手女芸人の中で頭角を現している。かなりの大柄で、威圧感がある。
「えっ?何ですか?」
マサルが返事をする前にユージが聞き返した。
「だから、部屋にいるの、女の幽霊じゃない?」
実はこのコンちゃん、心霊芸人として、そういう企画の時はよくテレビに出ていた。ユージはこういう話題にコンちゃんが絡んでくるのが気に入らないようだ。
「違いますよ、おっさんの幽霊です、なあ、マサル?」
「あ?まあ……」
しかし、コンちゃんは怯む様子もなく、ジッとマサルを見つめている。
「これは、言おうか言わまいか迷っていたんだけど、あなたに強い霊の力を感じるわ」
「だったら言うなよ……バカバカしい」
ユージは小さな声でつぶやいた。
「おい、やめろよ」
マサルがユージを諫めて、コンちゃんに訊いた。
「それで、……それって、そんなに悪いもんなんですか?」
「たぶんね」
コンちゃんはマジなトーンで返してきた。
「何とかなりませんか?部屋を一度見てもらえませんか?」
「……私、除霊とかできる方じゃないけど、見てみてもいいわよ」
コンちゃんがうなずいた。
「面白そうじゃん、行こうぜ」
二人のやり取りを着ていたカルテットリ男のかかしが叫んだ。
「俺も行きたいっす」
ポンプスのメイジも話にのる。
「何時にする?」
「今夜は?」
「俺バイト」
「じゃあ、明日の晩は?」
「なら、いいぜ」
「おい、ちょっと、遊びじゃないから。俺は真剣にコンちゃんさんに頼んで……」
自分抜きで盛り上がる外野の芸人たちに、困惑するマサルであった。
つづく
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