第42話 平和に暮らしたい

 ギルドマスターの部屋に着くと、扉をノックする。すると、すぐにガルシアさんから、入って良いとという返事がきた。


「失礼します」

「おう、来たか。座ってくれ」


 いつものソファに座って、話を始める。


「今回来てもらったのは、他でもない、アイリスの意思を聞きたい」

「意思ですか?」

「ああ、アイリスは、うちの数少ない戦闘職員だ。だが、これまで色々とあっただろう? アイリスが、もうやりたくないというなら、その職務を無くす事が出来る。ただ、その分、給料は減ってしまうけどな。すまないが、そこだけは、特別扱い出来ない」


 ここで、もうやりたくないと言えば、周辺調査の任から解放されて、普通の職員として働くだけになる。今までの私の状態を顧みれば、戦闘職員をやめるのが普通だ。だけど、私は……


「続けます」

「キティに悪く感じているなら、それは気にしなくて良いんだぞ。キティ自身もそう思っているはずだ」


 ガルシアさんは、キティさんが続けるということを聞いて、私が続ける選択をしたという可能性を考えているようだった。確かに、キティさんが関係ないと言えば嘘になるかもしれない。でも、それが全てというわけじゃない。


「いえ、これは、私が決めたことです。この街を、私の大事な人達を守りたいですから。そのために、調査は重要ですし」

「本当に良いんだな?」

「はい」

「分かった。だが、基本的に、アイリスの体調を優先するぞ。ただでさえ、呪いに掛かって大変なんだ。せめて、解呪してやりたいが、ギルドは、教会と仲が悪いからな。それに、最上級の呪いを解く金額をおいそれと出すわけにもいかない」


 私の解呪となると、ギルドの資金がほとんど使われかねない。正直、こればかりは、私も頼むことが出来ない。


「基本的には、キティと組んでもらう事になる。その方が、二人ともやりやすいと思うからな。キティが、退院するまでは、周辺調査の仕事はないと思ってくれていい。後は、アイリスに呪いを掛けた奴の調査だが、進展はない。悪夢を見始めた時期を考えて、入院中にやられているはずなんだが、見舞いに来ているのは、リリア、サリア、カルメアの3人だけだからな。他の者となると、調べるのに時間が掛かる」


 私の悪夢が呪いだということは、主治医であるアンジュさんの他に、リリアさん、キティさん、サリア、カルメアさん、ガルシアさんの五人が知っている。伝えた方がいい人に伝えたという感じだ。

 その中で、ガルシアさんは、呪いを掛けた者を調べるといってくれたのだ。自分のところの職員が狙われた可能性があるからかな。自分じゃ、どうやっても調べられないので、有り難い。


「最後に、アイリスに頼みがあるんだが……」


 ガルシアさんは、少し言いにくそうにしている。そんなに頼みにくいことなのかな。少し気になる。


「何ですか?」

「ああ、出来ればで良いんだが、キティを家に住ませてくれないか?」

「えっ? キティさんをですか?」


 キティさんは、確か、スルーニアの端っこの方にあるぼろ屋に住んでいるだったはず。どういうことなんだろう。


「ああ、キティが住んでいた場所なんだが、街の開発のために取り壊しになった」

「えっ!? キティさんが住んでいるのにですか!?」

「ここ一ヶ月以上、キティは入院し続けて帰っていないだろ? 元々、領主があの辺りを開発したかったのもあって、キティのいない今の内に強行したんだ」

「最低ですね」


 領主は、各街に一人いる街の運営者だ。なので、街を開発するために、土地の一部を取り壊すこともあるけど、住人がいる場所を取り壊すことは、普通しない。多分、そこに住んでいたのは、キティさんのみだったんだろうけど、普通は、キティさんに交渉してからやるはず。


「キティは、頑なに拒んでいたからな。自分は、街の端っこにいた方が良いと思っていたくらいだからな」

「それじゃあ、キティさんの荷物は!?」

「こっちで回収した。ギルドの一室に保管してある。ただ、すぐに住居を用意する宛がない。キティは、街の中心部で暮らすことに抵抗があるから、端の方を見繕ってやりたいんだが、あいにく、物件がなくてな。心を許しているアイリスの家なら、住んでくれるかと思ったんだ」


 確かに、キティさんは、自分が獣人で、街の皆に嫌われていることを実感していた。ギルドで働いて、その評価が覆ってきているものの、最初に受けた嫌悪を含んだ視線は消えることがない。だからこそ、キティさんは、自分が街の中心にいちゃいけないと思っている節がある。


「なるほど、私は構いませんよ。多分、リリアさんも了承すると思います」

「そうか。なら、良かった。キティが退院したときは頼む」

「はい」


 ギルドマスターの部屋を後にした私は、まずリリアさんの元に向かった。さっきの話に出てきたキティさんとの同居の話をするためだ。今日のリリアさんは、複写の仕事のはずなので、そっちに向かう。


 ちなみに、資料室の片付けは、ついこの間終わった。今は、かなり広い資料室になっていて、職員の皆もきちんと分別しながら仕舞うようになった。この前のスタンピードで、過去資料が必要になった時、私達が整理していなかったら、埋もれた場所から探し出さないといけなくなっていた。これが一番の要因だった。職員の意識改革にもなったみたいで、良かった。


 リリアさんの作業している机まで来ると、リリアさんが、こっちに気が付いて微笑んだ。


「アイリスちゃん、どうしたの?」

「ちょっと、リリアさんにお話があって」

「ん? 良いよ。もうお昼休憩になるから、ご飯食べながら話そう」

「はい」


 お昼ご飯を食べつつ、話を切り出す。


「実は、色々とあって、キティさんの住んでいた場所が取り壊しになってしまったらしいんです」

「え!? 大丈夫なの!?」

「いえ、それで、キティさんは住む場所を失ってしまいました。なので、私達と一緒に住んで貰うことになりそうなんですけど……いいですか?」

「うん。全然大丈夫だよ。家主は、アイリスちゃんだからね。そんな反対はしないよ。そうでなくても反対しないけど」


 リリアさんは、あっさり承諾してくれた。後は、キティさんに説明するだけかな。仕事終わりに病院に寄って、話に行ってこよう。それから、午後は複写の仕事をして、終業後に病院に赴いた。お見舞いの手続きをして、キティさんの病室に向かう。


「こんにちは、キティさん」

「ん、こんにちは」


 キティさんは、病室でスクワットをしていた。


「キティさん、機能回復訓練は終わったのでは?」

「ん。でも、動き足りないから」

「アンジュさんに止められない範囲にしてくださいね」

「ん」


 私は、お見舞いの品であるリンゴを棚の上に置く。そして、その内の一個の皮を剥く。


「今日は、キティさんにお話があってきました」

「話?」

「はい。その、キティさんのおうちが無くなったのは、ご存じですよね?」

「ん。ガルシアから聞いた」


 ガルシアさんから、キティさんに話が通っているみたい。でも、私の家の話は聞いてないようだ。


「そこで、キティさんが退院したら、私の家に住んで貰おうと思うんですけど、良いですか?」

「アイリスの家に? 迷惑じゃない?」

「はい。全然迷惑じゃ無いですよ。一緒にリリアさんも住んでいますが、リリアさんも了承してくれました」

「でも……」


 キティさんは、少し迷っているみたい。そんなに気にする必要はないんだけどな。


「私は、キティさんが一緒に住んでくれたら、嬉しいんですけど、ダメですか?」

「ん。分かった。お邪魔させてもらう」

「はい! 楽しみにしてますね!」


 これから、リリアさんだけでなく、キティさんも一緒に住むことになった。一人で寂しかった家が、賑やかになっていく。少し嬉しいかも。


「あ」


 キティさんが、私がリンゴを剥き終わったのを見て、口を大きく開けた。食べさせて欲しいってことかな。


「はい、どうぞ」


 一緒に持ってきていたフォークに刺して、食べさせてあげる。


「ん。美味しい」

「それは、良かったです」


 それから、私の家に住む上で、どういうものが必要か話し合った。キティさんは、獣人なので、私達とは違う何かがあったら、用意しないとって思ったからだ。でも、得に特別なものは必要ないみたい。キティさんの持ち物で事足りていると言っていた。


 お見舞いを終えた私は、家に帰った。ドアを開ければ、リリアさんが出迎えてくれる。


「おかえり、アイリスちゃん」

「ただいま、リリアさん」


 何気ないこういう会話が、私にとっては、すごく幸せに感じる。お母さん達が亡くなってから、忘れてしまった当たり前の幸せ。取り戻させてくれたリリアさんには、感謝しかない。今後は、ここにキティさんが加わる。大好きな人達と過ごせる日々があるのは、嬉しいな。


 これからも、こうやって当たり前のように、平和に暮らしていきたい。私は、強くそう思った。

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