第92話 瘴気に満ちた階層

 キティさんの元に帰ってきた私は、少し暗めの顔になっていた。これから、キティさんに伝えないといけない事を思えば、仕方ない。


「アイリス、お帰り」

「ただいま、キティさん」


 キティさんが笑顔で迎えてくれた。でも、すぐに首を傾げた。私の顔が暗かったからだ。


「どうかした?」

「ええっと……キティさんに、少しお話があるんです」

「ん、何?」


 私は、キティさんの正面に座る。キティさんは、ジッと私の事を見ていた。話をちゃんと聞こうとしてくれているのだ。


「えっと、実は、さっきの話し合いで、この先の様子を確かめる事に決まったんです」

「瘴気をどうにかする方法が見付かった?」

「いえ、私が一人で見に行くことになりました」


 私がそう言うと、キティさんはすぐに顰め面に変わった。


「反対。私も行く」

「ダメです。私一人の方が、身軽に動けますから。あの場で、本当に自由に動けるのは、私だけなんです。アルビオ殿下達も苦渋の決断をしてくれました」

「……でも、心配」


 キティさんは悲しげな顔になる。同時に、耳と尻尾も悲しげに伏せられる。本当に私の事が心配なんだ。

 私は、キティさんの頬に手を当てて、しっかりと正面を向かせる。そして、しっかりとキティさんの目を見る。


「キティさん。これまでも、こういう危ない事態になっても、無事に戻ってきました。だから、大丈夫です。必ず、キティさんとリリアさんの元に戻ってきますから、行かせて下さい」

「…………」


 キティさんは困った顔をする。私を行かせるかどうかを悩んでいるのだ。


「分かった。でも、ちゃんと帰って来て。じゃないと許さない」


 キティさんは、少し頬を膨らませてそう言った。私は、キティさんを引き寄せてぎゅっと抱きしめる。


「はい。絶対帰ってきます。約束です」

「ん」


 キティさんは、私の背中に手を回して、ぎゅっと抱きつく。本当は、私と同行したいと思い続けているのだと思う。でも、私が言った一人で行った方が身軽という言葉を受け止めてくれているのだろう。今回は、聞き分けが良くて助かった。

 キティさんは、これ以上我が儘を言うことなく、ただ私に抱きついている。私は、このことに感謝しないといけない。

 その後、テントの中でしっかりと睡眠をとってから、キティさんと一緒にアルビオ殿下の元に向かった。


「アイリス、準備は大丈夫か?」

「大丈夫です。食糧も持ちましたし、水も充分にあります」

「そうか。弓はいるか? 遠距離攻撃の手段があった方が良いだろう?」

「いえ、使い慣れている剣と槍だけで充分です。では、行ってきます」

「ああ。無理はするなよ」

「はい!」


 私は、アルビオ殿下への挨拶を終えて、安全部屋の範囲外近くまで移動した。キティさんは、私を見送るためにそこまで付いてきてくれる。


「アイリス。危険だと思ったら、すぐに帰ってきて」

「はい。分かりました。じゃあ、行ってきます」

「ん。頑張って」


 キティさんはそう言って、最後にぎゅっと抱きしめられた。私もキティさんをぎゅっと抱きしめる。そして、同時に離れ、手を振って別れる。

 私は一人で、瘴気が充満している階層に向かって行く。『グロウ・サンシャイン』を使っておくのも忘れない。

 そして、下の階層へと続く階段に辿り着いた。


「ここからが本番か……よし、頑張ろう!!」


 私は瘴気が充満した階層へと降りて行く。一応、次の階層までの道は分かっているので、真っ直ぐ向かえる。僅か三十分で、次の階層まで降りることが出来た。そのため、次の階層の調査に掛ける時間が十分にある。


「さてと……向こうは、前に来た時に調べたから、今度はあっちを調べよう」


 私は、まだ調べていない場所を調査しに向かう。その間も、魔物の姿は無かった。


「やっぱり、瘴気が蔓延しているから、魔物はいないみたい。でも、瘴気に対応した魔物とかいないのかな? 色々な魔物がいるし、そういう魔物がいてもおかしくないと思うけどなぁ」


 そんな事を言いながら、駆け足で周囲を探っていく。私の周りには瘴気が来ないから、見える範囲は大体、新緑の森の上層と同じくらいある。

 そうして、三十分間探していると、下り階段を発見する事が出来た。


「この前は、真反対を探していたんだ。時間的には、まだあるから、このまま下に行こう」


『グロウ・サンシャイン』は、まだ保つので、すぐに階層を下がっていく。問題は、その階層が瘴気に満たされているかどうかだ。そろそろ瘴気も無くなっていてくれないかなと思いながら、階段を抜けると、再び瘴気に満ちた階層に出た。


「う~ん、ここまで大体一時間で行けそうかな。次は、この階層の下に行く階段を見つけないと」


 私は、再び駆け足で階段を探しに向かう。だが、ここで、これまでの階層と違う事が起こる。

 近くにある植物が動き出したのだ。鞭のようにしなった枝が襲い掛かってくる。私は、すぐに雪白を抜いて、枝を斬り裂く。


「魔物!?」


 私は、動き出した木を見る。その木は、今まで生えていた木よりも禍々しい見た目をしていた。さらに、茶色い幹が、真っ黒になっていて、顔のように見える。

 名前をイビル・ツリーという。普段は、暗い森の中に生息する魔物らしいけど、瘴気にも耐性があったみたいだ。

 イビル・ツリーは、枝を振り回して攻撃してくる。私は、その枝を全て斬り飛ばしていく。『グロウ・サンシャイン』を使っているため、今はただの剣術しか出来ない。

 枝を斬り飛ばしつつイビル・ツリーに接近して、斬りつける。雪白の斬れ味のおかげで、イビル・ツリーの幹の半分まで斬ることが出来た。


「幹が太いから、一回で斬り倒す事は出来ないのか……もう反対側から!」


 イビル・ツリーの攻撃をくぐり抜けて、斬れていない幹のもう半分を斬りつける。イビル・ツリーは、斬りつけた幹から倒れていった。


「もう少し簡単に倒せると良いんだけど……」


 私は、効率の良い木の切り方を考えつつ、先を目指していく。そして、イビル・ツリーとの戦闘が六回程続いた時、イビル・ツリーを素早く倒す事が出来るようになった。


「イビル・ツリーの魔石の位置が分かったのは、大きかったね。これなら、もっと遠くまで探す事が出来る!」


 私は、襲ってくるイビル・ツリーを返り討ちにしながら、次の階層への階段を探す。一時間程探していると、また下り階段を見つける事が出来た。


「そろそろ、時間が迫ってる……下を確認して、瘴気が充満していなければ、一端休憩しよう。そうじゃなかったら、すぐに上まで戻ろう。ここまで、安全部屋を見つける事は出来なかったし」


 取りあえずの方針を決めて、私は下へと降っていく。降った先にあったのは、瘴気に包まれた階層だった。


「一体、いつまで瘴気に包まれた階層が続くの……」


 私がそう言った瞬間、地面したから現れた根っこが、私の足首を掴んだ。


「!?」


 私の足首を掴んだ根っこが、私を振り回す。そして、遠心力を載せたまま地面に叩きつけられる。


「うぐっ……」


 私は、そのタイミングで根っこを斬る。解放された私は、雪白を構えたまま、次の攻撃を警戒する。私の見える範囲に、イビル・ツリーは見当たらない。


「一体どこから……」


 そう言った瞬間に、地面のあちこちから、根っこが飛び出てきた。根っこは、一斉に私に襲い掛かってくる。私は、その全てを斬り裂く。


「一旦退こう」


 私は、この階層に入ってきた入口に向かおうとする。しかし、地面から現れた根っこが入口を塞いだ。


「!?」


 私は、雪白で根っこを斬り裂いて、道を開こうとした。しかし、根っこの密度が異常に高く、いくら斬り裂いても入口が見えない。


「これは……まずいかも」


 私がそう呟くと同時に、目の前の根っこが激しく燃え上がった。


「え!? 雪白に、そんな効果あったっけ……」


 本当に唐突に燃え上がったので、雪白に隠された能力があったのかと思ってしまう。


「アイリス! こっち……!?」


 燃え上がった根っことは別の根っこが、燃え盛る根っこの向こうから、何かを捕まえて引っ張ってきた。こっちに吹き飛んでくる何かを受け止める。それには、猫の耳と尻尾が生えていた。


「キティさん!?」


 根っこが引っ張ってきたのはキティさんだった。


「どうしてここにいるんですか!?」

「付いてきた」


 確かに、やけに聞き分けが良いとは思っていたけど、まさか黙って付いてくるとは思わなかった。


「きちんと約束したじゃ無いですか!?」

「アイリスは、約束を破ってしまうことが多い。だから、付いてきた。それよりも、今は、この状況をどうにかする」


 既に入口は完全に塞がっている。これは、根っこの主を倒すしかなさそうだ。


「後で、お説教ですからね!」

「嫌だ」


 そんなやり取りをしつつ、私達は、それぞれの得物を構える。周囲には、大量の根っこが地面を突き破って出てきていた。

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