第33話 約束破り

 ニーアちゃんを脇に抱えて、走り続ける。後ろからは、スタンピードで発生した大量の魔物が追い掛けてきている。その中から、脚の速い狼系の魔物が突出してきた。狼系の魔物は、すぐに私達に追いついて来た。飛びついてこようとする魔物を、右手に持った雪白で両断する。左右から、次々に襲い掛かってくるので、身体を捻り左側にも対応しながら走る。そのせいで、走る速度が落ちてきてしまった。


 群がってくる魔物の量は増すばかりだ。【剣舞】のスキルも使って、流れるように動き、速度の減少を最低限に抑えて、なんとか撃退しているけど、主力に追いつかれるのも時間の問題かもしれない。


 そう考えていた矢先、背中に体当たりを食らい、前のめりに倒れてしまう。完全に転んでしまう前に、ニーアちゃんを前に投げる。そして、倒れながら身体を横に捻って、後ろの魔物を斬る。そのままの勢いで身体を一周させ、【疾風】の効果で身体を後押しして、投げ出したニーアちゃんに急接近、空中で受け止めて、走り続ける。


「ごめんね。怖い思いさせて」

「ううん……ありがとう……」


 ニーアちゃんは、完全に元気を無くしている。それも仕方ないだろう。こんな状況で喜ぶのは、戦闘狂くらいなものだ。


「…………」


 大分、街まで接近してきたとはいえ、ここまで何度も攻撃を受けている。そのせいで、移動する速さが遅くなっている。このままだと、街に着く前に主力に追いつかれてしまう。


「ごめんなさい……」

「?」


 私の呟きに、ニーアちゃんが首を傾げる。近づいて来た敵を斬り裂き、一瞬開いた隙に、ニーアちゃんに自分の防具の上着を羽織らせた。これがあれば、魔物の攻撃も大体防げるはず。


「ニーアちゃん。よく聞いて。ここをまっすぐ行った先にある門に、沢山の冒険者がいる。その人達の元まで、全力で走って」

「え? お姉ちゃんは……?」

「私は、ここで魔物の足止めをする。そうじゃないと、二人とも死んじゃうから」

「でも……」


 私は、ニーアちゃんの背を押す。ニーアちゃんは、怖ず怖ずと歩き出す。ちらちらと後ろを振り返りながら。


 私は、ニーアちゃんに背を向けて、接近してきた魔物を屠る。


「早く行って!」

「…………」

「行きなさい!!」

「…………!!」


 後ろで駆け出す音が聞こえる。ニーアちゃんを格好の獲物だと思ったのか、私を無視して、魔物達がニーアちゃんに向かおうとする。


「あなた達の相手は、私だ!!」


 大声でそう叫ぶ。


 スキル【挑発】。敵対している相手の意識を、所有者に向ける事が出来る。その効力は、所有者の気迫に比例する。


 ニーアちゃんを追おうとしていた魔物が、全員私の方を向く。


「リリアさん、サリア、キティさん、ごめんなさい」


 私は、約束を破ることを謝る。だって、私は、今から無茶をするのだから。


「どこからでも来い!!」


 私の叫びと同時に、魔物達が襲い掛かってきた。


 最初に襲い掛かってきたのは、シルバーウルフと同種の狼の魔物、ハングリーウルフだ。常に腹をすかせていて、何でも食べるため、その名前が付いた。


 最初に飛びかかってきたハングリーウルフの首を斬り落とす。そして、そのまま流れるような動きで、近づいて来たハングリーウルフを、次々に両断していった。雪白による攻撃が間に合わない場合は、回し蹴りや肘鉄を使って、頭や背骨を砕いて絶命させる。


 ここは、敢えて魔石を破壊する事をしない。魔石さえ残しておけば、魔物達の死体は残ったままになる。さらに、その血液も残ったままになるのだ。魔物の中には、血液に反応する魔物が存在する。より多くの魔物を、この場に釘付けにするのには、うってつけだ。

 現状は、脚の速い狼系の魔物が多く来ているが、これから先は、他の魔物も増えてくることになる。それらを、真っ直ぐに引き寄せる事を期待しているのだ。


 どのくらい戦っただろうか。先行してきた狼系の魔物を全滅させると、スタンピードで溢れかえった主力が現れた。


「もう、大丈夫かな……? いや、稼げるだけ稼がないと!」


 現れた魔物は、これまでと違い、人型の魔物が多かった。そのほとんどは、緑色の肌と黄色いぎょろぎょろとした眼をしているゴブリンだった。人型の魔物は、冒険者の難関の一つとされている。人に酷似した姿であるため、人殺しを意識してしまい、嫌悪感に飲まれてしまう事がある。意識しすぎてしまったせいで、冒険者を引退した人もいる。


「あなた達の相手は、私だよ!!」


 そんな事は、取りあえず置いておく。嫌悪感などの前に、ニーアちゃんを守れない方が、嫌だからだ。


【挑発】を使い、ゴブリン達の意識を私に集める。それが成功した証拠に、ゴブリン達の眼が、私に集中する。大量の黄色い目がこちらを向くので、少し気圧されそうになるけど、心を奮い立たせる。


 刃こぼれをしたナイフを持ったゴブリン達が、私目掛けて飛びかかって来た。そのゴブリンを、大きく振った雪白で、まとめて斬り落としていく。背後から襲い掛かってきたゴブリンには、【疾風】を使い、風を纏った脚で蹴りつける。たった一蹴りで、最高速度を出せる【疾風】を使った事により、命中したゴブリンの身体は、消し飛んだ。


「数が多い……囲まれないように、気を付けないと」


【剣舞】によって、攻撃から流れるような動きで移動出来る。それでも、いつの間にか背後を取られてしまう。敵の数が異常なまでに多すぎるんだ。これが、スタンピードの厄介なところ。普段、相手にしないような数の魔物と戦わないといけなくなるんだ。


 何とか、怪我をせずにゴブリン達を倒していると、少し遠くから、地響きが迫ってきた。今までの集団での地響きとは、全く違うものなので、必然的にそちらに視線が動く。


 私の視線の先に、緑色の巨人が映った。

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