第79話 新緑の森(2)

 初日の行程は、五層までで終了した。意外と進まなかったと思っていたら、寧ろ、初日で五層までいけるのが普通ではないらしい。基本的にキティさんの正確な射撃とマインさんの魔法で苦労せずに倒せたのと、大規模な群れに遭遇しなかった事が大きいみたい。

 今は、安全部屋でテントを張って休んでいた。新緑の森の安全部屋は、この前のダンジョンみたいに、本当の部屋みたいになっているわけじゃない。冒険者達の調査によって判明した安全部屋になる範囲に目印の棒が立っているだけだ。ちょっと、不安もあったけど、長年の探索の末に判明している事なので、大丈夫だろう。


「あのダンジョンよりも容易に進む事が出来ていますね」

「ん。地図もあるけど、魔物の数が向こうに比べて少ない。それが一番の要因」

「なるほど」


 私とキティさんはテントの中で横になっていた。今は、アルビオ殿下とライネルさんが見張りをしている。見張りは、男性組で交代して行うらしく、私達は長めに休むようにと言われた。人数が多い故に出来る事らしい。ただ、増えたのはアルビオ殿下とサリアだけなので、男性は一人増えただけなのだけど。


「そろそろ寝る。しっかりと休むのも重要」


 キティさんはそう言って、私にしがみついた。そうすると、私が安眠出来るので、私と寝るときの癖になっているみたい。どのみち、寝ている間に私が抱きしめているから、キティさんからしがみつかなくても同じ事になるんだけど。


「分かりました……おやすみなさ……い……」

「ん。おやすみ」


 私はキティさんを抱きしめて眠りにつく。


 ────────────────────────


 二日目。眼を覚ますと、目の前でキティさんの耳が小さく揺れていた。私は思わず、パクリと先端を咥えてしまう。


(柔らかい……)


 少しの間感触を楽しんでいると、唐突にキティさんに胸を揉まれた。


「ひゃっ!?」


 いきなりの事で、変な声が出てしまった。キティさんの耳から離れて顔を覗くと、ジト眼でこっちを見ていた。


「勝手に耳を咥えた罰」

「お、起きていたんですか?」

「ん。咥えられたちょっと後に起きた。放っていたら、いつまでも咥えられていそうだから、反撃した」

「あはは……ごめんなさい」

「ん」


 素直に謝ったら、キティさんは許してくれたみたいで、ぎゅっと抱きついてきた。可愛いので、私も抱きしめ返す。二人で抱きしめ合った後は、服を着替えて外に出る。焚き火の傍には、マインさんとサリアがいた。


「意外と早く起きたのね。水を溜めておいたから、あそこで顔洗ってきなさい」


 マインさんが、安全部屋の端の方を指さしてそう言った。そちらを見ると、岩で出来た容器に水が溜まっていた。キティさんと二人でそちらに向かって顔を洗う。

 先に私が洗って顔をタオルで拭いていると、顔を洗い終わったキティさんが首をぷるぷると振って水気を飛ばした。私の真横で。


「……キティさん?」

「あっ……ごめん……」


 キティさんは、すぐに謝る。そのキティさんの顔をタオルで軽く拭いてあげた。


「しっかりとタオルで拭いてくださいね」

「ん」


 キティさんのいつも通りの返事だけど、なんとなくしっかりとした返事ではないように思えた。つまり、またどこかでやる可能性があるということだ。


(私が気を付けないと。家ではタオルを使ってくれているけど、外だとテンションが上がるとかなのかな)


 そんな事を思いつつ、マインさんの元に戻る。


「あなた達って、本当に仲が良いわね」


 マインさんに褒められた(?)私とキティさんは、二人揃って胸を張る。


「そんなところで、無い胸張ってないで、早くご飯食べちゃいなさい」

「胸がないのはお互い様なんじゃ……」

「何か言った?」

「何でもないです!」


 マインさんの眼に殺意が宿っていたので、すぐに撤回しておいた。マインさんに胸の話はダメだ。殺される。そして、サリアの呆れた目線も突き刺さった。「こいつはいきなり何を言っているんだ」って感じだ。ちなみに、キティさんは我関せず、焚き火の傍に座っていた。私もその横に腰を下ろす。


「そういえば、ミリーさんは、まだ寝ている感じですか?」

「いや、そろそろ起きてくると思うわよ。さっきもぞもぞ動いていたから」


 マインさんがそう言った直後、テントが開いて、ふらふらのミリーさんが出て来た。


「おは……よう……ございます……」

「おはようございます、ミリーさん。大丈夫ですか?」


 私がそう訊くと、ミリーさんは手を振って大丈夫という感じを出していた。どう見ても大丈夫ではない。倒れたら、すぐに動けるようにしないと。そんな心配をよそに、ミリーさんはふらふらの足取りのまま転ぶ事無く、顔を洗いに向かった。


「大丈夫よ。さすがになれているもの。時々すっ転ぶけど」

「それは大丈夫じゃないのでは……」

「冒険者が転んだくらいで大騒ぎするわけないでしょ。ほら、温め終わったわよ」


 マインさんはそう言って、温めたスープを取り分けてくれた。


「マインさんって、良いお嫁さんになりそうですよね」

「いきなり何を言っているのよ……」


 マインさんに怪訝な表情で見られた。素直な感想を伝えただけなのに。そんなこんなで、朝ご飯を食べていると、安全部屋の外からクロウさんとドルトルさんがやって来た。

 そういえば、二人が見張りの時間なのに、安全部屋の中にいなかった。二人の手に水を入れた容器があるから、マインさんに見張りを任せて、水を汲んできていたんだ。


「後は、殿下とライネルさんを待つだけか。アイリスとキティ、サリアは、水筒の水、大丈夫か?」

「私は大丈夫です」

「大丈夫」

「大丈夫です」


 アルビオ殿下とライネルさんが起きてくるまでの間、私達は出来る限りの出発の準備を整えておいた。二人が起きて、朝ご飯を食べ終えると、調査場所である二十八階層を目指して出発した。

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