第95話 アルビオ殿下への報告

 遺跡の中で、体力と魔力を回復させた私達は、『グロウ・サンシャイン』を使って、上層へと向かい始めていた。大体、半日くらい休んでいたから、戻る予定の時間よりも、かなり掛かってしまっている。早く戻らないと、皆、心配するかもしれない。

 途中で襲ってくるイビル・ツリーは、キティさんが『フォーカス・アロー』で、魔石を砕いて倒してくれた。私の後を付いてきた時も、こうして倒していたらしい。


「キティさんがいると、かなり楽になりますね」

「ん。これからも頼って」

「はい」


 一緒に付いてきた事を叱ったけど、実際、キティさんが一緒にいてくれると、かなり頼もしかった。

 そうして、二時間掛けて、ようやく瘴気が薄いアルビオ殿下達がいる階層まで戻ってくる事が出来た。


「ようやく『グロウ・サンシャイン』を解除出来ます」


 私は、ため息をつきながら、『グロウ・サンシャイン』を解除する。私達を照らしていた光が消え去っていく。


「安全な場所に移動したのに、あの光がなくなると、少し不安になる」

「ずっと守ってくれていたものですからね。確かに、なくなると不安です。もしかしたら、心の安寧にも繋がる光だったのかもしれませんね。だから、私も小さいときにお母さんにせがんでいたのかも?」


 やけにお母さんにせがんだ記憶があったけど、あの光に安心感を得ていたと考えれば、そうしても仕方なかったのかな。


「アイリスのお母さん、一度だけ見たことある気がする」

「え!? そうだったんですか!?」


 今まで聞いたことがなかったので、びっくりしてキティさんに詰め寄る。いきなり顔を近づけられたキティさんも驚いていた。


「ん。でも、遠目に見ただけ。アイリスの家の肖像画を見て思い出したのを、今の話で思い出した。肖像画よりも綺麗な人だった」

「ふふふ、自慢のお母さんだったんですよ。優しくて、温かくて、強くて、良い匂いだったんですよ!」


 私がそう言うと、キティさんは優しく微笑みながら、私の頭を撫でてくる。


「アイリスは、本当にお母さんが好き」

「勿論! いつでも大好きなお母さんです!」


 お母さんを褒められた私は、嬉しくなって上機嫌だった。


「ん。私は、母親とかを知らないから、その気持ちはよく分からないけど、アイリスが好きだっていうのは分かる」

「あ……」


 ここで、私はキティさんがガルシアさんに拾われて、こっちに来た事を思い出した。お母さんの事で浮かれて、少し無神経になっていた。


「すみません……」

「ん。気にしてない。捨てられなかったら、アイリスやリリアに出会えなかった。それを思えば、捨てられて良かったとさえ思える」


 キティさんの目や表情には、憂いなどの感情は一切なかった。本当に気にしていないみたいだ。


「それなら良いんですが……」

「ん。だから、そんな暗い顔しない。私は、アイリスの笑顔や嬉しいときの顔が好き」


 キティさんは私の頬を包んで、少し上方向に持っていく。そうして、無理矢理笑顔を作られた。その後に、そのままの状態で、自分から笑うと、キティさんは耳をピクピクと動かして、尻尾も左右に揺らしていた。

 そんなこんなで、私達はアルビオ殿下達がいる安全部屋に戻ってきた。


「アイリス! キティさん!」


 ちょうど安全部屋の外周にいたサリアが、私達を見つけて駆け寄ってきた。


「二人とも無事で良かった。一日経っても帰ってこないんだもん。心配したよ」


 サリアはそう言って、私に抱きついてきた。本当に心配していたんだと思う。


「ごめん。少し、予想外の事が起こってね。でも、おかげで情報は掴めたよ」

「別に、そっちの心配はしてないけど。まぁ、それは良かったけど。アルビオ殿下は、いつもの天幕にいると思う」

「分かった。ありがとう、サリア」


 私達は、サリアと別れて、アルビオ殿下がいる天幕へと移動した。中に入ると、アルビオ殿下とライネルさんが、何やら話し合いをしている最中だった。

 二人は、入ってきた私達に気付いた。


「アイリス、キティ。無事だったか。今、捜索班をどう編成するか話し合っていたところだったが、何事もなくて良かったぞ」


 アルビオ殿下は、安心したようにそう言った。私達の帰りが遅かったから、態々瘴気の中を捜索する班を編制しようとしていたらしい。でも、一つだけ気になる事があった。


「もしかして、お二人とも、キティさんが付いていくことを知っていましたか?」


 二人ともキティさんがいなかった事に動じているような様子がなかった。普通だったら、キティさんがいた事に安堵しそうなものだけど、その素振りもなかった。

 私が二人を見ながら訊くと、二人ともサッと眼を逸らした。これは、絶対に知っていたな。


「止めなかったんですね?」

「いや、キティの申し出も分からないでもなかったからな。『グロウ・サンシャイン』の効果範囲も分かっていると言っていたから、取りあえず、もしものような事はないと判断した」


 アルビオ殿下は、もっともらしい答えを言ってきた。


「それならそれで、私に伝える事も出来ましたよね?」

「まぁ、絶対に反対すると思ったからな」

「だったら、キティさんを押しとどめとくべきだったのでは?」

「だが、その様子だと、キティがいて助かったのだろう?」

「うぐっ……」


 何故か、アルビオ殿下にキティさんに助けられた事を見抜かれてしまった。確かに、結果的には良かったのは、そうなんだけど。


「キティさんが来てくれたのは、本当に助かりましたが、それはそれ、これはこれです。もし、キティさんが『グロウ・サンシャイン』の範囲から出てしまったら、どうするつもりだったんですか?」

「いや……絶対にそんな事にはならな……」

「可能性としてはありますよね?」

「ま……まぁな」


 アルビオ殿下は、たじたじになっていた。第二王子相手に、すごい不遜な態度となっているけど、ここはこの態度を崩してはいけない。キティさんが、危ない目に遭う可能性だってあったんだから。


「結果的に助かっていますが、色々と問題もあるかもしれなかったんです! 取りあえず、今度からキティさんと行動する事になりましたが、今度からキティさんに関する事は、私を通してください!」


 私が胸を張ってそう言うと、アルビオ殿下とライネルさんは、若干呆れの目線になっていた。


「まぁ、分かった。それで、探索の結果はどうだ? 瘴気のない階層は見つけたか?」

「ああ、その事ですが、ここから下に瘴気が充満していない階層はないです。ここから四層くらい降りましたが、その最後の階層がボス部屋でした。後、そのひとつ前の階層から、イビル・ツリーが出て来ていました。瘴気に耐性があったみたいですね。そのイビル・ツリーを、何倍にもした黒い大木の魔物がボスでした」


 私の説明にアルビオ殿下は、少し思案顔になった。


「……なるほどな。新層の奥は、さらに過酷な環境になる可能性があるか。他に、何か変わった事はなかったか?」

「ダンジョンの核が濁っていた」

「「!?」」


 キティさんの報告に、二人が驚愕する。


「ダンジョンの核の変異か。新層が増えるきっかけは、それの可能性が高いな。それと同時多発スタンピードの関係性も考えた方が良さそうだ。それは、王都に戻ってから、全ギルドに依頼を出すとするか」

「それが良いかと」


 アルビオ殿下とライネルさんは同じ意見だった。ちゃんと調査の進展があったため、それに安堵しているようにも見える。


「二人ともご苦労だったな。一日休んでくれ」

「分かりました」

「ん」


 私とキティさんは、自分達のテントに向かった。そして、ご飯も食べず、早々に眠りについた。遺跡だと、まともに眠る事も出来なかったし、仕方ないね。


 ────────────────────────


 アイリスとキティが戻った後、アルビオとガルシアは、話し合いを続けていた。


「スルーニアの冒険者は、どのくらいの練度がある?」

「少なくとも、火山地帯のダンジョンは、攻略出来ないでしょう。環境が過酷すぎます。対応出来る冒険者が育つのは、時間が掛かるでしょう」

「王都の冒険者の派遣も考えるか。ここら辺は、父上とも話し合う必要がありそうだな。後は……アイリスの機嫌だが……」

「大丈夫じゃないでしょうか。これで、本当にキティに何かあれば、アイリスも怒りを露わにしていた可能性がありますが、二人とも無事です。結果論にはなってしまいますが」


 ライネルの言葉に、アルビオも頷く。


「少し早まったな」

「ですが、キティのあの剣幕では、頷かざるを得ないでしょう。本気でアイリスを心配している事が伝わってきました」

「そうだな」


 アルビオは若干の後悔を残しつつも、実際に二人が無事だった事に、再度、安堵した。

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