第96話 大規模調査終了

 新緑の森に新たに生み出された新層の調査が終わったので、私達は新緑の森から、スルーニアに帰ってきた。


「今回は、アイリスとキティも来てくれ。直接、奥を調査したのは二人だからな。二人の見てきた物を、報告してやってくれ」

「分かりました」

「ん」


 今回のガルシアさんへの報告には、私達も同席する事になった。私も今後の事が訊きたいし、丁度良かった。

 私とキティさん、アルビオ殿下で、ガルシアさんがいるギルドマスターの部屋へと向かった。

 途中、受付をしていたリリアさんが私達に気が付いて、腰を浮かせかけていた。私が、手で制止したら、元の業務に戻っていった。

 ただ、リリアさんは落ち着かない様子に見えた。今回は、前回の調査よりも早く終わっているとはいえ、二週間近く掛かっている。リリアさんも寂しく感じているはずだ。時間が合うようなら、ギルドで話せるかな。

 ギルドマスターの部屋には、いつも通りすんなりと通された。アルビオ殿下がいるから当たり前と言えば当たり前なんだけど。


「無事に調査を終えられたようで何よりです」


 ガルシアさんは、そう言って頭を下げた。


「ああ、色々と問題はあったが、何とか調査は終わった。アイリスとキティが、とても重要な情報を得てきた。報告を頼む」

「はい」


 私は、アルビオ殿下から話の主導権を貰う。キティさんが話しても良いんだけど、私の方がこういうことには向いているから、私が報告する。


「まず、追加されたのは全部で八層でした。次に、新しい層の特性ですが、簡単に言えば、瘴気の森でした。最初の四層は、所々に瘴気を出す毒の湖があったのですが、次の四層は、毒の湖も関係なく、階層全体に瘴気が充満していました。一応、確認出来た安全部屋のような場所は、最下層にあるダンジョンの核が安置された遺跡だけです。他に変わった点は、ダンジョンの核が濁っていた事です」


 私が簡単に報告すると、ガルシアさんは、顎に手を当てて考え込み始める。


「ふむ……普通に考えれば、ダンジョンの核の変化が、同時多発スタンピードとダンジョンの変化に繋がっているとなりますね」

「ああ。それに関しては、王都に帰ってからも調べるつもりだ」

「こちらでも、出来うる限りの調査は進めておきます。アイリス、ボスの魔物がどいつか分かるか?」


 ガルシアさんは、私にボスの姿に関して訊いてくる。


「イビル・ツリーを巨大化させた様な魔物です。キティさんが言うには、既知の魔物では無いとの事でした」

「ん。ここの情報にも載っていないと思う」

「そうか。確かに、イビル・ツリーが巨大化したという話は聞かないな。これに関しては、他の冒険者達の報告も待つか。瘴気が充満している階層は、どのくらいで突破出来る?」

「真っ直ぐ階段を目指していくのなら、大体二、三時間あれば確実にボス部屋まで行けます」


 ガルシアさんは、またもや少し考え込む。


「それは、常に浄化しての時間だな?」

「はい」

「アイリスの浄化能力と通常の冒険者達の浄化能力は、比べ物にならない。それを踏まえると、途中に安全部屋が欲しいところだな。まずは、そこの捜索から着手するか」

「それが良いだろう」


 ここで、私達の会話が一度途切れる。その間に、私には一つの疑問が過ぎった。


「ガルシアさんって、剣姫のスキルについて詳しいんですか?」


 それは、ガルシアさんが私の浄化能力について知っていた事だった。スキルを持っている私自身でさえ、その存在を忘れていた『グロウ・サンシャイン』を知っているかのような口振りだったからだ。


「ん? ああ、まぁ、ある程度はな。これでも、ギルドマスターをやっているんだ。そのくらい知っていてもおかしくないだろう」

「でも、最上位スキルなんて、あまり知られていませんよね?」


 私がそう訊くと、ガルシアさんは少しだけ気まずそうにしながら、目を逸らしていた。


「ガルシアさんって、私に何かを隠していますよね?」

「いや……」


 ガルシアさんは、口ごもりながら、やはり目を逸らす。何だか、色々と怪しい。


「ガルシアさん」


 私は、もう一度ガルシアさんの名前を呼ぶ。すると、ガルシアさんは、観念した様に肩を落とす。


「ああ。一つだけ隠している事がある」

「一体何なんですか? それって、私に直接関係するような何かなんですか?」

「ああ、そうだ。俺は、アイリスの両親と友人だったんだ。同じパーティーに所属していたんだ」

「え!? そうなんですか!?」


 思いもしなかった答えに、驚きを禁じ得ない。そんな話、一度も聞いた事なかったからだ。


「何で、話してくれなかったんですか!? 別に隠すような事でもないじゃないですか!?」

「話せば……アイリスは、雇われた理由に、両親の事があったからだと考えるだろう? 実際には、アイリスのことを知ったのは、採用が確定してからだったけどな」

「別に、そんな事考えませんよ。でも、私の事を知ったのは、本当にその時なんですか? お母さん達なら、私が生まれた事を知らせそうなものですが」


 お母さん達の性格からして、私が生まれた事は、知り合い全員に知らせていそうだ。だから、同じパーティーに所属していたというガルシアさんにも知らせが来ていそうだけど。


「ああ、子供が出来た事は知っているが、名前までは知らなかった。ギルドマスターの研修で忙しかったからな」

「へぇ~、じゃあ、剣姫のアーツも知っているんですか?」

「あいつが使っていたのはな。『グロウ・サンシャイン』なんて、滅多に使わなかったけどな」


 新しいアーツを知るチャンスかと思ったけど、そう都合良くはいかなかった。お母さんに教わったのを思い出しつつ、自分でも色々と試さないといけないみたい。まぁ、すぐに必要ってわけじゃないけど。


「じゃあ、お葬式も来ていない感じなんですか?」

「ああ。その時は、スルーニアにいなくてな。すまないな」

「いえ、仕方のない事ですから」


 ガルシアさんの事をお葬式で見ていないと思ったら、本当に来ていなかったみた。事情が事情だから仕方ないけどね。

 ただ、これが本当にガルシアさんが隠していた事なのかが疑問だ。態々隠しておくような事では無いと思うからだ。


「隠している事って、本当にこれだけなんですか?」

「ああ」

「そうですか。分かりました。今後の仕事は、どうすればいいですか?」


 ガルシアさんが隠している事はないというので、今度は仕事の話をする事にした。一応、私とキティさんの仕事は、これで終わりのはずなので、いつ通常業務に移るか訊いておかないといけない。


「アイリスには、一ヶ月の休みを与える。キティも同様だ」

「え!? 一ヶ月もですか!?」

「ああ。一ヶ月もだ。前回と今回の分を合わせた休暇だ。かなり長期の休みになるが、丁度いいだろう。最近は、ギルド内の業務以外で忙しかったからな。しっかりと身体を休めてくれ。また、目の下に隈が出来ているぞ」


 ガルシアさんが目元を指さす。私は、思わず自分の目元を触ってしまう。


「そんな出来ていますか?」

「ん。でも、ダンジョン内での睡眠で、充分に取れていないのが原因。今回は、発作も起こってないから、悪夢が原因では無い」

「そうか。発作はなかったのか。それは良かった。次の出勤日は、リリアに知らせる」

「分かりました。では、失礼します」


 私とキティさんは、ここでギルドマスターの部屋を後にした。


 ────────────────────────


 アイリスとキティがいなくなった部屋で、アルビオとガルシアは、話を続けていた。


「良いのか? 本当の事を教えないで」


 アルビオが言っているのは、両親の死因の事だった。さらに言えば、自身の呪いにも関わる事だ。


「はい。今、伝えるべき事ではないかと。正直、私から話すつもりはありません」

「そうか。なら、俺も、それに倣おう」


 アルビオもガルシアとの共犯になる事を決意した。呪いで苦しんでいるアイリスを、追い詰めるような真似は、アルビオとしても不本意だからだった。

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