第36話 応急処置
ライネル率いる第四部隊は、森の中を走っていた。自分達が急がなければ、アイリスが死ぬ可能性があるからだ。その中で、一番焦っているのは、サリアだった。
「アイリス……」
サリア達が走っていると、進行方向から、眩い光が上がった。突然上がった光の柱に動揺して、部隊の全員が、その場で立ち止まる。
「あれは……」
「アイリスです!」
サリアが駆け出す。
「待て! まだ、魔物が残っているかもしれん!」
先走ってしまうサリアを、ライネルが呼び止めようとするが、サリアは止まらない。ようやく見つけたアイリスの痕跡だからだ。
「俺達も行くぞ!」
ライネルが走り出すと、部隊の全員が後ろについて行く。
サリアが、木々の間を抜けていくと、不意に、木のない真っ直ぐな道が現れた。
「この先にアイリスが……」
木がなくなっているのは、アイリスの『グランドクロス』は、ちゃんとした制御が出来ていないので、最大限の範囲を無差別に飲んでいった。その結果、森の一角に十字の空白地帯が出来上がっているのだ。
サリアは、やがて十字の中央部分に到達する。木のない場所の中心地には、雪白が突き刺さっており、その傍らで、アイリスが横たわっていた。
「アイリス!」
サリアは、アイリスに駆け寄って身体を抱き起こす。
「アイリス! アイリス!!」
サリアは、アイリスに呼び掛けるが、全く返事をしない。すぐに胸に耳を当てて心音を確認する。
とくん……とくん……
弱いながらも、鼓動はしている。
「良かった……」
アイリスが生きている事に安堵したサリアに、茂みから現れたゴブリンが襲い掛かってきた。『グランドクロス』から、ギリギリで生き残った残党だろう。
「……!」
サリアは、すぐに剣を抜き放とうとした。しかし、その前に、サリアとアイリスの頭上を大きな斧が通過し、ゴブリンを両断した。
「無事か!?」
斧の持ち主は、ライネルだ。ライネルは、両手斧を更に振り回して、接近してきたゴブリンを薙ぎ倒す。
「はい! アイリスも心臓は動いています」
「ミリー!」
「はい!」
ライネルが後ろに声を掛けると、シスターのような格好をした金髪の女性が駆け寄ってきた。ミリーは、ライネルのパーティーメンバーの一人だ。ヒーラーを担当している。
「治療を頼む」
「分かりました」
ミリーは、サリアが抱き起こしているアイリスに近づく。
「骨も折れていてますが、内蔵も傷付いているようですね」
ミリーは、軽い診察と近くにあった吐瀉物に混じる血からそう判断した。
「ここでは、応急処置しか出来ませんが、病院まで保たせる事は出来そうです」
「お願いします!」
「俺達は、残党の処理だ! 行くぞ!!」
『おう!!』
ライネル達は、アイリスが倒し損ねた魔物を倒しに向かう。
その間に、ミリーは、アイリスを後方に運び、治療を始めた。背負っている鞄から、複数の薬と薬草を取り出す。まず、既に精製されている回復薬を、静脈注射で注入していく。
「こちらを押さえておいて下さい」
ミリーは、サリアに消毒綿を渡して、注射した部分を圧迫止血してもらう。その間に、複数の薬草をすり潰していく。それを、ガーゼに塗って、打ち身になっている部分に貼り付けていく。
そして、地面にアイリスの身長より少し大きめの布を広げる。そこには、布いっぱいに魔法陣が描かれている。そこに、アイリスを横たわらせた。魔法陣に手を付き、魔力を流していく。魔法陣が輝くと同時に、アイリスの身体とそこに貼ったガーゼが光り出す。
「これで大丈夫なんですか?」
「いえ、まだ油断は出来ません。体内に注射した薬と塗った薬で、傷付いた箇所を修復している最中です。完全に治るには、本格的な治療が必要です。切り傷などでしたら、五分もあれば治せるのですが、内臓のダメージは、直ぐにとはいきません」
ミリーの言うとおり、内臓のダメージは、すぐに癒えるようなものではなかった。ただ、骨折の方は、不完全ながらも治ってきている。本格的な治療には、病院の設備が必要不可欠だ。
ミリーのようなヒーラーの仕事は、切り傷や打ち身などの完全なる治療と重傷の応急処置だ。死に瀕している状態からの延命はお手の物だった。今回は、少しでも遅れていたら、アイリスが死んでいた可能性もある。ミリーの治療の腕と、アイリスの並外れた生命力のおかげで、間に合うことが出来たといえる。
「よし、内臓と骨折の応急処置は終わりました。これで、後遺症などは残らないでしょう」
「よ、良かった……」
サリアが、アイリスの治療が済んだことに安堵する。その最中、
「そっちに行ったぞ!」
残党の一部が、襲い掛かってきた。サリアは、すぐに剣を抜いて、迫り来るゴブリン達を斬り伏せていく。サリアが一人でも対応出来ているのを見て、ライネルは、目の前のゴブリン達に集中した。
「後、ほんの少しだ! これが終わったら、他の援護に向かう!」
『『おう!!』』
アイリスが、ほとんど倒したこともあって、ライネル達が優勢のまま、戦いが進んで行った。
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