第12話 森の中へ

 草原での調査を終えた次の日、私は、街の外に繋がる門の前でキティさんを待っていた。昨日は、確信に迫る情報を得る事が出来なかったから、今日こそは、情報を手に入れないと。何か悪い事が起こっていたら、まずいからね。


 そうして決心していると、目の前から白い髪をと尻尾を揺らしながら、キティさんが歩いてきた。


「ごめん、待たせた」

「いえ、私が早く来てしまっただけなので、大丈夫ですよ」

「ん。今日は、森の中に行く」

「はい!」


 早速、森の中まで来た。昨日、キティさんが言っていたとおり、平原と森では見え方がまるで違う。まず、視界が狭い。木々に覆われているので、見える範囲が狭まり、さらに、枝葉によって明かりも少なくなっている。こんな中から痕跡を探さないといけないのは、結構難しい。それに、木の上にも痕跡がある可能性があるので、そこまで気を回さないといけなくなっている。


「ここも魔物の数が少ない。討伐依頼が出ているからって、ここまで少ないのはおかしい」


 常に眠たげなキティさんが険しい顔をする。


「アイリス、私の傍を離れないで、何が起きてもおかしくない」

「は、はい!」


 キティさんの雰囲気はピリピリとし出した。緊張からか、私の額に汗が滲む。キティさんの後ろに付いて、森の中を進んで行った。今のところ痕跡は、一つも見付からない。


「アイリス、地上付近に集中。私は、空と木の上を見ておく」

「分かりました」


 キティさんの指示通り、地面や木の幹を見ているけど、痕跡は見当たらない。それは、キティさんも同じみたいだ。そのまま、何事もなく森の奥まで入っていく。


 奥までの行ったことで、ようやく痕跡を見つけた。すごくおぞましい痕跡を……


「キ、キティさん!」


 私が呼ぶと、キティさんが、私の見ている方に視線を向ける。そこには、木の幹に大きな傷が四本線で付いていた。


「……アイリス、一度戻る。緊急事態」

「分かりました」


 キティさんは、今までにないくらい険しい顔になった。私が思っているよりもまずい状況なのかもしれにない。


 キティさんと一緒にギルドに戻ろうと振り返る。しかし、振り返った私達の正面に、進路を塞ぐものが現れた。それは、黒い体毛をした赤い目の熊だった。体長は、五メートル程ある。


「ジェノサイドベア……」


 キティさんが呆然と呟いた。


「え?」


 私は、キティさんの発した名前に、呆然と呟く。


 ジェノサイドベアは、ある村を一夜にして滅ぼした事で有名だ。その個体数は少なく、地上に現れるのは、何年かに一度あるかどうかの魔物だ。ジェノサイドベアは、銀級パーティーが複数集まって、ようやく倒せると言われている。私達二人では、勝てる見込みはゼロに近い。


「アイリス、ここは私に任せて、先に逃げて」

「ですが……」


 さすがに、ジェノサイドベア相手に一人では、分が悪いはず。そう思ったら、後ろから重い足音が聞こえた。そっちを振り返ると、もう一頭のジェノサイドベアが歩いてきていた。


「ジェノサイドベアが、二頭……」

「……行って」

「でも!」

「行って!」


 キティさんの強い言葉に押し出され、地面を蹴り走り出す。ジェノサイドベアが私に向こうとするが、その額にキティさんの矢が刺さる。攻撃をされたジェノサイドベアは、すぐに標的をキティさんに変えた。そのおかげで、私はその場から逃げ出す事が出来た。


 ────────────────────────


 私は、ただただ走っていった。ギルドで報告して、助けを呼ばないと。キティさんを助けるために。


 ただひたすらに走っていると、視界に人の影が何人か映った。この森の中にいて、剣などを装備している人は、冒険者のはず。


「すみません!」

「!?」


 私が呼び掛けると、四人組の冒険者の人達は、驚いて肩を跳ねさせた。


「君は……確か受付をしていた職員の子だね?」


 冒険者の中にいた女性冒険者が、私の事を知っているみたい。確かに、受付で会った気がする。記憶が正しければ、まだ鉄級の冒険者だった気がずる。


「この向こうに……、ジェノサイドベアが……二頭出てきたんです……」

「ジェノサイドベアが……」

「二頭!?」


 走っていたから、息切れを起こして、途絶え途絶えに話すことしか出来ない。それでも、伝えたいことをきちんと伝えないと。


「ギルドに……急いで……伝えないと! 皆さん……伝えて……救援を……呼んでください!」

「あ、ああ……分かった。あんたも走れるか? 無理なら、背負って行くが」


 大柄の冒険者さんが、息切れをしている私を気遣って、そう言ってくれた。でも、私は……


「いえ、大丈夫です。私は、戻ります。皆さんは、構わず、報告をしに向かってください」

「戻ってどうするつもりなの!? 二頭も一人じゃ大した足止めも出来ない!」


 女性冒険者の方が、私の腕を掴んでそう言う。


「今、あそこではキティさんが一人で戦ってるんです。やっぱり、見捨てて行くなんて出来ません。だから、急いでギルドに行って救援を呼んでください!」


 私は、そう言って掴んでいた手を振り払い、踵を返し、キティさんの元に向かう。例え、キティさんの願いから逸れたとしても、私はキティさんに死んで欲しくない。


 全力で走って来た道を、再び全力で駆けていく。キティさんの無事を祈りながら……

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