第86話 ボス戦前の休憩
新緑の森の中を突き進む私達は、僅か三日で最下層まで降りてくる事が出来た。人数が増えた事と調査を行わなくて良いことが大きな要因だ。
最下層で一日休憩をしてから、ボスであるゴブリンキングの討伐だ。
私はテントの中でキティさんと一緒に横になっていた。
「アイリスは緊張してる?」
「? 何がですか?」
突然キティさんがそう訊いてきた。でも、問われた内容がよく分からず、聞き返すことになった。
「ボス戦。ゴブリンキング」
キティさんは、私がゴブリンキングとの戦いで緊張するかどうかを訊いてきていたみたい。
「全然していませんよ?」
これは事実だ。一度戦っているからか、沢山の仲間がいるからか分からないけど、一切緊張していない。
「キティさんは、緊張しているんですか?」
こんなことを訊いてくるということは、キティさんは緊張しているのかもと思って訊いてみた。私の予想は、私同様に緊張していないという答えだ。キティさんなら、こういうときでもケロッとしていそうだもん。
そう考えながら、キティさんの事を見ていると、キティさんが少しだけ目を伏せていた。
「してる」
「そうなんですか!?」
驚いて思わず身体を起こした。それに釣られたのか、キティさんも身体を起こす。
「ん。私は戦闘職員をしているけど、さすがにボスを倒すなんて事はしたことがない。この前のジェノサイドベアも、実は初めて戦った」
「それはそうですよ。ジェノサイドベアは、個体自体が珍しいですから。二頭も出て来ていたのは、異常ですよ」
私がそう言うと、キティさんはしょんぼりとしてしまう。
「私は、あいつらに勝てなかった。でも、アイリスは一人で勝った。それに、アイリスはゴブリンキングやトレント・サハギンにも一人で勝ってる」
「全部苦戦してはいますけどね」
「それでも勝ってる。私は、勝ったことはない」
キティさんは、かなり弱気になっていた。いつものキティさんじゃないみたいだ。私がいる時は、基本的にお姉さんのように振る舞っている感じがしていた。実際、私よりも年上だし、経験もあるので、お姉さんで間違ってはいないんだけど、今は、年相応の女の子みたいだ。
初めてのボス戦の緊張で弱気になっている感じかな。私は、キティさんの身体を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫ですよ。キティさんは強いです。きっと、あれから隠れて、修行とかをしていたんですよね?」
「何で、知ってるの?」
私に抱きしめられているキティさんは、私を見上げながら驚いていた。
「キティさんの事ですから、きっとそうだろうと思ったんです。のほほんとした雰囲気ですけど、本当は凄く真面目な方だって事も知っていますから」
キティさんは、調査の時に色々な事を教えてくれた。それは、キティさんが培ってきた経験だ。そして、それを完璧に覚えて、自分の糧にしている。のほほんとして何となくやっている人には、絶対出来ない事だと思う。
そんなキティさんだから、この前負けた事を反省して、さらに強くなろうとしていたのではないかと思ったんだ。そして、それはキティさんの反応から正解だったって事が分かった。
「私は、スキルに恵まれているという点が、すごく大きいんです。武器系統スキルは、基本的に最上位のものですから」
これは本当の事だ。今使っている【剣姫】や【槍姫】の他にも、私には最上位スキルがある。その武器を持っていないから使っていないけど。
「でも、使いこなすことが出来ているから強い」
「それもごく最近の事ですよ。何度も言っているかもしれませんけど、学校では不真面目な生徒でしたから。だから、一度失敗して、反省したキティさんなら、前よりも強くなっていますよ。だから、いつもみたいに、もっと自信を持ってください」
そう言って微笑みかけると、キティさんが顔を赤くして私の胸に埋まる。まぁ、そこまで胸がないから、ほぼほぼ丸見えなんだけど。
「ちょっと元気出た」
「良かったです。それに、今回は沢山の人がいるので、そんな苦戦する事はないと思いますよ」
「ん」
キティさんはしばらくの間、私の胸に顔を埋めたままだった。そんなキティさんの背中に手を回して、頭を優しく撫でていく。さりげなく耳も触っておこう。
こうしてキティさんを抱きしめていると、こんな小さな身体で、今まで一人で生きてきていたんだなと感じる。しかも、これでも私よりもお姉さんなんだもんね。だから、私を安心させようと強気でいたりしていたんだ。
今のキティさんが素のキティさんなのかな。甘えたがりで可愛い……
そんなキティさんが、何かもごもごとしていた。
「?」
どうしたんだろうと思っていると、顔を赤くしたキティさんが胸から顔を離して、私を見上げる。
「アイリス、好き」
ぼそっとそう言うと、ぷいっと顔を背けた。顔を真っ赤にさせているし、多分、本心からの言葉なんじゃないかな。それと感謝の気持ちも含めているんだと思う。
そんなキティさんの姿を見て、心がキュンキュンしたのを感じた。初めての感覚だけど、自然と顔がニヤけてしまう。
「私も大好きですよ!」
そう言って、ぎゅっと抱きしめる。すると、それが嬉しいのか、耳がピコピコと高速で動く。丁度耳が私の顎付近にあるので、耳による高速ビンタをされている感じだ。でも、ふわふわの耳なのでこそばゆいだけで済む。
私が少し力を緩めると、今度はキティさんの方から、私の首筋に顔を擦りつけてくる。それだけならくすぐっただけで済むんだけど、途中で首筋をペロッと舐められた。
「ひゃっ!?」
「ん?」
少し高めの声が出たら、キティさんが首を傾げる。私が声を出した意味が分かっていないんだと思う。キティさんはおもむろに私の顔に自分の顔を近づけていく。そして、私の頬も舐めてくる。
「キティさん!?」
「ん? 何か変? 猫人族は、こうやって愛情表現する」
何で急に舐められているんだろうと思っていたけど、これが愛情表現の一種だったらしい。
「そうなんですか。人はあまりそう言った事……しないのかな?」
恋愛経験がなさ過ぎて、これが人の間で普通なのかどうか分からない。
「帰ったら、リリアさんに訊いてみましょう」
「ん」
そう言っている間も、キティさんがペロペロと舐めてくる。このままだと全身を舐め尽くされるかもしれない。
私からも舐めた方が良いのかとも思ったけど、ちょっとだけ恥ずかしいので受け身に回ることにした。
こんな感じなら、キティさんは結婚の話をしても、平然と受け入れそうだ。そうなると、リリアさんはどうなんだろうか。私の事情とかを全て無しにして考えて、リリアさんは私と添い遂げてくれると言ってくれるのかな。
この調査が終わったら、リリアさんとキティさん、二人にあの話をしよう。そして、私の事情抜きに結婚してくれるかも訊いてみよう。
アルビオ殿下に提案されてから、ずっと悩んでいたことだけど、やっと覚悟が決まった。
「キティさん」
「ん?」
舐めている途中で呼び掛けたからか、舌がちょろっと出ている状態で、キティさんが首を傾げる。可愛い。
「大好きです。心の底から」
「ん。私も大好き。リリアも好き」
「そうですね。リリアさんも大好きです」
私とキティさんは、そう言い合って、互いに笑う。お互いにリリアさんの事が好きだと分かったからだ。
何だか、ちょっと恥ずかしい話をしてしまったような気もするけど、結果として、キティさんの緊張が解れたみたいだから、結果オーライかな。
「それじゃあ、そろそろ寝ましょうか」
「ん」
私達は、いつも通りに抱き合って眠りについた。
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