第91話 難所

 新階層の調査は、着々と進んでいった。今は、元最下層から、四階層下の安全部屋で休憩を取っていた。今は、アルビオ殿下とライネルさんと話し合いの最中だ。


「ここまで降りてきたが、階層が広くなったような感じはしないな」

「全体を調べられたわけではありませんが、最下層と同じような広さかと思われます。全体の調査は、後日、我々冒険者が行う事になるでしょう」

「その時までは、はっきりとしたことは分からないか。まぁ、良いだろう」


 何故、私がここにいるのだろうと、疑問に思っていると、二人の視線が私に集中した。


「アイリスはどう思う?」

「私は、ダンジョンを二つしか知らないので、何も言えないです」

「そういえば、そうだったな。だが、何か気が付いた事などはないか?」


 アルビオ殿下とライネルさんは、素人意見を訊きたかったみたい。時には、素人の先入観の無い意見が、重要な何かに近づける事もある。まぁ、そうそうないと思うけど。


「モンスターの強さが、それほどでもないとかですかね」

「強さが? いや、確かに、環境に溶け込むことが出来るという面だけで、それほどの強さはないな。他のダンジョンでは、上位種などが出て来てもおかしくないが、ゴブリン達の上位種も出てこないしな」

「そういったダンジョンでは、基本的にボスが強くなる傾向がありますね。ここ新緑の森も同じです」


 ライネルさんが、そう説明してくれた。

 新緑の森は、ゴブリンやコボルトばかりが出て来る。その中に上位種は存在しない。そして、ここのボスであるゴブリンキングは、かなり強い魔物だ。

 今回は、数で押し勝ったけど、冒険者達が、実際に戦うときは、大体四から六人のパーティーで戦う事になる。今回のように、簡単には倒せないだろう。


「そう考えれば、この新しい階層のボスも同じように、強いボスとなるだろうな。ボスに挑むかどうかは、その姿を確認してから決めるとしよう」

「そうですね。そもそも、この新しい階層が、どのくらいあるのかも分かりませんけど」

「アイリスの言うとおりだな。ある程度の予測は立てたいところだが……」


 未だに、新しい階層の最下層には辿り着いていない。目的地が最下層である以上、私達は最後まで突き進むしかない。


「仮に二倍に増えているとすれば、ここも三十三階層ある事になりますね」


 ちょっと巫山戯て、私がそう言うと、アルビオ殿下とライネルさんの顔が強張った。私が言った可能性を考えてしまったみたい。


「その可能性も考えておくか。後は、アイリスの体調なんかだな」


 私が呼ばれた一番の理由は、これみたいだ。


「特に変わりありませんけど」

「そうか。何か変化があれば言ってくれ。すぐに調査を中断する」

「え? でも……」

「体調が悪い状態で、無理をさせるような事は出来ないからな」


 この新しい階層内での、命綱は私の『グロウ・サンシャイン』だ。だから、私の体調には一際気を配っているんだ。


「わかりました。帰りもありますからね」

「そういう事だ。取りあえず、話し合いはここまでだな。ゆっくり休んでくれ」

「はい」


 私は、二人に礼をしてから、キティさんのところに帰っていく。


 ────────────────────────


 それから三層程降りていくと、周囲の雰囲気ががらりと変わった。私の『グロウ・サンシャイン』の範囲外全てが瘴気で覆われていたのだ。


「この階層全てに瘴気が蔓延している」

「そうですね……これは、安全部屋すらない可能性も……」


 さすがに、キティさんの顔にも焦りが浮かんでいた。ここに来る前に安全部屋で休んでいるとはいえ、制限時間は四時間程だ。安全部屋すらない可能性と次の階層がどうなっているか分からない事を踏まえると、色々とまずい。

 これからどうするのだろうと思っていると、アルビオ殿下がこっちまで来た。


「アイリス、無理を前提として、どのくらい保つ?」

「五時間から六時間です。正直、厳密には分からないです」

「分かった。五時間は行けるという事だな。二時間で次の階層を見つけられない場合、一度引き返すことにする!! いいな!!」

『はっ!!』


 ここからの方針も決まったところで、私達は移動を始める。


「ここの敵は、どんな敵になるんでしょうか?」

「ん。さすがに、今までの敵も瘴気の近くにはいなかった。だから、瘴気に適応した魔物か、そもそも敵がいないかの二つ考えられる」

「後者だと、楽でいいですね」

「あんた達、呑気ね……」


 私とキティさんが、そんな話をしていたら、マインさんが呆れ顔でそう言った。


「そもそも、瘴気がこの階層全部を覆っている可能性もあるのよ? 怖いと思わないの?」

「怖いと言えば怖いですけど、私の力で抑えられますし」

「ん。アイリスがいるから、大丈夫」


 私達がそう言うと、やっぱりマインさんが呆れ顔になった。

 そのまま進んで行くと、一時間半で下への階段を見つける事が出来た。


「運が良かったな。階層を降りて、次の階層の様子を確かめるぞ」


 アルビオ殿下の言葉に皆が同時に頷いて、下へと降りていく。すると、下も同じく瘴気が蔓延している階層だった。


「アルビオ殿下、どうなさいますか?」


 ライネルさんがアルビオ殿下に意見を訊いた。


「……次の階層を探す。だが、一時間だけだ。一時間が経ち次第、上層へと引き返す。無理をさせて済まないが、頼んだぞ、アイリス」

「分かりました。任せて下さい」


 一時間掛けて、その階層を探索したけど、結局下への階段を見つける事は叶わなかった。私達は、急いで上層の安全部屋まで戻っていく。

 そして、再び、話し合いという名の会議が行われる。


「さて、あの階層をどう突破するかが問題だな」

「全員まとまっておく必要があるので、どうしても移動速度が遅いままになります。やるとしたら、地道に進んで行くくらいです」


 アルビオ殿下とライネルさんがそう話していた。その間に、私はある事を思いついた。だが、これは絶対に反対されてしまうだろう。


「アイリス、何か案はあるか?」

「えっと……一つだけ」


 私がそう言うと、アルビオ殿下とライネルさんが話を聞く態勢になった。私は怒られる覚悟で、案を話す事にする。


「私が一人で探しに行くって案なんですけど」

「何!?」


 私が思った通り、アルビオ殿下の眼がつり上がった。

 瘴気が蔓延している階層では、一度も戦闘が起こらなかったので、恐らく魔物はいない。だから、私一人で回ることも出来ると考えたのだ。


「私一人だったら、『グロウ・サンシャイン』を使いながらでも、今までより移動速度を上げることが出来ます。探索だけなら、私一人の方が効率が良いのではないでしょうか?」

「…………」

「…………」


 アルビオ殿下とライネルさんが黙り込んで考える。私の案を馬鹿馬鹿しいと一蹴しないということは、二人とも私の案を真面目に考えてくれているということだ。

 ただ、もう一つだけ心配なことがある。この案が通った場合、キティさんにも伝えないといけない事だ。

 二人は、効率や最善策などを考えて、決断をするけど、キティさんはそんな事ないと思う。私一人だけ危険な事をするのを、許してくれるわけがない。

 そんな事を考えていると、二人が決断したみたいだ。


「アイリスの案を採用する。ただし、無理はするな。何か異変があれば、すぐに戻ってこい。良いな?」

「はい!」

「ライネルは何かあるか?」

「いえ、言いたい事は、アルビオ殿下がおっしゃりましたので、私からは何も」

「よし。後の問題は、キティだな」


 アルビオ殿下も、キティさんの説得が最難関だと考えているみたい。


「キティさんは、任せて下さい。アルビオ殿下達が何かを言うよりも、私から話した方が納得して頂けると思います」

「そうか。なら、頼んだ。一応、他の者達にも伝えておく」

「はい。分かりました」


 私は、アルビオ殿下達と別れて、キティさんの元に向かう。

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