第二章 ダンジョン調査

第43話 いつもの日常と変わった事

 受付に復帰してから、一週間が経った。私は、今もギルド職員として、忙しなく働いている。そして、今日は、待ちに待った特別な日だ。その理由は、機能回復訓練を終えたキティさんが、ようやく退院するからだ。でも、すぐに職員として復帰するわけじゃなく、しばらくの間は、普通に生活して様子を見ることになるみたい。一ヶ月近くも寝たきりだったから、それも仕方ない。これからは、私の家で暮らすことになるので、何かがあっても気付く事が出来ると思う。その点では、ギルドマスターの提案に載って良かったと思う。


 キティさんの退院に間に合うように、私の家の一室を片付けて、ギルドに置いてあったキティさんの荷物を運び入れておいた。私の家は、二階建てだから、部屋自体は余っている。二階の方は、全く使っていなかったから、これを機に大掃除を敢行した。サリアも動員した大掃除は、まさかの一日で終了した。そもそも、そこまで物がなかったし、定期的に掃除もしていたので、あまり汚れていなかったのだ。


 キティさんが、家に来るという緊張と嬉しさで、少しそわそわしながら仕事をしていると、リリアさんが、ニコニコとしながら、頭を撫でてきた。


「そんなに楽しみなの?」

「そうですね。ちょっと緊張しますけど、すごく楽しみです!」

「色々と頑張ったもんね。私達の寝室も二階に移したり、結構大変だったけど」


 利便性をあげるために、色々と模様替えもした。私達の寝室だった一階の部屋は、武器とか防具とかを置く場所に変えた。リビングに置いておくと物騒だからね。それに、武器を置いておくなら、二階よりも一階の方が便利なはずだから。


「ウキウキなところ悪いけど、仕事はきちんと進めて欲しいわね。終わらないようだったら、残業になるかもしれないわよ」


 いつの間にか、私達の後ろに、カルメアさんが立っていた。表情は笑顔だけど、


「うっ……ごめんなさい」

「まぁ、キティが退院するのは、確かにめでたいことだけどね。事が事だから、必要最低限のサポートはさせて貰うわ。何かあったら、私に言ってね。ギルドマスターに掛け合ってみるから」

「はい。ありがとうございます」


 キティさんの家が取り壊しになったのは、ギルドのせいではないんだけど、守り切れなかったのも事実みたいで、ガルシアさんが責任を感じていた。今回の事は、総じて、領主が悪いはずなんだけどね。ここの領主は、本当にクズみたいで、この前のスタンピードの時も一目散に、自分だけ逃げていったみたい。一緒に領軍もついて行かないといけなかったから、援軍として領軍がやってくるのも無かった。


「キティさんが、仕事に復帰出来るのは、いつ頃になりそうなんですか?」

「キティが、日常生活を問題なく送れるくらいになるまでは、絶対に無理ね。それが確認出来て、復帰のための試験を突破することが出来れば、復帰してもらうという感じかしらね」

「復帰のための試験があるんですね?」


 私は、そんな試験を受けていないので、少し驚いた。


「今回ばかりは必要だろうって事で、ギルドマスターが設けたのよ。怪我が治っていて、普通に動ける状態でも、上手く立ち回れない状態で調査に向かわせる事は出来ないってね。こればかりは、私も賛成ね。キティは長い間眠ったままだったから、身体が鈍っている可能性が高いもの」

「なるほど。私は、一、二週間で退院していますし、あまり身体も鈍っていませんしね」


 ガルシアさんが言いたいことは、よく分かる。また、あんな事になって欲しくないという思いは、私にもあるから。特にキティさんは、動かなかった期間が長かったから、万全の状態になっていて欲しいんだと思う。


「アイリスも、またあんな事にならないように、訓練を受け始めたでしょ?」

「もしかして、あの訓練って、キティさんで言う試験と同義だったんですか!?」

「一応、基礎能力を上げておくって意味合いが込められてはいるけど、そんな感じね」


 これから先も周辺調査などをやることになるので、もう不覚を取らないように訓練を受け始めた。訓練の内容は、対人戦をこなして、自分のスキルの使い方を学んでいくというものだった。ただ、この訓練には少し問題があって、普通の戦闘職員さん達だと、私の相手にならなかったのだ。魔物との戦闘を経て、スキルがほんの少し馴染んだ私は、今までよりも強くなってたみたい。実際、身体を動かしてみたら、感覚が少し違った。いつもよりも、相手の動きがよく見えるし、自分の動きも素早く正確になっていた。


 担当していた職員さんに、ギルドに所属している戦闘職員には、もう負ける事はないと言われた。私が成長したということもあるけど、剣の最上位スキル【剣姫】を持っているから、当然といえば当然なのかもしれない。


 そして、私と戦える相手がいないことを知ったガルシアさんは、何故か自ら相手に立候補した。さすがにガルシアさんの手を煩わせるのも悪いと思って断ろうとしたけど、せっかくだから稽古を付けて貰えばいいと、カルメアさんも言うので、取りあえずお願いしてみた。そして、つい先日にガルシアさんとの訓練を行った。


 ────────────────────────


 ガルシアさんと一緒に向かった先は、ギルドの地下にある修練所だった。ここは、ガルシアさんの前に、戦闘職員の人達と訓練を行った場所だ。修練所の天井、床、壁は、特殊な素材で出来ていて、魔法などでも余程の威力がない限り、壊れないようになっているらしい。さらに、この内側に特殊な結界も張られていて、剣や魔法で攻撃をされても怪我をしないようになっていた。傷の代わりに、精神が削られるみたい。死ぬんじゃなくて気絶するという形だ。私は、まだ気絶した事は無いけど。


「よし、やるか!」


 ガルシアさんは、私にギルドの備品である木刀を手渡してくれる。でも、ガルシアさんは、何も手に持っていない。


「ガルシアさんは、何も持たないんですか?」

「ん? ああ、俺は、素手で相手をする」


 私相手なら、素手で十分って事なのかな。なんとなく、ムカッときてしまった。私だって、最上位スキルを持っている剣士なのに、私にだけ剣を持たせるなんて、馬鹿にしていると思う。


「ほら、いつでも掛かってこい」

「行きます!」


 初っ端から【疾風】を使って、ガルシアさんに急接近する。そして、接近する途中で、再度風を纏い、高く飛び上がる。ガルシアさんの真上まで上がり、落下の勢いを乗せて、木刀を叩きつける。


「!?」


 私の一撃を、ガルシアさんは、手の甲で受け流していった。


 スキル【受け流し】。剣、徒手に関わらず、相手の攻撃を受け流しやすくなる。また、どうすれば受け流せるのかが分かるようになる。ただし、受け流せるかどうかは、使い手の技量による。


 受け流された私の木刀は、地面に吸い込まれていく。私は、木刀が地面に当たる直前に、木刀を反転させて斬り上げる。身体にかなり負荷が掛かるけど、なんとか斬り上げることが出来た。だけど、その攻撃すらも、ガルシアさんは、易々と受け流した。


「……!!」


 私は、威力の乗った一撃ではなく、【剣舞】で流れるように動きつつ連続攻撃を仕掛けた。縦、横、斜め、あらゆる角度から、連続で攻撃を繰り出しつつ、細かく動き回って、同じ場所に留まらないようにする。ほぼ全方位からの攻撃すらも、ガルシアさんは、次々に受け流していく。軽くフェイントを入れても、無駄だった。私の攻撃の全てが見えているかのように、受け流される。


 さすがにおかしい。いくら受け流しのスキルがあるからって、ここまで攻撃の全てを受け流せるわけがない。私の攻撃は、どんどん加速していっているのに、ガルシアさんは、ずっと付いてきている。その顔に焦りは一切無い。このまま戦っても、確実に勝てないと思う。なら、これまでと違う戦い方をすればいい。


 私は、最初に行ったように、上から剣を叩きつける。当然、ガルシアさんは、これを受け流そうとする。木刀とガルシアさんの手の甲が触れあう寸前で、私は木刀から手を離す。


「!?」


 これには、ガルシアさんも驚いていた。私は、空中にいる間に身体を回転させて、ガルシアさんの頭に向かって回し蹴りを見舞う。突然の回し蹴りにガルシアさんは、受け流しではなく、防御で対応した。【武闘術】【剛力】が乗った私の蹴りは、ガルシアさんの腕を軋ませた。


「ぐっ……」

「やああああああああ!!」


 私は、素早くもう片方の脚で、反対側から蹴る。ガルシアさんは、私の脚を掴み取り、軽々と私の身体を持ち上げて、壁に向けて投げつけた。


「あっ!」


 ガルシアさんが、やらかしたと言いたげな顔になる。思いっきり私を壁に投げつけているから、当然かもしれないけど。でも、私はそんなんじゃやられない。


「よっ!」


 空中で、身体を捻って、上手く脚から壁に着地する。そのまま【疾風】を発動して、壁を蹴り、ガルシアさんに突っ込む。そして、ガルシアさんにぶつかる前に、身体を反転させて、【疾風】を纏った蹴りをお見舞いした。


「ふん!!」


 ガルシアさんは、私の蹴りに合わせて、拳を振うことで迎え撃った。なんと、ガルシアさんは、風で威力の上がった私の蹴りを、ただの拳で相殺したのだ。異常なまでの膂力だ。私が追撃を行おうとすると、ガルシアさんが手を前に突き出した。多分、待てって意味だと思う。私は、地面に立って止まる。


「よし! 今日は、これで終わりだ」

「ありがとうございました」


 今回の訓練は、これで終わりみたい。短い訓練だった気がするけど、中身が詰まった良い訓練だった気がする。


「こんなに戦えるなら、他の職員では、荷が重いのも当然だな。俺も仕事があるから、毎回相手出来るわけではないが、時々訓練は行おう。俺も身体が鈍っているから、調子を取り戻すのに丁度いい」

「これで、鈍っているんですか? 正直、勝てないと思いましたけど」

「何言ってるんだ。俺の方が結構危なかったぞ。太刀筋は、かなり良い。連続攻撃も一つ一つが、重い物になっていた。最初の一撃も、まともに受ければまずかったしな。最後の木刀を手放して、素手で攻撃してきたのも相手の意表を突くのも、まぁまぁ良い判断だ。だが、自分で武器を捨てるという危険性は、考慮しておけ」

「はい」


 意外と、ガルシアさんを追い詰めることが出来ていたって感じかな。ただ、一つだけ納得いかないことがある。


「でも、私の攻撃は、ほとんど受け流されてしまいました。ガルシアさんを追い詰めたって感じはしないんですが……」

「それは経験の差だな。俺は、色々な戦場を渡り歩いた経験がある。戦闘の勘ってのは、経験がものをいうからな。これから、戦いを重ねれば、アイリスも相手の攻撃を事前に察することが出来るはずだ。俺は、そうしてアイリスの攻撃を捌いていた。ただ、捌くのに必死だったがな」

「そんな感じですか?」

「そんな感じだ。さっ、上に戻るぞ」

「はい」


 こうして、ガルシアさんとの最初の訓練が終わった。私は、ガルシアさんの強さの秘密に最上位スキルが関わっていると思って、訓練の後にそれとなく訊いてみたら、素手攻撃のスキルは、私と同じ【武闘術】だった。他にも、スキルはあるみたいだけど詳しくは教えてくれなかった。相手の実力が全て分かっているとは限らないから、実力の分からない敵と戦う練習だって言われた。微妙に納得しがたいけど、納得せざるを得なかった。


 ────────────────────────


 二回目の訓練は、まだ未定だけど、もう少し善戦出来たら良いかな。私がガルシアさんとの訓練を思い出していると、カルメアさんに書類で頭を軽く叩かれた。


「もうすぐ、終業時間だから、もう少し頑張りなさい。定時で上がれば、キティの退院時間に間に合うはずよ」

「はい、分かりました」


 私は、依頼書複写の仕事をテキパキと進めていく。きちんと定時に上がって、胸を張ってキティさんを迎えに行くために。仕事の進みが遅くて残業して遅れたなんて事になったら、恥ずかしいし……

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