第34話 緑の巨人

 私の視線の先にいる緑色の巨人は、ゆっくりとした足取りで、私の方に向かってきていた。


「ゴ、ゴブリンキング……」


 緑色の巨人の名前は、ゴブリンキング。ゴブリンの頂点に立つ存在だ。その強さは、ジェノサイドベアを凌ぐ。本来は、ダンジョンの奥にいるような強敵だ。ジェノサイドベアを倒したとはいえ、私では、勝てるかどうか分からない。


「勝てるかは分からないけど、やるしかない!」


 ゴブリンキングは、目の前で沢山の同胞を殺されたのを見て、憤っていた。


『ウガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


 ゴブリンキングが雄叫びを上げると、ゴブリン達が統率の取れた動きを見せ始めた。そして、いつの間にか、私の周りを、完全に囲んでいた。その囲いは、かなり広い。まるで、円形の闘技場だ。ゴブリンで囲われた闘技場に、ゴブリンキングが入ってくる。


「決闘だとでも言いたいの?」


 私の言葉が分かるわけないのだけど、私がそう言うと、ゴブリンキングはニヤリと笑った。多くの同胞を殺した私を、自身の手で屠りたいとでも思っているのかもしれない。


 ここで逃げようとしても、囲んでいる大量のゴブリンを突破しないといけない。いや、ゴブリンの囲いの奥には、他の魔物達もひしめき合っている。つまり、ここを突破すること自体、無理難題だと思う。こんなの実質一択しかない。ゴブリンキング一体でも死ぬ可能性が高いのに、他の魔物も同時に相手なんてしてられない。


 いや、そもそもゴブリンキングを倒したとしても、この周りのゴブリン達が、私を見逃す保証がない。この全てを倒す気概でいないといけない。


「やるしかないか……」


 私は、雪白の切っ先をゴブリンキングに向ける。ゴブリンキングは、手に持った石斧を掲げる。これで、互いの意思表示は出来た。


 先に攻撃を仕掛けたのは、私からだ。ゴブリンキングの身長は、大体、私四人分くらいだ。ただのジャンプじゃ、頭まで絶対に届かない。ゴブリン達で作られた闘技場には、森の中というだけあって、木々が多く生えている。これを利用しない手は無い。


 【疾風】を使い、地面から跳び上がる。そして、近くの木の幹を蹴り、ゴブリンキングの顔近くまで上がる。


「はああああああああああああ!!!!」


 白雪を抜き放ち、縦、横、斜め、あらゆる角度から、連続で斬りつける。ゴブリンキングは、その攻撃を、手に持った石斧を盾のように使って防いだ。私の攻撃を全て防ぐと、空いている方の手を握り閉めて、空中にいる私目掛けて振り下ろしてきた。


 私は、風を纏った脚を拳の下側に当てて蹴り上げる。【疾風】による強化をした蹴りのおかげで、ゴブリンキングの拳は、私の上を通過していった。その間に、地面に着地して、距離を取る。


「……危なかった。一撃一撃、気を抜いていられない。直撃だけは、絶対に避けないと」


 私の防具の上着は、ニーアちゃんに貸してしまっている。そのため、防御力がガクッと落ちている。だから、ゴブリンキングの攻撃が一回でも、まともに当たれば、重傷を負うこと間違い無しだ。


 これまでの戦いで、一番集中しないといけない。集中が切れれば、それだけで死んでしまう可能性が格段に上がってしまう。


「気を引き締めよう……」


 次の攻防のきっかけは、ゴブリンキングの方からだった。ゴブリンキングが大きく一歩踏み出すと、それだけで、私との距離が縮まる。そのままの勢いで、石斧を振り下ろしてきた。


 私は、後ろに大きく跳ぶ事で避けた。これをギリギリで躱して反撃するなんてことは出来ない。なぜなら、石斧が振り下ろされた地面が大きく陥没しているからだ。それだけの威力を持った一撃は、ギリギリで避けたとしても、身体の一部を持っていかれるかもしれない。


 後ろに跳んだ私は、そのままステップを踏むように下がっていく。


 相手の攻撃は、一撃一撃が、致命傷となる攻撃だ。そして、防御の方も抜かりがない。巨体に似合わない動きで、石斧を盾にするので、まともに攻撃を当てるのも一苦労なんだ。


 ここから、何度も同じ攻防が続いた。向こうの攻撃を、私が避けて、こっちの攻撃を向こうが防御する。そうやって、互いに相手の出方を窺っていた。


「攻撃の全てが、あの石斧に防がれちゃう。なら、あの石斧で防がれる前に、私の攻撃をぶつける!!」


 私は、【俊敏】【疾風】を使い、一気にゴブリンキングまで接近する。その途中で、再度【疾風】を、今度は最大限に使い、高く舞い上がる。それでも、最初の攻撃の時よりも、跳び上がった位置は低い。だけど、速度は、最初の時よりも、ずっと速い。ゴブリンキングの防御も間に合わない。


「『グロウ・ピアース』!!」


 ジェノサイドベアの時にようやく使える様になったアーツを、使用する。白い光を纏った雪白を、ゴブリンキングのお腹辺りに勢いよく突き出す。ジェノサイドベアの毛皮を易々と突き破った一撃は、ゴブリンキングにも通用した。ゴブリンキングの皮膚を突き破って、刀身の半分まで埋め込まれた。それと同時に、私の身体を強い衝撃が襲った。


「うぐっ……!!」


 雪白を握ったまま、私は吹き飛ばされていく。二、三本の木の幹をへし折り、地面を擦っていって、ようやく止まる。


「うっ……うおえええぇぇぇぇぇぇ……」


 大量の血が混じった胃の中身が吐き出される。身体のあちこちが痛い。得に、お腹周辺が痛い。『グロウ・ピアース』を放った時、ゴブリンキングの拳が私を襲ってきたんだ。それを、まともに受けた結果がこれだ。


 最初の攻防で思ったとおりだった。スキルがあっても死にかけた。


 スキル【頑強】。身体の防御力を跳ね上げる。しかし、何も効かないわけではなく、耐えられる攻撃には、限りがある。


 ジェノサイドベアの攻撃も防ぎきれなかったのに、ゴブリンキングの攻撃なんて防げるはずも無く、私の【頑強】を易々と突き抜けていった。木をへし折った衝撃の方は、軽減されているけど、身体の中に響いている。この感じだと、肋骨は折れているかもしれないし、内臓にもダメージが入っている可能性が高い。


 だけど、ゴブリンキングも、それなりにダメージを受けている。穴が開いた腹から大量の血が流れ出ているからだ。ゴブリンキングは、空いている手をそこに当てて、止血をしようとしていた。しかし、私の開けた穴は、深くまで刺さっていたので、血は止まらず流れ続ける。


 ただ、あの巨体だから、失血死を狙うなら、もっと多くの傷を与える必要がある。


「もっと……強い……技……」


 私は、【剣姫】のアーツを、ずっと使う事が出来なかった。今、使えると確定しているのは、『グロウ・ピアース』くらいだ。だけど、それ以上の技を使わないと、ゴブリンキングを倒せない。


 ゆっくりと身体を起こす。それだけの動作でも身体が悲鳴を上げている。ジェノサイドベアの時と比較にならない。


「げほっ! ごほっ!」


 また血が吐き出される。次の攻撃を防ぐ事は出来なさそうだ。


 ゴブリンキングは、ゆっくりとこっちに向かってきている。勝利を確信しているみたいだ。その顔には笑みが浮かんでいる。


「はぁ……はぁ……一か八か……」


 私は、剣を逆手に持つ。そして、力を込めて柄を握る。段々と、刀身に光が集まってきた。様子がおかしいことに気が付いたゴブリンキングが走ってくる。そういう判断は早いみたい。


「すぅ~……『グランドクロス』……」


 光を纏った剣を、地面に突き刺す。剣を突き刺した場所から、光の壁が、十字方向に走っていった。その範囲は、かなり広く、ゴブリンキングや周りにいたゴブリンとその他の魔物が、光の壁に飲み込まれていった。

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