第37話 生還

 眼を覚ますと、また病室の中にいた。覚えている最後の記憶では、『グランドクロス』を使ったということだけ。ここに運び込まれたということは、『グランドクロス』が成功して、ゴブリンキングを倒す事が出来たみたい。


「スタンピードは……」


 同時多発的に起きたスタンピードは、異常なまでの量の魔物を生み出したはず。実際、私が相手をした魔物達は、ものすごい数がいた。あれの何倍もいると考えれば、スルーニアに所属している冒険者だけじゃ戦力が足りないはずだけど、私がいる病室は、この前入院したときの部屋と一緒だから、スルー二アにあるもののはず。それに、窓の外の景色が、スルーニアのものだ。ということは、無事に乗り切ったって事?


「アイリスちゃん……?」


 病室の入口から声がした。そっちに眼を向けると、そこには、花束を持ったリリアさんが立っていた。


「リリアさん……」


 私は、すぐにハッとして、身体を起こそうとした。約束を破ったことを謝らないといけないから。身体が痛むけど、仕方ない。


「ちょっ!? ちゃんと寝てないとダメだよ!」


 慌てて駆け寄ったリリアさんに肩を押されて、ベッドに寝かされる。前も同じようなやり取りをしたような気がする。


「リリアさん……その……ごめんなさい」

「自分を犠牲にしないって約束を破ったこと?」

「はい……」


 罪悪感から、リリアさんの顔をまともに見る事が出来ない。そうしたら、リリアさんに顔を掴まれ、強制的に向き合わされる。


「絶対に、許さない」


 リリアさんにそう言われ、絶望感が湧き上がってくる。自然と眼に涙が溜まっていく。約束したことなのに、すぐに破ってしまったら、信用を失って当然のこと。せっかく、仲良くなれたのに。私は、リリアさんの事を見られなくなり、目線が下になる。


「なんてね。前も言ったとおり、アイリスちゃんが優しい子だって事は知っているからさ。ニーアちゃんを守ろうとしたんだもんね。むしろ、ニーアちゃんを犠牲にしていたら、ひっぱたいていたところだよ」

「あははは……」


 リリアさんは、本気で言っている。溜まっていた涙が流れていく。でも、新しく涙が出るようなことはなかった。


「病院に担ぎ込まれたって聞いて、仕事を放り出して行ったんだから。後で、カルメアさんに叱られたけど……」

「ごめんなさい……えっと……今って、どういう状況なんですか?」


 私が、どれくらい寝ていたのか分からないので、少し聞いてみた。リリアさんは、ずっと弄んでいた私の頬から手を離して、話し始めてくれた。


「アイリスちゃんは、あれから一週間寝たままだったんだ。スタンピードの方は、アイリスちゃんが、一箇所のスタンピードで出てきた魔物をほとんど倒してくれたから、ライネルさん達だけで、すぐに全滅させることが出来たんだ。そのおかげで、他の場所に、戦力を増やす事が出来て、近くの街からの援軍が間に合ったんだ。今は、スタンピードの殲滅が終わって、ダンジョン内の確認を行っているところだよ」


 あれから、一週間も経っているらしい。その間に、冒険者の皆が奮闘して、スタンピードを乗り越える事が出来たみたい。ひとまず、私達は、この街を守ることが出来たんだね。成り行きだったけど、私も貢献出来て良かった。


「これも冒険者の皆さんが、奮闘したおかげなんだ」

「街を守るためだから、奮闘はするのでは?」

「それもあるんだけど、皆が奮闘したのは、主にアイリスちゃんが原因だよ」

「ふぇ?」


 いきなり、私が原因になる理由が分からない。私は、あの時、ずっと寝たままだったんだから。


「アイリスちゃんが、一人でスタンピードを食い止めたから、自分達が負けるわけにはいかないって」

「それで、奮闘したと?」

「うん」


 まさか、私がやった戦いが、こんなところに影響してくるとは、思いもしなかった。


「じゃあ、私は、仕事に戻るね。お昼に抜けてきただけだから」

「あ、ありがとうございました。リリアさんの顔を見られて、安心しました」

「私も、アイリスちゃんが起きて安心したよ。そうだ、私、自分の部屋を引き払ったから」

「え!?」


 聞き間違いじゃなかったら、リリアさんは、自分の家を引き払ったって。実家に帰るということなのかな。


「どうするんですか?」

「アイリスちゃんの家に、住ませて貰ってもいい?」


 つまり、今までと変わらないということかな。でも、多分だけど、私の悪夢は終わっていないと思うから、一緒に住んで貰えるなら、有り難いと思う。


「はい。良いですよ。広い家ですから」

「良かった。アイリスちゃんを一人にしたら、心配だったから」


 色々とやらかしているからか、ものすごい心配されている。二回街の外に出て、二回とも大怪我して帰ってきているから、当たり前と言えば、当たり前なのかな。


「ありがとう。じゃあ、また来るね」


 リリアさんは、私の額にキスをして、病室から出て行った。私は、突然のことに全く反応出来ず、リリアさんが出て行ってから、しばらくの間、思考が停止してしまった。


「おっ、リリアちゃんの言うとおり、目が覚めたみたいだね」


 入口を見ると、アンジュさんがこっちに来た。病室を出たリリアさんと出会って、私が起きた事を聞いたみたい。


「寝たままでいいから、診察しちゃうね」


 アンジュさんは、ササッと診察を済ませていく。


「大丈夫そうだね。下手したら、内臓がなくなってたかもだけど、応急処置が間に合ったのが大きいかな」

「うぇ?」


 リリアさんの衝撃が抜けきらない内に、新たな衝撃が襲い掛かってきた。ゴブリンキングの一撃で、内蔵とかにダメージがいったとは思ったけど、本当にヤバいダメージを負っていたみたい。応急処置をしてくれた冒険者の人にお礼を言わないと。


「そういえば、アイリスちゃんが助けた子のお母さん、ちゃんと薬を飲んでもらったから安心して」

「あっ、もう大丈夫なんですか?」


 ピアニャさんは、一週間前、風邪をこじらせていた。それが原因で、ニーアちゃんが外に出てしまったので、ちょっと気になっていた。


「ええ。もう回復に向かっているし、お子さんの方も軽い擦り傷はあったけど、重傷とかはなかったから」

「はぁ……よかった……」


 ピアニャさんとニーアちゃんの無事が確認出来たのは大きいかな。私のやった事が無駄にならなかったって事だしね。


「ああ、それと、アイリスちゃんに良い知らせがあるよ」

「良い知らせ……もしかして!」

「キティさんの意識が回復する兆候は見られたの。目覚めるまでは、もう少し掛かると思うけど、もう大丈夫」


 今日二度目の涙が溢れてくる。でも、それは、さっきの申し訳なさから来るものではなく、嬉しさから来る涙だった。

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