第44話 お迎え

 頑張って定時で仕事を終わらせた私は、キティさんを迎えに病院に向かった。リリアさんは、家で退院と歓迎の記念パーティーを行うために、準備をしてくれている。キティさんが喜んでくれるか分からないけど、せっかくだからお祝いしたいって、リリアさんと話し合って決まった事だ。


「あっ、キティさん」


 病院の中に入ると、待ち合い場所にキティさんが座っていた。その傍には、アンジュさんもいる。


「もう、ここにいたんですね。まだ、病室かと思っていました」

「ん。アイリスが来る前に、手続きを終わらせてた。もう、すぐに出る事が出来る」


 キティさんは、入院時に使っていた荷物を手に立ち上がる。隣に座っていたアンジュさんも立ち上がった。


「一応、検査の結果は正常だけど、しばらくは普通に生活をして、様子見をしてね。最低でも、一週間は安静に生活すること。仕事なんてしちゃダメよ」

「分かってる」

「アイリスちゃんも、ちゃんと見張っておいてね」

「はい。ちゃんと見ておきます」


 キティさんに念押ししつつ、私にも監視を頼んだ。アンジュさんは、キティさんが言いつけを守りそうに無いと思っているのかも。まぁ、私もキティさんは、動き回りそうって思ったけど。


「じゃあ、そろそろ行きましょうか。アンジュさん、ありがとうございました」

「ありがとう」


 私とキティさんは、アンジュさんに頭を下げる。


「医者として当たり前の事をしただけだから。アイリスちゃんも、何かあったら、すぐに病院に来てね。特に悪夢関係なら尚更ね」

「はい、分かりました」


 アンジュさんに小さく手を振ってから、病院を出て行く。外に出て、少しするとキティさんが口を開いた。


「アイリスの家は、どこら辺にあるの?」

「そういえば、伝えていませんでしたね。東通りを進んだ途中を曲がったところです」

「そうなんだ。私の家の反対側だ」


 キティさんの家は、西側にあったっぽい。確かに、西側の開発問題は、街中でも噂が広まっていた気がする。


「そういえば、お金はどうすればいい?」

「お金?」


 私とキティさんは、同時に首を傾げる。


「家賃」

「要りませんよ?」


 私達の間で、沈黙が生まれた。


「お金欲しさに、キティさんと住もうなんていったんじゃないですよ。私が一緒に住みたいから、ガルシアさんの提案に乗ったんです」

「むぅ……それだと、私は、貰ってばかりになる。アイリスとリリアとは、対等でいたい」


 キティさんは、尻尾を一振りしながらそう言った。


「でも、リリアさんからもお金は頂いていませんし……どうしましょうか……?」


 キティさんの言っている事は分かると言えば分かる。でも、私はお金を取る気はない。何かいい考えはないものかと、周りを色々見回す。すると、ピコピコと動く、耳に眼がいく。


「じゃあ、キティさんの耳と尻尾を触らせてくれませんか?」

「えっ!?」


 キティさんは、一気に顔を赤く染めた。すごく驚いているみたいだ。目の前で動いていて、少しだけ気になっていたから、触ってみたかっただけなんだけど。もしかしたら、獣人族の人に対してそう言うのは、かなり失礼な事だったのかな。でも、それだと赤くなる理由が分からないよね。


「えっと、全然ダメならいいんですけど」

「ん。獣人族の中で、耳や尻尾を触らせてって言うのは、プロポーズになるらしい。親代わりが言ってた」

「うぇ!? そうなんですか!?」


 知らぬ間に、キティさんにプロポーズしていたみたい。思わず、こっちも顔が赤くなる。獣人族にそんな風習があるとは知らなかった。


「でも、アイリスになら触らせてあげても良いよ」

「本当ですか!?」

「ん。アイリスにそんな意図がない事は知っているし」


 キティさんの耳と尻尾を触らせて貰える事になった。少し恥ずかしいことを言ってしまったことになったけど、それは考えないようにしよう。そして、開き直って触らせてもらおう。


「ここが、私達の家ですよ」


 そんなこんなで、家まで辿りついた。


「意外と大きい」

「一応、世帯向けの家ですからね。じゃあ、中に入りましょう」


 扉を開けて、中に入る。


「ただいま」

「お邪魔します」

「違いますよ、キティさん。ここは、もうキティさんの家でもあるんですから」


 私がそう言うと、キティさんは、一瞬きょとんとした後に、気恥ずかしそうに、


「ただいま……」


 と言った。


「おかえりなさい、キティさん。こっちです」


 キティさんをリビングに案内する。リビングへの扉を開けて、中に入る。


「おかえり! 二人とも!」


 帰ってきた私達を、笑顔のリリアさんが迎えてくれた。


「料理も出来てるよ。手を洗ったら、早速食べよう!」

「はい」

「ん」


 私とキティさんは、洗面所で手を洗う。そして、リリアさんが用意してくれた食事を皆で囲む。


「明日は、私達二人揃って休みだから、キティさんの荷解きを手伝えるよ」


 キティさんの荷物を部屋に運んではいるけど、それを配置したりはしていない。キティさんの私物なので、私達が勝手にやるのはダメだと思ったからだ。


「ん。ありがとう。後、キティで良い。リリアとは、同い年みたいだから」

「そう? 分かった。じゃあ、そう呼ばせてもらうね。それで、明日は荷解きなんだけど、キティのベッドが用意出来てないんだ」

「そうなの?」


 キティさんが、私に確認をする。


「はい。キティさんが、どんなベッドを使うか分からないので、一緒に買いに行こうと思いまして」

「じゃあ、私は、床?」

「いいえ! さすがに、そんなこと言いませんよ! 一応、ベッドを買うまでは、私達と同じベッドで寝て貰おうって話になっています」

「三人で同じベッド?」

「はい。私達二人でもかなり余裕がありますから」


 私の両親のベッドは、リリアさんと二人で寝ていても、まだ余裕があった。なんで、こんなに大きなベッドにしたのか分からないけど、今、役に立っているから有り難いかな。


「私は、リリアさんと一緒に寝ないと、悪夢を見てしまうので、ずっと一緒に寝ないといけないんです」

「そういえば、そんなこと言ってた。でも、ダンジョンに行くときは、どうするの?」

「へ?」


 キティさんの言葉に、少し呆けた声が出てしまう。


「調査任務は、周辺調査の他に、ダンジョン調査もある。これは、新しいダンジョンが出来たときか、ダンジョンが変異してしまったとき、何かしらの異常があったときに、何層か調査するっていうのがある。時々、深くまで調査することもあるけど、それは極希。基本的には、浅い場所での調査になる。でも、その期間は、少し長めになってる。つまり、泊まりが普通って事」


 そういうことをするって話は聞いたことあるけど、完全に失念していた。


「そういえば、そういうのがありましたね……どうしましょう?」


 ちょっと困った事が出来てしまった。一日二日なら、もう慣れちゃったから、寝られなくても問題ないけど、それよりも長くなると、少し厳しいかもしれない。


「キティと一緒に寝るのは、ダメなのかな?」


 リリアさんが、そう提案した。その提案に、眼をぱちくりとする。正直、あまり考えていなかった。リリアさんと寝れば大丈夫だったから、他の人との検証はアンジュさんとしかやっていない。


「キティさんとですか? 寝てみないと分からないですね」

「じゃあ、ベッドを買ったら、検証してみないとだね」

「そうですね」

「ん」


 私達は、リリアさんの料理に舌鼓を打ちつつ、色々な話をした。そうして、私達は、十分に打ち解けることが出来た。


 それぞれで、お風呂に入った後、寝室に向かって三人で並ぶ。順番は、リリアさん、私、キティさんの順だ。いつも通りリリアさんのおかげで、すんなりと眠りにつくことが出来た。


 ────────────────────────


 アイリスが寝た後、リリアとキティは、まだ起きていた。


「アイリスは、いつもこんな感じ?」


 アイリスは、寝入る寸前に一瞬だけ魘されそうになっていた。すかさずリリアが抱きしめる事で、落ち着いて眠りについた。


「そうだね。とにかく抱きしめて上げる事が、効果的って感じかな。時々、発作的に起きる悪夢の蘇りも同じように抱きしめる事で、安心させられるよ」

「私がやっても効果があれば、アイリスも安心して仕事とかが出来るかもしれない」

「うん。私もそうだと、嬉しいかな。どんな時でも私が一緒にいられるわけじゃないから」


 リリアがいない場所で発作を起こされてしまうと、リリアが落ち着かせる事は出来なくなる。それは、キティがいても同じ事なのだが、一人と二人では、カバー出来る範囲が異なってくる。


「私がいる事でアイリスちゃんが落ち着くって効果も、いつまで続くか分からないし、早く治ると良いんだけど。呪いばかりはね……」

「呪い……」


 キティの顔が、少しだけ沈んだ表情になった。でも、すぐに元の無表情に戻る。そして、まっすぐリリアの眼を見る。


「私もアイリスを支えられるように、頑張る」

「うん。一緒に頑張って、アイリスちゃんを支えてあげよう」


 アイリスの知らないところで、二人の絆が少し深まった。

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