第45話 復帰試験

 キティさんの退院から、一週間が経った。キティさんは、日常生活を普通に過ごすことが出来ている。何かしらの拍子に、身体が痛むなんて事もなかった。身体の傷はもう治っているし、その後遺症も無いって事で良いんだと思う。この一週間は、本当に日常生活しかしていない。私達が仕事に行っている内に、何かしているかもしれないと思って、毎日帰ってきてから、キティさんの武器や防具、キティさん自身を確認していたけど、そんな感じの形跡は無かった。多分、大丈夫なはず。


 それと、この一週間で一つ良いことが分かった。同居二日目で、キティさんのベッドを購入したんだけど、その日のうちに、ベッドが運び込まれて組み立ても出来たので、その日の夜はリリアさんとではなく、キティさんと一緒に寝ることになった。リリアさん以外の人でも、悪夢を見なくなるかの検証だ。一応、キティさんにも悪夢について話していたので、それを考慮してくれたらしく、でかめのベッドを買っていた。


 それで、キティさんの部屋で、一緒に寝たんだけど、リリアさんと同じように、悪夢を見ることなく、安心して眠ることが出来た。朝起きたら、キティさんを抱きしめていたけど。そこだけはリリアさんの時と、真逆だった。その時に、魔が差して、耳を触ってみてら、すごくふわふわで柔らかくて、癖になりそうだった。今のところ、このことはキティさんにはバレていない。多分これからも、キティさんと寝たときには朝の日課になるかもしれない。


 まぁ、これで、リリアさんかキティさんが一緒に寝てくれれば、悪夢を抑制出来る事が判明した。アンジュさんがダメだった理由は、やっぱり安心感を得られなかったって事かな。ちょっと、アンジュさんに対して失礼かもしれないけど。アンジュさんも同じような事を言ってたから仕方ないかな。二人から安心感を得られる理由は、仕事で頼りにしているというのが、あるのかもしれない。本当にそれが理由かは分からないけどね。


 そして、退院から一週間経った今日は、キティさんが仕事に復帰するための試験の日だ。


「キティさん、頑張って下さいね」

「ん。大丈夫。弓の腕は、そこまで落ちていないはず。相手が誰かによるけど、合格出来る」


 キティさんは、あれから一度も訓練をしていない。弓も、昨日少し引いて、調子を確かめていただけだった。正直、復帰試験は、まだ早い気がするけど、キティさんがガルシアさんに指定したみたい。キティさんには、勝つ自信があるみたい。


「何時頃にやるんだっけ?」

「十時くらいって言ってた」

「見学は出来そうにないね。結果は、帰ってきてからって感じかな」


 十時くらいだと、私達は、完全に仕事中なので、試験を見学することは出来ない。ちょっとだけ、心配だけど、キティさんを信じないとだね。リリアさんは、信じているみたいだし。


「ん。絶対合格する。心配しないで」

「はい。無事に合格出来る事を祈っています。じゃあ、私達は、先に行きますね」

「ん」


 私とリリアさんは、職員としての仕事をしに、ギルドへと向かっていった。


 ────────────────────────


 アイリスとリリアがギルドに向かった後、キティは、朝食の洗い物をし始めた。朝早くから、仕事に向かっている二人の代わりに、出来る家事はやることに決めたのだ。


「後は、洗濯干し。時間は……大丈夫」


 キティは、ササッと三人分の洗濯物を干していく。それが終わった後、自身の防具に着替え、魔力弓を持って、ギルドに向かって行った。この武具は、ジェノサイドベア二体との戦いで、ボロボロになっていたが、ギルドの方で修理をしてあるので、綺麗な状態だ。


「久しぶりに着たけど、問題なし。少し隙間がある気がするけど」


 入院生活で、かなり痩せてしまったキティだったが、機能回復訓練のおかげで、大分元に戻ってきていた。それでも、完全に戻ってはいないので、どうしても防具が少し緩くなってしまっている。いつもよりも少しきつめに装着して、何とか誤魔化していた。武具の確認も済んだので、キティは鍵を閉めて、ギルドへと向かった。


 ギルドに入ると、すぐに地下の修練所に向かう。何度も使用した事があるので、修練所の位置は完璧に分かっている。修練所に降りると、そこには、既にガルシアとキティと同じ、戦闘職員が立っていた。


「来たか、キティ。調子はどうだ?」

「ん。平気。完全に元通りとはいかないけど、全然動ける」

「そうか。無理はするなよ。アイリスとリリアから、日常生活は問題ないという話は聞いている。今日は、戦闘職員として、また働けるかどうかを確かめさせて貰う。これに合格出来なければ、調査を頼むことは出来ないから、そのつもりでな」

「ん。分かってる。二人に合格するって約束した。手加減はしない」


 キティがそう言うと、ガルシアは、嬉しそうに笑った。


「はっははははは!! 変わったな。お前は」


 そう言って、キティの頭を乱暴に撫でる。キティは、嫌そうな顔をしながら、ガルシアの手を払う。


「痛い。それに、変わってない」

「いや、変わったよ。昔は、そんなにお喋りでもなかっただろ? それに、誰かのためにって事も言う奴じゃなかった。あいつらが、良い影響を与えてくれたんだな」


 ガルシアが優しい目付きでそう言った。キティは、少し気恥ずかしく思い、目を逸らす。


「うるさい。いつまでも、親みたいな事言わないで」

「おいおい、育ててやったのは、俺だろう? 親みたいじゃなく親じゃねぇか」

「家を守ってくれなかった」

「それに関しては、申し開きも出来ねぇな……」


 キティが言っていた親代わりは、ガルシアの事だった。ガルシアが、ギルドマスターになるための研修で、東へと行っていた時に、キティを拾ったのだ。その後、勤務地であるスルーニアで、一緒に生活していたが、キティの方から自立すると言われてしまい、今は一緒に暮らしていなかった。自立すると言った理由は、キティが獣人で、ここでは嫌われていたということが大きい。ガルシアに迷惑を掛けないようにと思ったのだ。


 ガルシアは、キティに戦い方を教えていたので、ギルドの戦闘職員を薦めたのだった。勿論、試験は贔屓無しで行った。その後、キティは職員として、色々な調査に向かってお金を稼いでいった。そのお金で前の家に住んでいたのだ。その間、親代わりとして、バレないようにさりげなく色々なサポートをしていた。だが、今回は、同時多発スタンピードのせいで、様々な手続きに忙殺されてしまい、家を守るところまで、手が回らなかったのだ。


 家が無くなったキティをそのままにはしていられないので、最初は、自分の家に呼ぼうかと考えていたのだが、アイリス達の事を思い出し、二人と一緒に住めば、色々と良い変化を促すことが出来るのではと考えた結果、アイリスにあの提案したのだ。


「それより、早く、試験をやろう」

「ああ、分かっている。今回の相手をするマイケルだ」

「よ、よろしくお願いします!」

「ん、よろしく」


 キティとマイケルが、修練所の中央に向かい合って立つ。マイケルは、金髪の男で剣と小さな盾を持っていた。


「相手を気絶させれば、合格だ。では、始め!!」


 ガルシアの掛け声と共に、マイケルが動き出す。剣を構えて、キティに向かって突っ込む。キティが弓を持っているため、近接戦なら有利と思っているのだろう。だが、その考えは、キティにも筒抜けだ。突っ込んでくるマイケルに対して、キティは、後退するのでは無く、真っ向から突っ込んでいった。


「えっ!?」


 これには、マイケルも驚きを隠せない。だが、マイケルも歴とした戦闘職員だ。戸惑いはあれど、すぐに対応する。マイケルは、キティとの距離感を間違えないように、すぐに剣を横に振う。キティは、身体を思いっきり前傾させて、マイケルの懐に潜り込み、そのまま後ろに抜ける。そして、すぐに前転し逆さまの状態で、魔力で作った矢を放つ。


「うぐっ……」


 マイケルは、剣を振り抜いた後ということもあり、重心が前に傾いていた。そこにキティの矢が襲い掛かる。マイケルは、崩れた姿勢のまま左腕を振う。左腕に装着された盾が、キティの矢を打ち払う。ただ、崩れた姿勢という事もあり、マイケルは地面に転がる事になる。


「ぐっ……」


 マイケルは、すぐに起き上がり、キティに向かって再び突っ込んでいく。武器が剣である以上、近接戦を挑むしかない。


「うおおおおおおおおお!!!!」


 キティは、弓を引き絞り、矢を生成する。すると、魔力弓に埋め込められた石の一つが赤く輝く。


 スキル【魔弓術】。矢に属性を付与して、纏わせる事が出来る。本人が使える魔法を乗せることが多いが、属性石から属性を引き出して使う人もいる。


 キティは、属性石から属性を引き出す方だ。さらに、キティが使っているのは、魔力を直接矢にした魔力矢なので、矢そのものが変化する。キティの握る魔力矢が炎に変わっていく。


「『ディフューズ・アロー』」


 弓術のアーツを使用する。キティの弓から放たれた炎の矢が途中で拡散して、マイケルを襲う。


「『ラウンド・シールド』!」


 マイケルの正面に、透明で円形の結界が現れる。


 スキル【結界】。魔力で結界を生み出す。形は自由。しかし、強度、大きさは、注がれる魔力の量で決まる。


 マイケルの結界に、次々に炎の矢が命中していく。


「想像以上に、数が多い……!」


 マイケルは、放たれた炎の矢の数が、想像よりも多く戸惑っている。


「『フォーカス・アロー』」


 このアーツは、魔力を込める事で威力を跳ね上げさせる事が出来る。キティが放った矢は、必要以上に魔力が込められていた。そのせいか、矢の形が少し歪になっていた。しかし、矢は暴走すること無く、マイケルに向かって飛んでいく。その一撃は、マイケルの結界を砕き、そのままマイケルを五メートル以上吹き飛ばしていった。あまりの衝撃に、マイケルは気絶した。


「ん。これで、合格?」

「ああ、文句なしだ。マイケルも、そこそこやるようになってきていたんだがな。この前、アイリスに負けたことを引きずっていたのかもしれないな」

「ん、アイリスは強い。負けるのも仕方ない」


 キティもアイリスの強さは、認めていた。実際に戦ったところを見たのは、シルバーウルフの時しか無いのだが、起きた後に聞いたジェノサイドベアとスタンピード話で、自分が思っていたよりも、アイリスが強いのだと気付いたのだ。


「取りあえず、マイケルは上に持っていくとして……キティ、合格だ。すぐに書類を用意するから、少し待っていてくれ」

「ん。ホールにいる」


 キティは、先に上がっていき、一階のホールの待合所にあるテーブルに着く。


(約束通り、合格出来た。アイリスも喜ぶかな)


 自然とキティの表情が緩む。書類を持ってきたガルシアは、少し遠くから、その姿を見て、顔を綻ばせた。


(ほら見ろ。やっぱり、変わったじゃないか。あいつに必要なものは、同年代の友人だったんだな。こればかりは、俺が不甲斐なかった。さすがに、すぐ用意するなんて事出来ないからな)


 ガルシアは、合格したという書類を持って、キティに近づいていく。親代わりの頃の気持ちを思い出しながら。

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