第93話 キティとの共闘

 キティさんの握る魔力弓に埋め込まれた炎属性の属性石が赤く輝く。そして、キティさんが番えていた魔力の矢が、炎の矢へと変化する。


「『ディフューズ・アロー』」


 拡散した炎の矢が、こちらに襲い掛かろうとしていた木の根を焼き尽くしていった。私達を囲っていた木の根の一角が崩れたので、そこを使って、包囲網から抜け出していく。


「木の根は任せて」

「はい」


 現状、アーツが使えない私よりも、弱点属性である炎属性を使えるキティさんに任せる方が、戦いやすくなる。


「この根っこの持ち主は?」


 キティさんは、近くに現れた木の根を撃ち抜きながら、そう訊いてきた。


「確認していません。私も入口に立った瞬間に引き込まれたので」

「ん。見て慌てた。じゃあ、持ち主捜しから」

「はい。キティさんは、この根っこが、どの魔物かご存知ですか?」

「見たことも聞いたこともない。恐らく、新種」

「またですか……」


 ライネルさん達なら知っている可能性もあるけど、キティさんは知らない魔物のようだ。これが本当に新種だとすると、トレント・サハギンに続き、また遭遇したという事になる。運が良いのか悪いのか、どう判断すればいいのだろうか。


「アイリス『グロウ・サンシャイン』の範囲にいないということは、少なくとも、すぐ近くにはいなかったということ。ここは、まっすぐ奥を目指すのが良い」

「では、その方向で行きましょう」


 私達は、入口の向かい側に当たる場所の方に進んで行く。すると、あからさまに木の根による妨害が増えた。数が多すぎるので、キティさん一人では対応しきれない。私も攻撃をしてくる根っこを斬り裂いていく。

 キティさんも根っこを炎に包んでいった。


「どれだけいるんですか!? この根っこは!?」

「分からない」


 私とキティさんは、背中合わせで立つ。その周囲には、大量の根っこが飛び出してきていた。


「これでは、根っこの持ち主まで向かえません」

「ん。ちょっと強引にいく」

「強引に?」

「ん。『アロー・レイン』!!」


 キティさんは、炎属性の矢を空に放つ。放たれた矢は、空中で魔法陣へと変わって、炎の矢の雨となり、根っこ達を襲う。私達の周囲が炎の壁になった。

 そして、キティさんは、根っこの持ち主がいると思われる方を向いて、魔力弓を引き絞る。


「『アロー・キャノン』」


 キティさんが放った炎の矢は、赤い極太の光となって、一部の根っこ達を根刮ぎ消滅させた。


「走る」

「はい!」


 キティさんが開けた道を、私達は全力で走っていく。その道からは新たな根っこが出てこなかった。


「倒した直後なら、その場所に根っこは生えないみたいですね」

「ん。でも、短い時間で復活する」


 キティさんがそう言った直後、背後で根っこが顔を出す音がした。さらに、私達の進む道の両脇からも大量の根っこが現れ、私達に襲い掛かる。


「キティさんは気にせず走ってください!」

「ん!」


【剣舞】を最大まで活かして、キティさんの周りを舞うように動き回り、襲い掛かる根っこを斬り裂いていく。そうして進んで行くと、正面に大きな黒い木が見え始めた。


「あれが、根っこの持ち主でしょうか?」

「その可能性は高い」


 私とキティさんがそう話した瞬間、正面から、複数の根が絡まり一本にまとまって、私達に向かって突き出された。極太の槍となった根っこにキティさんが魔力弓を構える。


「『フォーカス・アロー』」


 キティさんが放った歪な炎の矢は、根っこの槍とぶつかると、それを削っていった。槍よりも、キティさんの矢の方が強いようだ。

 魔物は、余程近寄って欲しくないのか、今度は分厚い根っこの壁が作られた。キティさんが炎の矢を撃ち続けるけど、全く削りきれない。


「ん。硬い」

「周りを回り続けましょう。どこかに、薄いところがあるかもしれません」

「ん」


 私達は、攻撃を続けながら、黒い木の周りを走り続ける。すると、一箇所だけ、他と構成が異なる根っこの壁がある事に気が付いた。近くに大きな岩があるので、同じ構成に出来なかったみたいだ。


「キティさん!」

「ん! 『フォーカス・アロー』!」


 歪な炎の矢が、壁を削っていき、小さな穴が出来る。私達は、そこに飛び込んでいく。

 すると、黒い木の姿がはっきりと分かるようになった。それは、先程のイビル・ツリーの三倍以上の大きさをしていて、その顔は、イビル・ツリーよりも凶悪だった。


「キティさん!!」

「ん! 『アロー・キャノン』!」


 極太の赤い光が、黒い大木の魔物に命中する。黒い大木の魔物の一部が削れて、激しく燃え上がる。かなりの深傷を負わせたとおもったけど、黒い大木の魔物は、身体の一部から樹液のようなものを放出して、消火していた。

 同時に、根っこが周囲から現れて、キティさんに殺到する。その攻撃は、私が許さない。キティさんの周りを縦横無尽に動き回り、根っこを斬り刻む。


「アイリス、こいつ、私じゃ無理」


 キティさんが困った顔をしながら、そう言った。自分の攻撃手段では、倒せないという事を言っているのだ。今の攻撃を防がれてしまったので、そういう風に思ってしまったのだろう。


「大丈夫です。キティさんなら、倒せます」


 私は、何の根拠も無しにそう言う。


「キティさんの力を一番知っているのは、キティさんです。どう組み合わせて、どう扱えば良いか。それが分かるのもキティさんだけです」


 私は、木の根の攻撃から、キティさんを守りながらそう言う。


「私だって、倒せるわけないと思った戦いに勝ってきました。それは、運が良かったというものもありますが、自分が使える力をどう使うか考えて戦ったからです。それなら、キティさんも出来るはずです!」


 これは半分嘘で半分本当だ。実際は、そこまでしっかりと考えて戦えていない。出たところ勝負が常だ。その時その時で、自分が使えるスキルを使ってきただけだ。


「諦めたら、そこで成長は止まってしまいます。キティさんが、本当に強くなりたいと思うのなら、ここが正念場です。諦めず、自分の力をどう使うか考え続けてください!」


 そこからは、全く喋ることが出来なくなった。敵の攻撃が苛烈になっていったからだ。ここから、キティさんを信じて戦い続けるしかない。

 ただ、そろそろ『グロウ・サンシャイン』が限界に近い。こうなったら、私も限界を超えるしかない。せめて、キティさんが、あの魔物を倒すまで。


 ────────────────────────


 アイリスが、キティの周りを動き回り、木の根による攻撃を防いでいる間に、キティは、どうすれば黒い大木の魔物を倒せるかと考えていた。


(アイリスは、ああ言ってくれたけど、本当に、私にあいつを倒せるの……? 私が使えるスキルなんて、魔弓術くらい。他は、基礎的な力を上げるようなスキルばかり……)


 アイリスと違い、キティが持つ武器系統のスキルは、弓術と魔弓術しかない。その中で、どうにかして目の前の黒い大木の魔物を倒さねばならなかった。


「……限界まで、魔力を高める」


 キティは、魔力弓に魔力の矢を番える。そして、そこに炎属性と持てる限りの魔力をつぎ込む。矢に注ぎ込まれた魔力が異常に高まり、『フォーカス・アロー』を使った時よりも、矢の形が大きくなり、さらに歪になっていく。


(う……これを維持するのは難しい。けど、ここで諦めちゃダメ。アイリスも言っていた。諦めないで、耐える)


 キティの額から、脂汗が出て来る。それだけ限界ギリギリまで、魔力を高めているのだ。

 そして、キティは、大きく息を吸う。


「『フォーカス・アロー』!!」


 放たれた矢は、先程の『アロー・キャノン』より一回り小さい矢だった。だが、内包されている魔力の量は桁違いだ。それに感づいた黒い大木の魔物が根っこを集中させて防ごうとする。しかし、その前に、跳び上がってきたアイリスが根っこを斬り刻む。

 黒い大木の魔物は、盾を壊されて、初めて焦った顔を見せる。その額に当たる部分にキティが放った矢が命中する。命中した矢が、樹皮を削り、大きな穴を開けていく。

 そして、真ん中近くまで潜った矢は、そこで激しく燃え上がる。その炎は、黒い大木の魔物を内側から焼き付くしていく。黒い大木の魔物が悲鳴を上げていく。

 炎は、黒い大木の魔物を包み込み、全体を焼き尽くす。途中、先程と同じように樹液を使って消火をしようとしていたが、炎の勢いが強く、消火が出来なかった。

 そうして、黒い大木の魔物は倒れた。


 ────────────────────────


 黒い大木の魔物が倒れた結果、周辺の根っこも全て動かなくなった。


「やりましたね、キティさん!!」

「ん。疲れた」


 キティさんは、若干、顔色が悪い。魔力を消費しすぎたのだ。


「ここで、キティさんに悪いお知らせがあります」

「ん?」


 キティさんは、首を傾げながら私を見る。


「『グロウ・サンシャイン』を維持するのが、もう限界です。早く、安全な場所を探さないといけません」

「……アイリス、あっち」


 キティさんが指を指す方を見ると、少し遠くに建物のような場所が見えた。見た感じ遺跡って言った方が合っている気がする。


「瘴気を弾いているように見えますね。行きましょう」

「ん……」


 キティさんが歩き出そうとすると、ふらっと蹌踉けてしまっていた。私は、キティさんの傍でしゃがんで、背中を向ける。


「乗ってください。運びます」

「ん。ありがとう」


 キティさんが私に背中に乗る。軽いキティさんを背負って、私は遺跡の方に走っていった。

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