第30話 捜索のための準備

 ギルドマスターの部屋を出た私は、ギルドの中にいるはずのカルメアさんの元に向かった。カルメアさんは、受付の裏で、色々な作業をしていた。


「カルメアさん!」

「アイリス? どうしたの?」

「実は……」


 私はピアニャさんが、風邪を引いていて、動くのも難しい状態である事。避難のための援助が必要であろう事を伝える。


「分かったわ。すぐに人員を向かわせる。アイリスもお願い出来る?」

「すみません。すぐに行かないといけない場所があるので」

「そう? でも、どこに行くの?」

「街の外までです。では、失礼します」

「え? ちょっと!」


 ここで、色々と話せば、カルメアさんからも反対されると思ったので、すぐにカルメアさんと別れる。カルメアさんも、今の作業を中断して、私を追い掛けるわけにもいかないので、その場を動けないでいた。


 このまま家に帰ろうかと思ったけど、これから外に出るなら防具が必要ということに気が付く。


「カラメルに向かってから、家に戻ろう」


 私は、カラメルに向かって駆け出す。カラメルの扉を開いて、中を覗く。


「すみません。マニラさん、いらっしゃいますか?」

「アイリスちゃん!? どうしたの!?」


 いきなり来たから、マニラさんも驚いていた。


「私の防具ってありますか?」

「えっ? う、うん。つい昨日、出来上がったけど、どうして?」

「今から必要なんです。頂けませんか?」

「……分かった。すぐに、用意するね」


 マニラさんのところにも、スタンピードの話は来ているはずなので、色々と察したはずなのに、それを飲み込んで頷いてくれた。そして、私に黒を基調とした防具一式を渡してくれる。


「金属部分はないけど、金属以上の防御力を持ってるから安心して」


 マニラさんの言うとおり、渡された防具に金属部分はなかった。でも、普通の布の服よりも少し重い。


「金属の特性を持っている布で作ったんだ。少し重いかもだけど、所々を金属で覆うよりも、軽くなっているよ」

「なるほど、ありがとうございます」


 私は、お礼を言ってカラメルを後にしようとする。すると、マニラさんに呼び止められた。


「アイリスちゃん!」

「はい?」

「……無茶しないでね。絶対に、無事に戻ってきて」


 マニラさんは、少し歪んだ笑顔でそう言った。私を引き留めたい思いと、ちゃんと送り出したい思いが、せめぎ合っているのかもしれない。


「分かりました。今度は、大丈夫なはずですから」


 私は、そう言ってから微笑み、今度こそカラメルを後にした。そのままギルドを出て行き、自分の家に向かった。リリアさんには、会わない。会えば絶対に止められる。そして、私は、それに従ってしまうかもしれない。自分の決意を鈍らせちゃダメだから。


 家の中に急いで入って、制服を脱ぎ、防具に着替える。そして、雪白を腰に差して、家から出る。すると、玄関前にリリアさんが息切れをしながら、立っていた。


「はぁ……はぁ……アイリスちゃん……」

「リリアさん……すみません。私……」

「私が……止めると……思ってるの?」

「え?」


 予想だにしない言葉に、驚いてしまう。私が驚いている間に、リリアさんは、呼吸を整えていた。


「昨日言ったでしょ? アイリスちゃんがやりたくないと思えばやらなくていいって。逆に言えば、アイリスちゃんが確固たる意思で、やりたいと思うならやってもいいよ。それを、私が止める資格なんてない。それに、街の防衛じゃない理由があるんでしょ?」

「何で、それを……?」


 私は、ニーアちゃんの事を、ガルシアさんにしか言っていない。つまり、漏れるとしたら……


「ギルドマスターが教えてくれたんだ」


 そう言ってから、リリアさんは、私の事を抱きしめた。


「アイリスちゃんが優しい子なのは知ってる。だから、本当に困っている人を放っておけないのも分かる。でも、自分の事を疎かにしたらダメだよ。自分を犠牲にしないで。絶対に、無事に戻ってきて。ここで……この家で、ずっと待ってるから……アイリスちゃんは、もう一人じゃ無いから」


 リリアさんは、涙混じりにそう言った。本当は、行かせたくないのかもしれない。でも、それを隠して送り出そうとしてくれてる。


「はい。分かりました」

「それと、外で動けなくなったり、震えが止まらなくなったら、これで私を思い出して」


 リリアさんは、ポケットから花の髪飾りを取り出す。


「少し前まで使ってたんだけど、ギルドに勤めてからは付けてなかったんだ」

「ありがとうございます」

「私もキティさんもアイリスちゃんの背中を押してるから。そのことを忘れないで」


 最後に私からもぎゅっと抱きしめて、リリアさんと別れる。


 ────────────────────────


 アイリスを見送ったリリアは、その場で崩れ落ちた。両手で顔を覆う。指の隙間からは、大量の涙が零れてきていた。


「……っぐ、……ひぐっ」


 口からは、嗚咽が漏れ出る。アイリスを送り出した。しかし、その本心は、全くの逆だった。アイリスに、またあんな怪我を負って欲しくない。あんな悲しい思いをして欲しくない。そんな願いで一杯になっていた。


 五分程泣きじゃくった後、リリアは、涙を拭いて立ち上がる。


「いつまでも泣いてばっかじゃ、ダメだよね。私は、私のやるべき事をしないと!」


 リリアは、ギルドの方に走っていった。自身のやるべき事を最大限にこなし、アイリスの帰りを待つために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る